第86話 灼門鬼《しゃくもんき》
是非、ブックマークか評価を。
私にガソリンをください!!
武虎の掛け声に合わせて、3人が駆け出す。
が――
「ほらほらほら、遊ぼうぜぇ白モヤシ。
てめぇの相手はあたしだよ」
後ろから聞こえる姉の声に、陽平は(ああ、スイッチ入った)と小さくため息を吐いた。
こうなると、もう止まらない。
ならば自分は、自分の役目を果たすだけだ。
* * *
陽平は瓢箪の栓を抜き、木刀に水を振りかける。
ぱしゃり、と澄んだ水音と共に、木刀の表面を、水が吸いつくように覆っていく。
滴るはずの水は落ちず、刃の輪郭に沿って薄く広がり、淡い光を帯びながら水を纏う。
陽平は一歩、足を引き、木刀を構える。
背筋を伸ばし、肩の力を抜く。
呼吸を深く、ゆっくりと。
腹の底から、気合いを叩きつける。
「水操:参式 沙羯羅!」
木刀に纏わりついていた水が、意思を持ったように隆起した。
刀身から、ずるり、と形を変え――水でできた蛇が生まれる。
蒼く、透明な蛇。
それは陽平の周囲を、ぐるり、ぐるりと旋回した。
水が流れる音と、低く唸るような気配。
蛇は一度、陽平の正面で静止し――
スゥッ、と霧のように溶ける。
同時に陽平の身体の輪郭に、一瞬だけ鱗のように重なり合った、水色の膜が浮かび上がる。
* * *
灼門鬼。
全身を覆う焦げた皮膚。
裂け目の奥から、赤い光が脈打つように明滅している。
呼吸のたび、胸腔から熱風が吐き出され、地面に残った熾火がじり、と音を立てた。
熱が、空気を歪ませていた。
灼門鬼の足元だけ、まるで炉の中に切り取られたかのように、地面は黒く焼け、草は灰になっている。
陽平は全力で灼門鬼に向って駆ける。
「身体強化――剛!」
全身に力が満ちる。
筋肉が引き締まり、視界が研ぎ澄まされた。
武虎に向う灼門鬼の気を引くように、気合いと共に水を纏った木刀を、真っ直ぐに振り下ろした。
――ガンッ!!
鈍く、重い衝撃。
灼門鬼の肩口を打ち据えた瞬間、火の粉が爆発的に散った。
炎が、牙を剥く。
陽平の腕へ、顔へ、喉元へ――
燃え移ろうとする熱。
だが。
じゅっ、と音を立てて、炎が弾かれた。
木刀を覆う水が、火を打ち消す。
さらに、沙羯羅の加護が、熱を遮断する。
陽平は歯を食いしばり、追撃に入った。
「せいやっ!!」
横薙ぎ、返し、踏み込み。
木刀が何度も、灼門鬼を打つ。
そのたび、火の粉が舞い上がる。
水と炎が、激しく衝突する。
だが――
木刀を包む水の層が、少しずつ、削られている。
加護の膜も、衝撃のたびに短くなる。
(……長くは、もたない)
灼門鬼は、耐えている。
炎を噴き上げながら、防御を固め、反撃の機会を窺っている。
次の瞬間。
轟ッ!!
灼門鬼の胸部が裂け、そこから炎の奔流が噴き出した。
地を舐める火柱。
陽平は即座に後退し、距離を取る。
熱波が頬を掠め、肌が焼ける感覚が走る。
「くそっ!」
接近戦を続ければ、水は尽きる。
そうなれば、一瞬で焼き殺される。
陽平は木刀を構え直し、水に送り込む魔素量を強める。
「……水操:壱式 難陀」
―ズリュッ
木刀を覆っていた水が、蠢いた。
刀身から、水が引き伸ばされる。
蛇腹剣のように、自在に、しなやかに。
蒼い水の蛇が、空を裂いて伸びる。
陽平は裂帛の気合いで、木刀を振り抜いた。
刀身に纏った水がシュルッと伸び、まるで蛇腹剣のように灼門鬼を斬りつける。
「――っ!」
灼門鬼は反射的に両腕を交差させた。
噴き上がる炎が盾のように重なり、水の刃を正面から受け止める。
ガァン、という鈍い衝突音。
伸びきった水が弾かれ、斬撃の勢いが殺される。
だが――そこで終わりじゃない。
弾かれた水の先端で、蛇の頭がぎゅるッと回転した。
鞭の動きから一転、首をもたげるように角度を変え、炎の隙間へと滑り込む。
「噛め……!」
水の蛇が牙を剥き、灼門鬼の腕へ食らいついた。
ジュウウウウッ!!
噛みついた瞬間、火と水が正面衝突する。
灼熱と冷却がぶつかり合い、爆発するように白い蒸気が噴き上がった。
視界が一瞬で真っ白になる。
凄まじい音と圧力が空気を震わせ、地面を転がる熱気が脚元を撫でた。
* * *
蒸気の向こうで、灼門鬼が雄叫びをあげると、体の亀裂から炎が噴き出す。
灼門鬼が一歩踏み込むたび、地面が焦げて音を上げる。
吐き出された炎は槍のようになって一直線に向ってくる。
「水操:壱式 難陀!!」
水と炎がぶつかる。
直後、白い蒸気がボフッと弾け、視界がゆらりと歪んだ。
蒸気の幕越しに、次の炎がもう立ち上がっている。
こっちの水も、形を取り直してもう一度、牙を剥く。
「――はぁ、――っ!」
陽平は呼吸を刻む。
腕を止めない。
全力で操り続けなければ、水は応えない。
半端な制御は、即座に熱へ飲まれる。
一瞬の隙が、そのまま距離を押し切られる危険に繋がる。
灼門鬼も同じだ。
炎をほんの少しでも弱めたら――水が踏み込み、間合いを奪う。
だから吐く。
燃やす。
蒸気が幾重にも層を作り、厚みを増す。
揺れる視界の奥で、2つの影だけが交錯して離れる。
頬を撫でる熱が痛い。
(――出し惜しめば、終わる)
陽平は木刀を振り続ける。
水は伸び、斬りつけ、絡みつき、噛みつく。
灼門鬼は、炎で押し返す。
地は焼け、空は焦げ、息を吸うだけで喉が灼ける。
――それでも、止めない。
蒸気の爆ぜる音が、鼓動に重なる。
白と赤、冷と熱――その境目で、均衡は辛うじて保たれていた。




