Ⅵ
「ユーク、お前、大丈夫か?」
どうにか震える手で電波を送った後にリビングで言われたのがそれだった。
どうにもひどい顔をしていたらしい。
「大丈夫でも、ない、かも」
「アンテナがぶっ壊れでもしたか? それなら俺も手伝うぞ?」
「いや、アンテナは無事。問題なく動いてくれてる。 問題はちょっと別の所かな」
「別? ああ、あの何か変な電波か?」
「そう、それ。あれから色々やり取りして、面白い人だなって思うようになって、会ってみたいなとも思うくらいだったんだけど、それがどうも、ね」
「どうもって、お前…。そいつがどういうやつかはわかってるんだろ?」
「うん、凄く頭が良くて良い人だと思う。でも会うには凄く、とんでもなく遠くに行かなくちゃいけない」
「遠くってどこまでだ」
「あの黒の星のずっと向こうまで。僕らと星の距離の10倍先」
「それは…」
どこかやけっぱちに、放るような言葉に父は絶句した。
その言葉の意味するのは完全に未知の生物との遭遇と、その未知の存在を示して、さらには極小の会えるという可能性まで含んでいるのだから。
「…本気、なのか?」
「わからない。でも、やるならできる限り急いだ方が良いとは思ってる」
「急ぎってのはどれくらいだ」
「1秒とか1分とかそういうことは言わないけど、1年先とかそんなことは言いたくないってくらい。スケジュールで半年先に出来るというなら迷わずやるくらいに」
「そうか…」
沈黙は長く、家の中に影が入り込んで来ていた。
「俺にはお前の言う宇宙のことはよくわからん。だが、本気でやりたいというのならやれ、止める気はない。あまり親としてどうかと思うが、だが同時にこの村の人間として止めるわけにはいかん」
「…この村?」
「まあ、聞け。この辺は冬には雪で歩けなくなる。それはわかるだろ?
だから皆冬の前には冬支度をして閉じこもっている。遭難でもしようもんなら誰も助けられんし、助ける奴も死にかねん。だから吹雪の日に出歩くのはほぼ禁だ。
だが、そうも言ってられなくなるようなときもある。
今でこそビタミンやら何やらで助かってはいるが、昔は冬の間に誰かがぶっ倒れるようなことはよくあった。特に子供はな。
そんな時に、閉じこもって何もしないようなやつはむしろ軽蔑された。吹雪だろうとなんだろうと、鹿でも狩ってこい。それが許された。
…お前にとって、今がそうだってんなら俺は止められん。」
「…ありがとう。…やるよ、会いに行けるか限界まで色々試してみる」
腹は決まった。
もう迷いはない。
それからまず行ったのは往復通信での意見の送信。
会いたい、と。
そちらの星に行きたいと。
返答は可。ただしどうやるのかという疑問付。
そのためにまたいろいろな語彙を拡げて説明することになった。
だがそれは向こうでも近しい環境だったらしい。
宇宙開発がそこまで進んでいるわけではないこと、個人で宇宙に行くのは簡単ではなく国家プロジェクトになるようなこと。
そして僕はそのためにアイレや未観測の惑星の存在と今までの通信履歴を開示して、国家と交渉すること。
肯定。
航路が決まったら教えて欲しい、と。
そこから動き出すのはまた早かった。
大学をはじめとした各種研究機関、行政、研究者、考えられるすべての人間と機関に異星人の存在と証拠を送りつけた。
その上で会いに行ける可能性も具体的な航路も、惑星的なメリットにリスク管理の話もつけておいた。
もし実現すれば大半は通信だが技術交流も可能になり、同時に絶対的な距離の問題で危機は即時には起こらない。
既に向こうにこちらの存在は知られている以上、それが最善手になりえること。
何よりそこから外交的にも一人人間を派遣することで最高の手段になると。
その日から1週間、吹雪の日々より激しくメールや手紙、電話が掛かってくることになった。
大半は具体的な電波の設定と復調の話。メールには一部だけを記載していたが明らかに会話可能なレベルには達せない程度だったためにどうやって会話迄成り立たせたのかを疑問に思うものばかりだった。
そして残りは何とも言えない批判の様な、確認の様な言葉。存在を知られるだとか危機意識が、だとか面倒なものだった。そういう手合いは論破するか無視していたら落ち着いた。
最後に、ほんの最後になって問いかけが来た。
