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 雪解けを待つ間2月ほどの時間を要した。いつもより2週間ほど遅くなった春の陽気は白の世界を少しずつ緑に変えていく。

 長かった。

 ただその時を待つ以外に手段が無いのは堪えた。

 いくら思考をしてもそれを実証できない、確かめようのない、そんな日々はただ紙が積もるだけで。

 それももう終わる。

 何より今日は実証の一つの歩みとして漸く送信アンテナの取り付けを行えた。

 複数本同期による指向性増幅、併せて旧式増幅器も用いて簡易的だが高水準の信号強度を確保できた。

 受信アンテナを焼かないように送受信の切り離しも行った。

 まだ陽は出ている。雲もない。送信には何の問題もない。

 指先で数度の操作を行えば67.5秒の信号が送られる。

 息を吐く。長く、静かに。

 そして、指が歩く。

 星の裏側かあるいは本の少し先の街か。

 そんなどこかに向かってメッセージは送られた。

 単に受信確認。

 これで気づいてくれるだろうか、こちらの存在に。

 また、待つ日々が始まる。

 だがそれは今までより少しだけ温かなものだった。



 1週間、毎日電波の送信をしていた。

 夜明けと正午、そして日暮れ前に。

 10を超える送信を経ても応答はない。4日を過ぎてからは夜間にも送るようになった。

 それでもただ今まで通りに繰り返しの信号が届くだけ。

 届かなかった、か。

 しかしそうするどうするべきか。

 相手の所在は不明。わかっているのは方向依存の謎の増幅現象と電波の周波数だけ。

 物理現象が共通なら自分から相手への送信が不可能になる理由は無い。

 それで駄目なら、電波の強度がその現象に届くほどに強くない、か。

 こうなると向こうの電波送信は異様に高強度での送信をしている可能性が出てくるが、そこまでしてようやく異常増幅が起こせるということになる。

 高強度での増幅がもし経路による繰り返し増幅なら相手は場所を知られることを避けているのかもしれない。もしくはそれすら上回って特定されることを楽しむ遊戯か。

 いずれにせよ今のままでは相手に届けるほどには足りていないことは事実。

 同時に、物理的な解決策がほぼないのも事実。

 これ以上の信号強度を出すならより長大なアンテナかバッテリーを利用した出力の底上げか。

 だがそれはこの村でやるには難しすぎる。

 春から夏、そして秋までの短い間で追加のアンテナや機械類を作り冬の間も維持し続けるのは雪に勝たなければならない。それは身一つで雪山に挑むよりも険しいだろう。

 なら、この設備でどうするか。答えはまだ出ない。



 追加での昼夜2週間の電波送信で返答はなし。

 届いていないことは確定だ。

 都合3週間の思考で得た結論は二つ。

 現状での送信では不可能、そして解決には大胆な見直しが必要な事。

 その方針として送信周波数の低下を行うことにした。

 本来の返答としては同一周波数にすることで相手がそのまま送信と同じで気づいてくれることを期待したが、それが届かず叶わない以上別の方向から攻めるしかない。

 他の色々な周波数も探知をしていることを願ってより減衰の少ない、低周波での送信とする。

 加えて計67.5秒だった信号に少しだけ伸長を。

 1,0の繰り返しの周期を弄り、低周波信号には元の周波数を意味させ、元の信号には低周波の情報を乗せる。

 2つ分の周波数での信号送付を行ってどちらか一方だけでも届くことを祈る。

 完璧な解法ではないが、十分程度になってくれれば良い。

 夜間の送信も継続する。

 ほんの少しだけアンテナ設備に加工を要したがそれもほんの簡単なもので終わった。

 そうして追加での電波送信を行い。待つこと2日、繰り返しだけのメッセージ電波は明らかに様相を変えて新たな信号を送ってきた。

P Cに波形の記録が為されるにしたがって、その確信を得ると同時、強く拳を握りしめていた。



 受信した信号に含まれていたのはごく短時間のパルス波の繰り返しとこれまでの1,0と思われる1秒強ずつの繰り返し。ただ、毎回1,0が入れ替わるわけでもなく、何度か1,0を繰り返した後でパルスに変わったり5秒以上の長い一音が在った後でパルスに変わっている部分もある。

