2
瑠璃が聖蘭学園の中等部に進学して、しばらく経った頃。放課後に、初等部から仲良しの亜梨沙と花音の3人で、新作のフラペチーノを飲みに行こう、という話になった。桃のやつ。期間限定。
学校からは、家とは反対方向の電車に乗る。それだけで、少しだけ特別な気分になる。
電車を降りた瞬間、気づいた。あれ?見覚えのある制服だ。
「あ、ここ……」
「どうしたの?」
「伊織の学校、この駅だった気がする」
言いながら、少しだけ周りを見る。白鷹学園と書いた鞄を持った男子生徒がたくさん。確かに、この駅だ。
お目当てのカフェに入ったけれど、男子生徒ばかりの空間に、少しだけ、空気が違う。みんな分厚い参考書を持っていたり、いかにも頭が良さそうな雰囲気で、なんだか、場違いな気がしてくる。
「ねえ、ここ……」
花音が小さく笑う。
「私たち、ちょっと浮いてない?」
「うん、浮いてるね」
亜梨沙が、さらっと同意する。3人で顔を見合わせて、少しだけ笑った。
一方で、その“浮いている存在”は、当然、目立っていた。
「なに、あの子たち」
「聖蘭じゃない?」
「やば、かわいくね?」
ざわざわと、小さな波が広がる。普段見慣れない、華やかな女子中学生。視線が、自然と集まっていく。
その異様な光景を、少し離れた場所から伊織は見てしまった。一人で帰る途中だった。
——なぜ、ここに。
そう思った瞬間に、もう、足が動いていた。少しでも早く、瑠璃のそばに行かなくては。その途中で、雑音が耳に入る。
「あの子たち、聖蘭じゃん。かわいいな。声かけてみる?」
——やめろ。
思考より先に、感情が反応する。お前なんかが———。
その言葉は、口には出ない。けれど、視界にも入れてほしくないとすら思うほどの、強い拒絶が、胸の奥に走る。一瞬で、物騒な考えがよぎる。——いや、違う。そんなことより。瑠璃だ。
そうか。桃のフラペチーノ。
「桃、大好きなんだけど、実はなかなかレアなフルーツだから、桃味って珍しいんだよー!」
初等部のとき、楽しそうに話していた声が、ふとよみがえる。あの時の瑠璃も、可愛かった。
「瑠璃」
思ったより、硬い声が出た。一瞬、しまったと思う。怯えさせたかもしれない。振り返った瑠璃は、伊織の顔を見た瞬間、ぱっと表情を緩めた。
「あ、伊織!」
明らかに、安心した顔だった。
「伊織の学校、この駅だったなって思ってたんだ!でも会えるなんて、偶然だね」
——その偶然に、心から感謝する。
「瑠璃、桃のフラペチーノを飲みに来たの?」
「うん、そう。でも、なんかすごく混んでるね」
「今ちょうどテスト前だから、ここで勉強してるやつが多いんだと思う」
少しだけ周囲を見て、すぐに判断する。ここに長くいさせるべきじゃない。
「よかったら、テイクアウトにしない?ゆっくり飲める場所、知ってるから一緒に行かない?」
それから、自然な流れで、「お友達も、一緒にどうですか」と、亜梨沙と花音に声をかけた。
亜梨沙と花音は、一瞬で理解した。これが、伊織。そして、これ、やばいやつだ。と。二人は目で会話する。
(なにこの人)
(瑠璃、完全に守られてるじゃん)
(これ、一生離さないタイプでしょ)
「どうする?」
亜梨沙が、軽く聞く。
「うーん……。じゃあ、そうしよっかな」
素直に頷いた。伊織が言うなら間違いはないし。しかし、いざ会計の順番が来たとき、店員が申し訳なさそうに言った。
「桃のフラペチーノ、今ちょうど在庫が切れてしまって……」
一瞬、空気が止まる。
「あ、そっか……」
「じゃあ、今日は仕方ないね。」
4人で店を出る。少しだけ、名残惜しさを残したまま。
「来週の火曜、俺が学校帰りにそのまま瑠璃の家で勉強する日あるだろ?そのとき、買っていくよ」
亜梨沙と花音がまた、視線で会話する。これは、本当にやばいやつだわ。
「えー、でも悪いし、いいよ。」
「帰り道だし、いつも通ってるから。俺も飲んでみたいんだ。瑠璃が前に、桃って、実はレアなフルーツだからさ。桃味って、結構貴重だって言ってたよね。」
瑠璃は、少しだけ目を丸くして、それから、ふっと笑った。
「え……覚えてたんだ。」
伊織の瞳が優しい光を帯びていた。




