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保育園の門の前に立つ。まだ、人はまばらだ。母と手を繋いだまま、立ち尽くす。心臓の音がうるさい。でも、そんなことはもう、どうでもいい。逃げたい。でも、逃げたらそれで、終わりなのはわかっている。
その時だった。反対側の道から、一組の影が近づいてくる。母親と手を繋いで、ニコニコと笑っている、瑠璃。
息が止まる。あの笑顔が、そこにあることが、信じられなかった。足が、勝手に動いた。遠くで母の声が聞こえた気がするが、そんなことも、もう、どうでもいい。
駆け寄る。吸い寄せられるように。瑠璃と視線が交わり、あの綺麗な瞳が驚いたように大きくなった。
目を、合わせてくれたことに、全身の細胞が歓喜しているのがわかる。しかし、すぐ少し怯えたような瞳に変わる。
喉がひきつるように痛くて、苦しい。それでも、言わなければいけない。
「るりちゃん、…きのうは、ごめんね」
声が、揺れる。
「ひっぱるつもりじゃ、なくて……」
しっかりしろ。ちゃんと伝えなくては!
「でも……、いたかったよね。ほんとうに、ごめんね」
だから、頼むから俺を赦して。また、その瞳で俺を見てほしい。
瑠璃の形の良い唇が、ゆっくりと開かれる。それから、小さく、言った。
「こわかった」
胸が、軋む。息が、止まる。
「でもね、もうだいじょうぶだよ。」
あの瞳が、優しく俺を見つめる。赦されたのか。そう、思った瞬間。
「もうしないでね」
やわらかい声だった。でも、その一言は、俺の中で永遠に消えない償いの始まりだった。
——もう、二度と、触れることはできない。触れたいと願うことすら、許されないことのように思えた。
そして同時に、一つの決意を心に刻む。もう、二度と、この光のそばから離れない。触れられなくても構わない。壊さない距離でいい。それでも、見ていられる場所に、居続ける。それが、自分に許された、たった一つの在り方だと、疑いもしなかった。