宇宙に、相手の惑星にはおそらく片道切符で行くことになるがそれでいいのかと。
現状の技術において、向こうの星もこちらとしても簡単に距離を埋められるような技術は存在していない。だから行けば帰ってくるのはほぼ絶望的。そこで死んでしまうかもしれない。
だからどうした。
そんなことはとうにわかって直接行きたいという意思がある、そう伝えた。
そのメールだけはやけに早く了承の返答があった。
そうして気づけば、所属やら肩書やらを山ほど付けられて宇宙開発の研究所に放り込まれた。
毎日毎日、色々な人と会う。
覚えられない程の人名と領域。
学んで、教えて、話して、書いて、聞いて、描いて。繰り返す。
実際に飛びたつための具体化が行われていた。
そしてそれは身体の方も。重力の有無に慣れたり、船外活動の方法も叩き込まれた。
季節を忘れてひたすらに打ち込んだ。
電波の往復も忘れなかった。ただ違っていたのは僕以外にも誰かが読んだり解析をしてくれた。言葉と世界が作られていくのは楽しかった。
それに初めて吹雪の無い冬を過ごした。雪に鎖されていない道を初めて歩いた。
何も遮らないせいかずっと寒いような気がした。
そうしてまた暑さを感じる頃には飛行体が完成した。
一人用で、情報装置と生命維持の諸々と飛行用装置を詰め込んだロケット。
僕にとってはどんなものより輝かしい乗り物だったが、一部には棺桶とまで言われていた。どうにも一人で行くというのが天国を想起させるらしい。間違ってはいない気がした。
実際の機材を使った練習はそれからも続いた。
通信に突発事態の対応、そして離着陸のそれ。本来地上管制で発射されるがもしどうにもならなくなったら切替どうこうを飛ばしてこっちでやる方が安全らしい。
そして、そんな日々がもうすぐに終わるのはあっさりと知らされた。
というよりも計算もしていたのだからそうだろうな、という気持ちでもあった。
ブラックホールといくつかのの重力を利用したスイングに対して、軌道と自転による季節、地軸、天候の問題。それを考えれば最善の予定は直ぐに定まった。
ほんの数日の空白。
精神の安定も図ると設けられた時間はただ待つような時が大半で。そちらの星に行くというメッセージの続きに航路と計算された到着予定、そしてこれから通信するやり方に周波数、あとはもっと詰め込んだ情報のやり取りの為の諸々。
それも十数分のことで、電波を送った後は直ぐにPCも静かになった。
父は来なかった。電話でいくらか話したくらい。
引留められることなくただやりたいようにやれということを言われた。
良かったらアンテナでこっちからの電波を受信してほしいとは伝えた。原理が分かった以上むしろ宇宙空の方が送りやすい。
返答は暇があれば、と。ただもしかしたら今年の冬はひどく寒いらしい、吹雪には気を付けて欲しいと伝えた。
最後まで制御に関わるコンピュータと時計の同期を調整しながら、あっさりとその日は来た。
曇りの日だった。
それでも視線を空に向ければまぶしさを感じるほどで、少しだけで千切れてしまいそうなそんな薄い雲の覆う日。
出発は直ぐに終わった。
覚えているのは発射前のコールと連続した振動、そして急な安定。
ヘルメットの中で息遣いを感じながら計器の表示が高度を凄い勢いで更新していた。
そして一瞬で景色は青から、白、紫、黒と変わった。
その中に無数の光の集合。全てが恒星。どんな夜でもこんな輝きは見たことが無い。
頭の中には天文図が浮かぶ。でもそれ以上に大きな星も小さな星も、ただ美しくそこに在った。
どれだけ見つめていたか、ふと装置からの音で我に返る。
そこにはアイレからの連絡。内容は第一歩の祝福とそれに伴ったコンテンツ類。
失敗の可能性をメッセージに入れていないことがどこか嬉しい。
コンテンツの方は、音声といくつかの単語らしい。後から追加も送るとのこと。
つまりは向こうの星の言語そのものだ。
今まで当たり前のように1,0しかなかったからどこか忘れていた。これから未知の土地に行く以上、言葉くらいは覚えておいた方が良い。
少しずつ勉強も重ねていこうと決心しつつ、星に向けて連絡を送る。
今回は出発元に向けて。
無事に宇宙への到達は出来た。これからあの黒へ向かっていく。予定では約2年程度の時間を過ごして重力スリングの工程に入る。そこでは僕は眠っていて船体の制御はすべてコンピュータに任せる。それまでずっと定期交信をどちらともしつつ勉強も進めていく。
