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 さて数を互いに数えられてももう少し厄介な事実としてこれだけでは会話にはほど遠いことがある。意外と日常においては当たり前のように色々な物事が共通の認識の下で会話が成立している。

 今の往復通信の世界にあるのはただただ数と論理・演算の存在だけ。ここから共通理解として作り上げるならできる限り数学と同様に基本構成のようなものでなくてはならない。

 これがまた難しい。

 物理現象は必ず相手も知っているという前提に立てるが、概念的な話が多くなってしまう上に単位系の話まで踏み込む必要があるためその辺りを整理しないと会話にならない。  

 生物や歴史なんてもっと複雑で、過程依存が多すぎて何かを説明するのに必要な前提が多すぎる。

 だとすると元素の話ぐらいが妥当だろうか。

 少なくとも分子や原子程度の話であれば通常使う科学的範囲にもあるしさらに細かな組成にばらすこともできるが、その説明をすることも考えればまだ先にこちらを出しておいた方が分かりやすいし、いちいち素粒子の数がどうこうだったり陽子と中性子の数から元素を定義するのは少し面倒だ。

 なら、次はこうしようと考えた矢先にまた電波が届く。信号は少し西寄りの南から来ている。昼先も温かくなってきて雪の気配もすっかりなくなって、少しずつ出歩くのにも薄着で良くなってきた。

 電波の内容はまさに元素の話。

 やられた、というより同意が先に来る。互いをわかりつつ何をすればいいかの往復。実にこちらのことをよくわかっている。もはや答え合わせの様相もある。

 メッセージには水素、酸素、炭素、窒素、リンと生物には必須の元素が並べられている。周期表的にも元素と数値的対応には変なところはない。

 そうしたらこちらが応えるのは元素の利用まで回答しよう。これらを使っていくつかの化合物の生成式や存在式を示す。

簡単なところなら水、二酸化炭素、二原子分子の窒素。これらの反応式が正しいかを送る。そして三酸化水素などあり得ない化合物には偽の符号もつけて送る。

 これで化学の基礎理解は示せる。

 電波に乗った信号はまた往復の度に出た。

 今はまだ陽が出ているから明後日くらいに信号が届くだろう。次はどんなことを書いてくれるだろうか。そんな期待が胸に渦巻いていた。



 予想に反して、次の電波が来たのは3日後だった。

 どうも送る時間帯によっては夜を挟んでしまってこちらも受信が出来なくなる。もしかしたらその事実には気づいていないのだろうか。それとも逆側にいることで同じように夜間の受信が出来ないのか。

 まだ受送信の疑問はわからないものの内容の進展は大いにあった。

 分子や原子の理解、不可能な組成、そして作りえる物質の話にも進む。そこに書いてあるのは4つの核酸塩基の話。つまりは生物の基本構成要素の最小とも言える。

 「…生物、人間の証明。いや正確には炭素利用の有機的生命の証明か…」


 どこか言葉を持たない電波のみの通信でどこか無機質であるという事実からは逃れられないものであったが、そんなユーモアが実に面白く気づけば笑っていた。

 本当に楽しませてくれる。

 これに答えるには何を返そう。

 考える。深く、目を閉じて知識の海を漂う。

 礼には礼で。

 送ってきていた4つの核酸塩基はDNA内の話だ。ならこちらはRNAの方を送ろう。1つが変わるだけの話ではあるが意図は分かるはずだ。

 そうすればここで基礎化学から基礎生物への理解が示せるし、この後で相手が送れる内容はかなり増える。特に2種類のどちらか、あるいは両方でも結合パターンを示してくれるというのもありえる。さらには少し跳躍は必要だが、2重らせんのパターンを示すようなことがあれば知識を示すには十分すぎる。

 いや、むしろそこまで考慮してDNAの方の内容を送ってきたのかもしれない。

 DNAとRNAの違いがそこまできっちりとわかっているなら2重構造までわかって送ってきていると考えるのも自然だ。

 ならこの往復はもっと先に進んで良いはず。

 それならおそらく次に来るのは単位構成だ。化学と生物が分かった以上こちらの知性は把握できている。すると考えるのはシンプルでありながら厳密な説明が必要なもの。それが単位。化学や生物と違って何か存在する別の物を使って定義せざるを得ない以上、順番が前後するのは仕方ない。