 信号の全体時間は67.5秒から少し伸びた。これはこちらから送った信号の時間と同じになっている。

 そして何より、二つの周波数でこの信号を捉えられた。

 受信時刻は同一、受信強度、同一方向の信号。明らかに周波数を変えたことを認識して送ってきてくれている。

 何より詳細な分析をせずとも、パルスの周波数を見てみれば明らかに送信周波数と一致させていてこちらの意図を理解して内容に盛り込んできている。

 驚きもありながらどこか安心するようにも思えて、何から試してみようかと思索が止まらなくなっていた。

 情報量が増えていることは明白で、時折パルスが入っていることを考えるとこれはブロックの区切りと思っても良いかもしれない。

音の長短で文字に復調する手法もあるが今は相手がどの言語を使うか互いに把握できていない段階で、そこで最初からその手法を持ち出すのは少し考えにくい。

 だとするとシンプルに2進法だろうか。1,0という認識のまま何かに対応させているか。

 パルスの方はどれも同じものだということも合わせると明らかに内容が変わっているこの音の列の方がメインで何かを含んでいるはずだ。

 嬉しいことにその想像は当たりだった。音列が表していたのは数の認識で2進法10進法とで9迄の数を表しているようだ。

そしてちょっとした気遣いとして先に受信した方が桁の大きい方を表すように信号が作られている。

 いや、これは偶然かもしれないたまたまここらでの表記法と噛み合っただけで偶然性は排除できない。それともそういう記法をしているということを暗に示したかったのかも。

 これまでの内容からするにそういう情報を持たせていたという方がしっくりくる気がする。

 するとどうしようか、こちらとしても送る信号の内容をもう少し高度にしてみたい。

 送信時間も同一にするなら2進6桁程度までで何か数列を送ってみようか。定番というか良く知られているのなら1,1,2,3…の数列だ。これならその程度まで理解しているということを示すのには丁度いいだろう。

 それに加えてもう少し通信の内容の高度化も同時に狙ってみる。

 何となく音があるところを1として認識していたが本当にそうかは確認する必要があるし、その対応が確実になればもう少し会話もできるようになる。

 だから、数列の最後の値を1個だけずらす。そして信号の最後にはこれが正しくないという意図で0に対応した無音時間を作る。

 これで無音時間、0,偽の概念が統一される。

 この意図が理解されれば勿論向こうは修正した数列で最後に1を付けてくれるはずだ。そうすれば共通の認識で信号がやり取りできる。

 良い思い付きだ、と早速信号を作る。

 PCへの打ち込みはあっさりと終わって、そのまま送信に入る。

夜の空に向かって放たれた電波は大気と大地で反射して届いていくのだろう、そう思いながらようやく見れるようになったいくつかの星座を見つめていた。



 そして今度は3日後、また新しくなった信号が届いていた。ただ今度は夜間に信号があったのか受信できずに間が空いていたし、2日の間には更新されていない信号も届いていた。

 何か自動的に送信をしているのだろうか、あるいは自分も相手も想像以上に増幅の経路は長いのかもしれない。もしくはこんな近くに受送信設備を置けていないのか。移動だったり設定に時間が掛かるなら遅れうるのは当然だろう。もし往復が進んだらその辺りも教えてくれるだろうか。

信号の内容の方は予想通りに数列の訂正版。そして最後には当然1,真の概念を付けてきた。

 やはり意図を完全につかんでいる。

 これで互いに2進法と真偽の概念が共有された。

 だとするとこの後送るべきは演算の定義で、数学の範囲を継続する方が良い。

 まだ共有された体系には四則演算も何も存在しない以上話をするなら概念を少しずつ構築していかないといけない。

だが、内容的にはそう難しくはない。問題は2進用の桁数が多く必要な事か。

 四則演算と結果用の記号導入、さらにはこの後論理演算用の記号迄定義することを考えると桁数が多いことには越したことは無い。

 だが相手がどこまでの長さの信号を扱えるのかがわからない。これまでの信号は問題なかったが急に長くなると途中で切れてしまう問題が出てくる。そうなると余計に思考をして往復もしなくてはならない。もしそれで誤解をし続けて体系を構築すると訂正はかなり厳しい。

 まだ手探りでやっている以上同じことは考えているはずだ。

 なら記号体系の定義より先に互いの限界は知っておくべき事柄。

 1,0の1情報分の時間を半分まで減らそう、そして全体で1025個分の情報になるように信号を組み直す。最初に区切り用のパルスも混ぜ込んで、信号の最後に真偽判定用の1,0を入れる。これがやり取り出来れば1024桁まで扱えることになる。

