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瑠璃色の贖罪  作者: あんばたみや
瑠璃色のぬくもり
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1

 マンションの外壁に、足場が組まれていた。金属の骨組みが、空に向かって無機質に伸びている。いつも通る道なのに、今日はどこか、違って見えた。

 気のせいかな。なんだか危ない気がする。そう思ったのは、ほとんど本能だった。


 「瑠璃。」

 振り向いた彼女は、いつも通りの顔をしている。そのことに、少しだけ安堵しながら、伊織は、さりげなく歩く位置を変えた。マンション側へ自分が出る。瑠璃を、建物から遠ざける。そのときだった。

 「危ない!」

 誰かの声が、上から落ちてきた。反射的に、視線を上げる。

 

 ——大きい影が、落ちてくる。重力に引かれて、まっすぐに。その軌道の先にいるのは、瑠璃だった。

時間が、引き延ばされたように感じた。音が遠のく。視界だけが、異様に鮮明になる。

 ——間に合うか。

 考えるより先に、体が動いていた。一歩、踏み込む。左腕で、瑠璃を引き寄せる。抱き込むように、強く。そのまま、身体ごと引き寄せて、右手に持っていたリュックを、瑠璃に覆いかぶせるように差し出す。守らなくては。それだけを、考えていた。

 衝撃が、来る。鈍い音と、重さ。次の瞬間視界が揺れた。何か温かいものが、額から流れてくる。理解する前に、体が倒れていた。


 ざわざわとした音が、周囲に広がる。人の声。足音。誰かが叫んでいる。


 うるさい。雑音が、多すぎる。

 ——聞こえない。一番聞きたいものが、聞こえない。


 「……瑠璃」


 声に出たのかも分からない。でも、探さなくては。意識が、ぼやける中で。でもそれだけはハッキリしていた。確かにこの腕に、大切な温もりを抱きしめたはず。痛くはなかっただろうか。泣いていないだろうか。そんなことを考えながら、視線を彷徨わせる。


 いた。すぐそばに。


 瑠璃のやわらかそうな頬に、小さな傷。赤く、にじんでいる。

 ——傷。その事実に、心臓が強く跳ねた。


 だめだ。だめだ…!そんなこと、あっていいはずがない。

 「……はやく……」

 うまく声が出ない。それでも、絞り出す。

 「るりを、いしゃに……はやく……みせて……」

 跡が残るかもしれない。そんなこと、あってはならない。あんなに美しいものに、傷など。俺は、守れなかったのか。


 周囲が、騒がしい。

 「大丈夫!?」「救急車呼んで!」

 たくさんの人が、近づいてくる。いらない。そんなものより、

 「……るり……」

 名前を呼ぶ。声が、遠い。

 「伊織!」

 はっきりと、聞こえた。叫ぶような泣き声だった。

 「やだ!しっかりして!だれか!お願い、伊織を助けて!」

 ——泣いている。どうして。痛いのか。怖いのか。それとも、俺のせいか。答えなくては。瑠璃に呼ばれているのだから。

 

 「おれは、……だい、じょうぶ……」

 言えたのかどうかも、分からない。ただ、その声に応えなければいけないと、それだけを、思っていた。視界が、ゆっくりと暗くなる。最後に見えたのは、涙で歪んだ、あの瞳だった。


 ——頼む、泣かないでくれ。


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