Ⅴ
それから、いつの間にか季節は夏になって暑さを感じる日々になった頃もう電波のやりとりはほぼ手紙のやりとりと変わらなくなった。名前も、今日の天気も知ることが出来るようになった。彼、あるいは彼女はアイレというらしく、送信の日には晴れだったらしい。
相変わらず一つのやり取りで概念や単語を追加してどんどんと認識を拡げていく手法には変わりがない。
今だって、星の話がやってきたところだ。
もしかしたら星座かも。
だがいずれにしてもこれで大きな手掛かりが手に入ることになる。
星座にしろ見える星にしろわかれば、最悪でも半球の特定は可能だ。時間が分かればもう少し具体的に場所も絞っていける。
会ってみたい、話してみたい。
そんな思いが募っていた。
こんなに面白いことを作れるなんてどんな思考をしているのだろう、もっと速く何度も会話がしたいと。
だから、少し思い切って言葉を送る。
星座を伝える。輝く星の光度と方角、連なりを以て。
これで少しずつ近づいていける。もし半球が同じなら大陸が異なってもそこから追っていけばいい、旅だってすぐだろう。
期待と高揚と少し祈るような気持ちを込めて電波を放つ。
幾度も幾度もそうしてきた様に、これまでと変わりなくアンテナは信号を送ってくれる。
丁度2日、返事が来る。
ダイオードの光と記録されていく波形が追加される中で胸が高鳴る。
約600秒の記録が終わり翻訳へ。ゆっくりと内容を追っていく。
星座という単語は正確に理解してくれたらしい。
一致していく星座の数々、もしかしたら案外に近所だったりするのだろうか。
そう思いつつ読み進めるに、不思議な記述が見つかった。
見たことが無い星がある。
何だこれは。
部屋に在った天文図を引っ張り出す。少しだけホコリが付いたがそんなことはどうでも良い。
天球図を見比べ、書かれている星々と方向にピンを打っていく。
やはり、おかしい。
見えない。
その方角に星は見えてはいけない。
どういうことか、そんなことを思うより先にただ一つだけ結論が在った。
ただ間違えていた、根本から。
そうだと思って最初から見ていなかった。
アイレは別の星にいる。
相手が同じ惑星の住人ではないと仮定してこれまでの現象を追ってみるとすんなりと未知だった現象のそれぞれが解けていく。
何よりその全てがとっくに知られている現象の組み合わせでしかない。
だというのに、気づけなかった。
悔しいというより呆れるばかり、気づけるはずの事はたくさんあったのに。
送信時間も、夜間に受け取れないわけも、方角も、強度も全部それで説明できてしまうのに。
だが、わかってしまった以上実証はしなくてはならない。
ただほんの少し計算をするだけだ。
相手が送ってきた最初の電波の信号とその後で送った信号の周波数を使う。
これの周波数でどの程度増幅が起こるかを考えれば良い。
ただし場所は大気ではない、降着円盤の中でだ。
僕らの間に挟まる黒い球、ブラックホールは今日も黒いがその周りのガスは摩擦で強く光を発している。
そこに在る気体やプラズマによって電波の増幅は起こりうる。
何よりこれは周波数特性を持っている。
構成分子によって違うが見積もられた存在量からして間違いなく、増幅可能な量が存在している。
減衰量もその増幅が起きた上で考えれば当たり前の数値だった。互いにブラックホールまで届きさえすればそこからは進むにつれて勝手に増幅が始まる。重力レンズを考えても降着円盤を通ってきたことだけ仮定すればこれまでの信号強度の異常は簡単に終わる話になった。
方角もそう、そもそもブラックホールから放たれているというだけならそこに背を向ける夜間で受け取れないのは当たり前だ。実質的に陽と同じと思ってもいいくらいだ。
気になっていたのは物理定数と送信時間の問題。これはおそらく時点時間が違う。1日の概念が異なる以上その分割の秒の単位が異なるのは自然だ。そしてその派生として光速や物理定数にずれが生まれる。送信時間もそうだ。中途半端にズレた数になっているのはそれが向こうの星での1分単位。
もしどれかをちゃんと追っていればもっと早くに気が付けたかもしれない。
だがそれもどうでも良い。気づいてしまった以上その理解で先に進むしかない。
問題はこの事実から何を送るか。
いや、もう決まっている。たった一つしかない。
相手の惑星の公転軌道だ。
おそらく星座の話を持ち出した以上相手もこちらの惑星の事は確信しているし、おそらく位置もある程度わかっている。
ならこちらも相手を知らなくては。
違う、知りたいのだ。
どれだけ離れているのか。一体どんな星に居るのか。
今手元にあるのは向こうの星で見える星座の情報、電波の往復の時間と強度。
そして光学的に見えない事。
黒の反対側から曲げられた光の中では惑星程度の光では降着円盤にマスクされてしまう。だが公転周期が速すぎては直接観測が出来ようになる。
これまででそんなものが見えたことはない。
そうすると相応に距離が存在している。少なくとも同等の公転半径くらいには。
簡単な方程式のいくつかをPCに打ち込んで計算を回していく。
単純な探索だが、条件が少ない分それらしき候補の点が無数に出てきては否定されるということが繰り返される。
少しずつファンが唸る。焦れるほどに。
振動と高音の連続はしばらく続いて、ゆっくりとそれらが収まる頃に示されていたのは一つの絶望。
10.03
公転半径の比は莫大だった。