そんなことを送って、進路上の黒、そして歪んだリングを見つめていた。
毎日少しずつ前方視界の中の黒は大きくなる。恐ろしい程にそこだけに何も見えない、ただの闇。その周りには眩耀。赤とオレンジに染まった強烈な光が埋め尽くす。
それに違和感程度だった身体の重みも明確に自覚できるようなレベルになってきた。
もう少しでしばらくの眠りにつく。
第一次重力スリング工程。
全3回の内の最初。どれも成功率はギリギリを攻めているが、ここで失敗すると下手すればそのまま観測不可能線を割って落ちていく。
失敗の回避のためこれまで何度も交信に計算を繰り返した。
そしてその上で当初の予定通りの航路で動く。
恐怖がないわけではない。だけどそれ以上にどこか高揚している。
この光景の恐怖も美しさをも誰も知らず、多分しばらくはそのままだ。
無事に全てが終わればその光景を話にすることだってできるかもしれない。アイレ達の、エアトナの星の言葉も覚えてきている。その言葉でこの経験を語ることだって。
エアトナの言葉は近いようで遠い。左から右への記法などは近しいが文字数は倍、発音も基本音素が4つ程度多く、複雑だ。
通信で辞書やこれまでの履歴を文章に起こしたらどうなるかも送られている。それを利用して学習にしているが、難しいことには変わりない。
逆に向こうはどう思うだろう。
音も少なく文字も少ない言語で楽だと思うだろうか。はたまた少ない文字でも複雑な組み合わせでの表現力に感嘆してくれるだろうか。
そんな話もしてみたい。
ただ、それよりは先に眠ってしまった方が良い。高重力の影響を受ける前に。
コンピュータに設定の入力と、冬眠の連絡をしてから薬剤を口にしてスーツを着込んで専用のボックスに入る。
酷い味だった。あと2回もある。
睡魔が頭に靄をかけてくる。
起きたら何をしようか、何を送ろうか。
そんなことを思ううちに意識は解けていった。
気が付いたのは眠りに入ってから6日後のことだった。
起きた時には酷く頭がぼやけて、身体の至る所が痛んだ。
備え付けのコンピュータに診断を要求しても、加速度の影響や冬眠による影響とのことで予測の範囲内とされた。
そこから1日はベッドでただ過ごした。
動き回るにも息をするにも痛みを意識せずにはいられず、何より冬眠前の薬剤の味が喉に残っているようでとにかく不快だった。少しでも息を荒げればそのにおいも鼻につく。
どうにか意識を外せるようにベッドで、6日の間の通信や出来事を音声で出力させ続けた。
面白いこと、というのは特になかった。重力スイングより面白いことがあるなら教えてほしい。
それでもアイレからの通信はとても興味をそそられた。
今回入っていた内容は逆にエアトナの住人が僕らの星、シーラに来るにはどうするか。
結論としては現状からそうとうの期間ではまず難しいこと。
そもそも中心星から離れている上に他の惑星との軌道位置もあまりよろしくない。
今回僕がやるような3回の重力を利用したスリングは向こうからでは無理になる。
これは僕が幸運だったとしか言いようがない。シーラより重い星が2つも周辺に存在し、その重力を上手く扱えるというのは巡り合わせが味方になったというほかない。
その逆が今のエアトナだ。
重力の利用可能な天体は自分達の惑星だけで、何度も繰り返してブラックホールまでたどり着かないといけない。やらなければ長大な時間と距離を埋められない。しかしやるならその難易度は、計算、耐久、どの点から見ても言語化できない程になる。
つまりは僕がエアトナにたどり着いたとして帰還の可能性が0であるということ。
でもそれは既にわかっていたことだ。今更にどうこうも思いはしない。
シーラでの技術や開発の水準がもしエアトナより数段劣っているというのであれば、これも違ったかもしれない。技術水準を同等と仮定して帰れないことは簡単に計算でわかっていたのだから。
これらの情報を端的に、そして一切の感情なく送ってきた。
何を言っても今更だから。そして同時にまだ引き返せる。
宇宙船の速度は光速に比して2割程度まで上がっている。だが、それだけだ。
まだシーラに船首を向けて重力の計算を少しすれば帰ることだってできる。