 もしこれが受信不可能なら相手は取扱い可能な桁数で返してくれるはずだ。

 これまでの信号よりも10倍近い送信時間。不安が無いとは言い切れない。

 でもこれが可能であるならできることはずっと、飛躍的に増えていく。

 そんな希望を持ってメッセージを送り出した。


 よしっ、と予想に当たった信号を受信したのはやはり2日後。

 思わず声に出して喜んでしまった。

 内容は送った通りの桁数で同一の信号、そして最後に真を示す一音。

 これで互いに1024桁の情報通信が可能なことが確定した。

 ここからようやく記号体系の定義が開始できる。

 最初は足し算から、引き算、そして掛算、割り算と定義していき、論理体系まで定めよう。

 4往復分は必要になるがこれがないと先に進むのは困難になる。道具は確実に揃えたい。

 2個の実例といくつかの逆解き例を置いておく。これで認識共有と実際の使用も確かめられる。それだけだと少し余ることも考えて、疑問符も提示しておこう。これが定まると確認の連続だった往復に会話の要素が出てくる。

 この疑問のところは四則演算のそれぞれで答えの部分だけを同一信号とすることで問うているということにしよう。それぞれの演算ブロックでは最後に演算をしている結果だけが存在せず謎のパターンだけが存在し、それがいくつか存在することになる。

 まさかこれらが等しい同一の数値であるという結論にはならない。同一であって、謎を示す記号であるという意図は必ずわかる。

そしてこれが問題無く通れば扱える数値もどんどん増えていく、指数だって対数だって記号を導入するだけで扱えるようになる。その分いくつかの対応数値が削られはするがそれでも表記方法による拡張の方が大きい。

 送信用の数値例はほんの数分で作り終わり信号への分解、復調も何ら問題なく進んだ。そして送信も。

 帰ってきたメッセージには当然理解を示した痕跡として、逆解きの答えと疑問への回答。そして往復の最後には追加のメッセージ。回答だけをシンプルに送ったためか余裕を空けた信号内にかなり詰め込まれている。

疑問符も付いていることから、やりたいことは論理への記号定義の拡張。

 大小比較や含意、否定を示すこと。

 あまり種類を置かないのはそのせいで他の数値部分を圧迫することを防ぐためか。

 ならその対応は簡単で、論理の真なものには1を偽には0を送り返すだけでいい。

 そうして1,0の信号に数と演算と論理の体系が作られた。信号対応表も少しずつ大きくなってくる。

 次に来るのは何を意図したものだろうか。予想をしながら、その予想を超えてくることも期待しながらまたアンテナに信号を送った。




 春になってアンテナを新設した以外にも村ではまたいくつかやれるようになったことがあった。

 雪で鎖されていた道や施設が使えるようになって、人通りも少し増えたし食料の買い出しも簡単になった。これからはもう少し外から人が来るようになるだろう。

 それに学校もだ。別に何かするわけでもなかったが、久しぶりにあう面々はほぼ変わらない面影でありながらどこか少し変わったようにも思えた。雪の間の退屈がそうさせるのだろうか。

聞いてみればやはり家での生活は暇が大半で、時折の雪の処理はあってもそれは仕事であって暇つぶしではなくその時間の多くは本やゲームで過ごすことが多いらしい。大人としても酒場で過ごすようなこともできないからそういう時間の過ごし方は当たり前で、そういうところは昔よりずっと良いらしい。

 それでもやはりずっと同じ空間にこもり続けというのは辛いらしく、道行く人の顔はどこか晴れ晴れとしている気がした。

それは父も同じで、久方ぶりに制服を着て仕事に向かう姿はどこかさっぱりとした雰囲気を感じさせた。

 不思議なことに自分だけが冬の時間をそこそこ以上に満喫していたのかもしれない。

 そんな、どこか謎めいた感覚を覚えながら帰宅し早速モニターを確認すれば、また電波の受信があった。

 今度は何か。

 今出来ていることは簡単な演算と論理。そうすると次に来るのはもう少し高度な体系で、言語らしさが出てくるかもしれない。

 数学の範囲に限定するなら未知数の概念だろうか。

 そう考えながら解析をしてみると予想は良い意味で裏切られていた。

 信号に在ったのは、疑問提示の概念。これまでは演算の答えの部分だけを疑問においていたが、逆に疑問符を最初に付けることでどうなるかを問うている。さらにその後で未知数が導入された。おそらく未知数であることを示すために、複数の式が作られている。未知数に入る値こそ同じだが複数の式を与える事でその値を求めることを疑問として提示したと言いたいのだ。

 なら、こちらから応えるのはその未知数の値。そして新概念。定義するという記号だ。

 これがあれば余計な式を複数与えなくても記号そのものが意味になる。そしてその先ももっとシンプルに書けるだろう。

 そうして送ったメッセージは、当たり前に新たな概念を受け入れて累乗概念や対数の概念も伝えてきた。

 ならば、とさらに往復を行って数の体系が共有された。



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