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瑠璃色の贖罪  作者: あんばたみや
触れられない愛のはじまり
2/7

2

 自宅に帰ってからの記憶は、ひどく曖昧だ。ただ、胸の奥だけが焼けるように痛かった。


 「……伊織?」


 母の声がする。いつもなら、振り向いて返事をする。今日保育園であったことを、ぽつぽつと話す。けれど、その日はできるはずもなかった。


 「どうしたの?何があった?」


 優しい声だった。それなのに。

 ——もう、だめかもしれない。その言葉だけが、頭の中で何度も繰り返される。赦してもらえなかったら。あのまま、もう、口もきいてもらえなかったら。もう、あの瞳が、自分を見ることはないのかもしれない。そう思った瞬間、堪えていたものが、一気に溢れた。


 声をあげて、泣いた。取り返しのつかないことをしてしまった、という事実だけが、重くのしかかっていた。夕食は、ほとんど手をつけられなかった。何を口に入れても、味がしなかった。泣き疲れて、気づけばそのまま眠っていた。

—————

 夢を見た。暗い、どこまでも続くような場所だった。その向こうに、光がある。あの瞳のような、まっすぐで、強い輝き。思わず手を伸ばす。

 届きそうで、届かない。それでも、何度も、何度も、伸ばす。諦めることなど、考える余地もない。あの光が、俺にとっての唯一の光なのだから。けれども、触れることは絶対に叶わないのだ。気づけば、足元が崩れていく。光は静かに遠ざかっていく。


 ——だめ、いやだ!いかないで!


 叫んだはずなのに、声は出なかった。

——————

 はっとして、目を開ける。頬が濡れていた。息が、うまくできない。


 「伊織?」

 低い声がした。父だった。そっと、枕元に座る気配がある。

 「どうした」

 短い問いだった。それだけで、堰が切れた。

 「……あのね」

 声が震える。うまく言葉にならない。

 「おともだちに、さわりたくて……かみに、さわったら…その、るりちゃん、はしってて…」

 うまく説明できない。それでも、伝えなければいけない。

 「ぼく、ひっぱっちゃって…そんなつもりじゃ、なかったのに……」

 ただ、その輝きに触れたかっただけなのに。涙が落ちる。

 「るりちゃん、ないちゃって……」

 思い出すだけで、心臓を掴まれたような、息が止まるような苦痛。

 「ぼく、もう、どうしたらいいか、わかんないの。」

 絞りだすように、言った。


 父は、少しだけ黙ってから、静かに口を開いた。

 「そうか」

 それだけだった。否定も、慰めもしなかった。ただ、受け止めるように。

 「だったら、ちゃんと謝るしかないな」

 まっすぐな声だった。

 「誠心誠意、謝る。それだけだ」


 俺は、小さく頷いた。それしか、できない。それしか、許されない気がした。

 朝になっても、気持ちは変わらなかった。むしろ、強くなっていた。

 「あさごはん出来てるよ」

 母の声に、首を振る。

 「いらない」

 「少しでいいから、食べなさい。昨日の夜ごはんもほとんど食べてないし、お腹すいたでしょ」

 「……いらない!」

珍しく、強い口調だった。


 「ほいくえん、いく」

 「まだ早いよ」

 「いくの!」

 それ以上、何も言えなかった。母は困った顔をしたが、やがて小さくため息をついて、……わかった。と、言った。


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