だからこれは最終の意思確認になる。
これからシーラを離れながら、別の惑星での重力スイングをすれば速度も方向もシーラからはずっとずれていく。
もう見えないというのに。
今更迷いなどはない。
だから送り返すのは最新、今現在での到着予想。そして窓から見える視界いっぱいの降着円盤の光の様子。
こんな光の列をシーラでも、エアトナならなおさら見ることは無いだろう。
だから習いたての言葉を最大限使って表現を並べ立てていく。詩は苦手だ。それでも見たままを語るには苦労はない。
書き終えた手紙を電波として送るには今は少し工夫がいる。黒を利用して増幅させて送り返すにしても、単純に互いが直線状にはもういない。だから電波の移動する経路の計算が必要になる。ブラックホールめがけて信号を送ってしまえば全てがそのまま飲み込まれて終わるだけ。軌道が最終的にエアトナに届くように発射角を計算する。
少しの計算の後で信号は放たれた。
また2日くらいで帰ってくるだろう。
そんなことを期待しながら眠りについた。
視界を埋めていた黒の割合は小さく、そして次第に二回目のスリングに使う惑星が少しずつ見え始める。
次のスリングは接近期間が短く、スイング中の冬眠も長くなる。これは重力による加速がより強烈になっていくが故の事。
起きている時間としては黒に近づくまでの時間の1割ほどだ。
ただ、退屈な時間ではない。
アイレからの信号はずっとエアトナの言葉で、最近は個人的なことを書くことが増えてきた。
アイレの事は、彼女、というのが正解らしい。要は生物学的には雌に該当すると。
自分の事で、ちょっと繊細な領域になりえるのにあくまで客観的に、そして簡潔に事実を書いていくとても好ましいスタイルだった。
応答には当然僕のことも。そして少しあの村の事も。
おそらく距離からして、また出発前での応答で知ったエアトナの大気組成から、地表の状態はそうシーラと変わらないと思う。雪と氷に覆われた白と灰の世界。
そういう景色の中に居るのかも聞いてみた。
応えは肯定。どうやら環境も似ているところがあるらしい。
数月の間をアイレの事を知りながら、僕のことを教えながら過ごす。
文章はもとより、時折練習する発生も大分流暢になったと思う。相手がいないから正しいという確証は持てないが、音声データの真似事としてはそれなりくらいには出来ているはずだ。
たまにシーラからも信号が届く。計算の修正だったり、軌道の確認だったり、あとはニュースのまとめ。特に面白くもないが、宇宙に出てからも特にシーラの国家は何も変わってないようだ。
そんな日々の内、惑星が近づいて窓の外は極光と雲の列が見えるようになった。
シーラのそれとは違う、強烈な磁気と大気による相互作用は青と緑、そして赤が連続的に、揺れる幕のようで不思議と見つめているだけで時間が過ぎて行った。
その光景を電波にして送ってから、また眠りにつく。勿論そのことも書いておく。
今度はずっと長く。その分飲まなくてはいけない薬も増えた。
本当に美味しくない。宇宙生活のストレスの9割がこれだと言っていいくらいだ。
今度は起きたら何をしようか。
目覚めてから7日ほど、ただベッドの上で横になる以外に出来ることはなかった。
ひたすらに筋肉の痛みとなんとない気持ちの悪さが抜けなかった。
音も、光もただ刺激の全てが苦痛。
窓の外など見る気にもならず、ただ天井の白だけがただ見えるもの。
何も考えず、ただ時間の過ぎるだけを待つのは初めてで虚無が死神の様に付きまとっていた。
解放されてからは少しずつ動けるように、思考も定まるようになった。
記憶に飛びは無い。
数月の間の通信に齟齬は感じられなかった。
あれほどつまらないと思っていたシーラでのニュースの話がリハビリには丁度いいと思えるとは意外だった。
今から向かうのはもう一度黒へ。そして最後のスイングに入る。
体調を考えれば出来るだけ体力をつけてからもう一度眠りに入るのが望ましく、そのために約3週を以て激しく身体を動かし続ける。
本当はこれよりももっと優しく回復するのが良いのかもしれない。
だがそれが許されるほどの余裕もない。
2度の加速を経て、黒までの距離はたった1月で埋められてしまう。
そしてその1週前には僕は眠っていなくてはならない。