 最初は何が来るだろうか。候補はいくつかあるが、どれでも面白い。

考えながら指の動きは止まらない。

 そのまま信号は放たれて、また待つ時間が始まる。

 退屈なはずのその時間はずっと色めいていて、気が付けばまた2日の時間が過ぎていた。



 2日を経て届いた信号は一つの物理定数を示していた。

 だが奇妙なことに見慣れた数値ではない。桁数は一致している。

 これは何だろう。ズレ方がどうにも変だ。12.5%のズレ。

 ずれていることもそもそもおかしいが、こんなきれいにズレるのも何かおかしい。

 8対9、比としてはこれになる。だが、何故。

 わからない。

 画面前で唸るように考えていたが、今一つ解決のアイデアは出てこない。

 仕方がないと、一度部屋から離れることにする。

 何か閃くものでもあれば良いとまだ明るい時分なのもあって散策に出ることにした。

 目につくのは家々と少しばかり草の茂った路面。往来の人通りは冬から増えたとはいえ元が人の少ない山の村だ、今も郵便の人が少ない件数をゆっくり回るくらい。

 どこへ向かおうか、それすらも考えていなかったせいかぼんやりとした頭はいつもの場所に足を向けさせていた。

 裏山。受信用アンテナの設置位置。

 冬にはあれだけ雪に気を遣って整備にも気を付けていたのに雪が無くなるとその頻度はかなり落ちた。気を付けるのが風だけになったのが大きい。

 今ではケーブルの配線が剝き出しで見える。家まで伝っているのも見て取れる。冬の景色の中ではなかったものだ。

 そういえば、冬の頃には受信方向の特定も作らないとなかったなと思い起こす。

 それにまだ信号方向が動くことも異様に強い信号の事もわかっていない。

 そこに加えてこの謎の比だ、わからないことが増えていく。

 最初は割と簡単だった気がする。

 1,0の、たったそれだけの繰り返し。受信信号の全てがその繰り返しでしかなく情報量も0だった。

 あの信号は随分短いのもあってよく見つけたな、と振り返る。たった67.5秒しかない信号だったのに。

 その後は確か波形の分析もしたな、と何か変な気がした。

 何が。

 波形が、信号が、67.5秒が。

67.5?

 その比は8と9。

 そういうことか。最初の信号情報すら組み込んでくるとは。

しかもこの定数、光速に組み込んでくるとはまだ言いたいことがある。

おそらくは光速の媒質による変化。

 その程度はわかっていのだろうと挑戦している。

 しかも情報は全て与えられている。互いの信号情報の長さは最初は共通だったのだから。

 随分捻った情報の受け渡しだ。

 だったらこちらとしては逆に不変なもので回答しよう。

 電気素量なら物質や距離等々の他の依存性は無い。まさしく不変の定数だ。

 これで次は何を返してくれるのか、気になって仕方がない。

 いつの間にか走り出していた体は、家に着いてからも落ち着かない息のまま信号を送っていた。



 あれからの往復は数回。既に共有された定数は数多く。少なくとも単位系がおよそ分かる程度にはなっている。

 数学、化学、生物、物理において体系は共有された。これは知性の証明ではあるが、あくまで入門程度でしかない。

 知的遊戯として、さらにここから起きていくのは既知の共有ではなく未知への推測になってくる。

 もう少し広い概念を共有していかなくてはならない。まだ僕らには言葉が無い。この概念の共有で言葉を拡げて行こう。

 1024桁で推測可能で、その推測もちゃんと意味を拾えるように共通した何かの意味を持った情報列とこれまでの信号のみからでしなくてはならない、そんな制約。

 凡その言語において、自分と他人、そして時間と空間はほぼ必ず存在する。問題はそこから何を選んでいくかになる。言語が思考、というのはこの場合一部において正しく集合的に厳密かつ排他的に定義が出来ない以上、推測する単語や概念は相手の言語体系に依存してしまう。

 どこまで共通理解を図れるか、そしてその為にできる限り互いに認識のずれが無い単語を選ばなくてはならない。

 なら最初は自他の表現だろうか。いや、それだけだと送るという単語と区別が出来ない。

 過去のデータと紐づけるとなるとそこが厄介すぎる。

 違う、この程度の思考は相手もしてくれている。

 ならこの程度の意図はもうメタ的にはわかっているという前提でも良いはずだ。

 むしろ語彙を増やそう。

 自分、相手、送る、受け取る。この4つの単語パターンでこちらを主体にした文と受送信の内容を書けばいい。

 丁度これまでに各種演算と物理定数をどちらが送ったかはわかっている、つまりはそれ単体の情報に加えて送った側というメタデータが付与されているということ。

 そうとなれば後は簡単だ。PCにはこれまでの波形パターンと対応表、何より解読した文章が並んでいるのだから。

 これに従って受送信の記録を加えて4つの文章に添付していく。

 今回は随分と短いメッセージで済んでいる。

 だが、それすらも意図として伝わってくれるはずだ。

 ここからは一気に会話に近づいていく。互いの正体にも近づいていく。

 そんな確信と同様に、数日の間をおいて届いた信号には受送信の逆転した内容。

 そしてそこにはこちらが直前に書いた内容以外での履歴を付与している。

 これは、言語の共有ができたということ。

 未知は一つ、過去になった。

 これからは指数関数の様に語彙が伸びていく。その一歩目が今確かに成立した。



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