このスケジュールにおいては体力を落とすということは死神に頭を差し出すことに他ならない。
そんなことになれば宇宙に骸がそのまま漂い続けることになるのは必至。
永劫の時間の中でどこかの文明が見つけるか、陽子崩壊を待つだけの存在になり果てるだろう。
それは許容の外だ。
エアトナにたどり着くことも、そのためのリスクに限界ギリギリの工程もとっくに決めたことだ。
だから今はただ身体を動かし続ける。胃液を吐きながら、血を吐きながら。
ただありがたいことにそうして身体を動かすことで血が巡って頭が冴えてくる。
新鮮な血流が脳を刺激してくれる。
寝起きで彼女に文を送らなくてよかった。ろくに意図を掴めなかったろう。
倒れ伏して荒い息で、通信を音声で出力する。
それに聞き入りながら内容と目的を解していく。
そういえばと思うくらいのことがいくつかあった。
エアトナの知的生命体、エアトニアンはどういう姿をしているのだろう、アイレはどんな存在なんだろう。
今更疑問に思うようなことの答えがそこにはあった。
四肢の存在と二足歩行、中心軸上上部に位置する頭部。どうもシーラの知的生物、僕らに近しい姿に思える。それは画像を出力させてもイメージと相違ないものだった。
ただその図ではシーリアンにとっては頭部の眼球部分が割と大きく見える。
これは感覚の問題でもないだろう、公転半径からすれば彼女らの世界では薄暗い光景が日常の筈だ。そうすると眼球の肥大によってより光を捉えやすくなる、そういう進化圧が働くのはあり得る話。
しかし気になるのは眼球が存在するということはある程度光が存在するということ。あまり観測が出来なかったがエアトナと黒の間は工学的にかなり綺麗な空間が広がっているようだ。
これは観測事実として随分面白いことになりそうだ。もしかしたら同じ星系でもかなり強めに非対称性があるのかもしれない。
そんな仮説を信号にまとめて送り出す。勿論僕の事も忘れない。
ただ一瞬ふと淀んだのは自分の年について。眠っている時間も年を重ねているのは勿論、
宇宙で過ごした時間もそこそこに在る。
正確な年齢を思い出すのに数分を要してから、記述を直して改めて送る。
その後にはシーラにも観測の面白いところをまとめて送る。
彼らにとっては残念ながらこの直接観測はしばらくできない。僕としてもこれを予測として送りながら実証をもう一度することになる。それを含めて最終的に理論を作るような形になる。
自分で確かめられないという事実はもどかしいだろうな、と思う。だから出来るだけ多く、色々な情報を送ってあげたいとも。
3度目の眠りについた後の体調はひどく、いや、どんな日よりも最低だった。
鳴りやまない耳鳴りに止まらない吐き気と全身の痛み。息をするだけで肺が歪んだ。
ただ救いだったのは1日毎にほんの少しずつ良くなっていくことと、病とは別の問題であったことだろうか。
おそらくこんな加速体験は宇宙で誰もしたことはないだろう。
ブラックホールの光子球を掠めるような限界過程。
光速の93%に届く、文字通り世界を切り裂いていく速さ。
視界は青く、妖しく光を灯しながら一瞬で過ぎていく。
少しだけ、生きていることに、最悪の日々にすら感謝した。
けれどそんな動きをしながらも船内はとても静かに、時折軋みの音を立てながら揺れることもなく進んでいく。
通信の方も問題はなく、安定した区間に入ったことに安堵と祝いの言葉が続いていた。
自動制御の方で黒への接近時に色々と観測を行っていたらしく理論実証に役立ちそうだとも感謝が述べられていた。
アイレの方からは同じような祝福に、いくつかのデータ。今度は統計的 データが多分に含まれる。例えば、エアトニアンの体躯に関してや平均寿命等々、それに社会構造の話もある。
不思議なことにこうしてみると僕はどうやら外交大使の様な存在なのではないかという気がしてきた。
ただ一人ではあるが相手の国家事情もある程度知っているべき人物なのかもしれない。
今更な思考だなとほんのりと自嘲しながら無機質なデータを読み進める。こればかりは理論や過程の多くないものだ、そうであるという事実を測ったに過ぎない。
どうにもつまらないという思考を紛らわしながら進めていくうち、本の気まぐれに歴史の方も合わせて教えて欲しいと信号を送ってみた。




