第85話 穢門鬼《えもんき》
是非、ブックマークか評価を。
私にガソリンをください!!
「いくぞ!」
武虎の号令で、俺たちは同時に地を蹴る。
直哉は穿門鬼へ、武虎は穢門鬼へ、陽平は灼門鬼へ、真弓は縫門鬼へ向かう。
像のまま沈黙していた4体の餓鬼四門衆から、じゅぅぅ、と白い蒸気が立ちのぼる。
無機質だった肌がぬめりと光沢を帯び、関節が軋んで動き出した。
穿門鬼は剣になった両腕をたゆたうように掲げ、ステップとも揺らぎともつかない足運びでこっちへ寄ってくる。
灼門鬼は炭のように黒い全身のひび割れが赤く脈動し、息をするだけで火の粉がぱちぱち散った。
縫門鬼は全身から針を突き出し、低く構えて迎え撃つ構えを見せている。
そして――穢門鬼だけが、くるりと身を翻し、皆から距離を取った。
逃げるというより、遊び場を広げるような仕草だった。
歩くたび、足裏のイボが潰れて緑色の液体がぴちゅ、と跳ね、床を溶かし、薄い緑の瘴気がじわり広がる。
「ケタ、ケタ、ケタ」
無邪気な笑い。
子どもの遊び声みたいなのに、足跡は焼け爛れた地図を刻んでいく。
* * *
「させるかよ!」
武虎が一気に間合いを詰める。他の3体が妨害に動こうとするが――
「そっちは行かせない!」
「任せて!」
直哉、陽平、真弓が飛び込み、戦場を分断した。
(まずは俺が止める。速攻で削り切る――! ここで躊躇ったら、全体が崩れる)
「断裂掌!!」
武虎の掌から赤いオーラが拳から迸り、黒い稲妻のようなものが、手に沿ってバリバリと走った。
穢門鬼へ一直線――
「キャキャ!」
穢門鬼は、避けることも、防ぐこともせず、素手で受け止めた。
ギュバァッ!!
空間が削り取られ、穢門鬼の片腕が、肘から先ごと消失した。
(決まった――! 押し切れ!)
穢門鬼は瞬きを二度、三度。
失われた腕の先を覗き込み、次の瞬間、顔いっぱいに痛みに歪んだ喜色を浮かべる。
「キャ、キャキャキャ!」
噴き出した緑の血も、頬を伝う涙も毒だ。
床に落ちれば黒から翡翠へと色が変わり、ぶくぶく泡立って霧の粒が弾ける。
ぴしゃ、と返り血が武虎の前腕に散った。
「ぐっ……!」
皮膚が焼ける。
酸を浴びたような痛みが走る。
それでも武虎は退かず、肩で息を整えた。
「逃がさねぇ」
穢門鬼は、抉り飛ばされた箇所から滴る緑の血を、珍しい玩具を見るように目で追う。
身体が痛みでびくりと跳ねるたび、その反応すら楽しんでいる。
「痛みを喜んでやがるのか、このやろう!
くそっ、気味が悪いぜ」
穢門鬼にとって、痛みは拒むものじゃない。
初めて触れる、強烈で鮮烈な刺激――ただそれだけだ。
* * *
「キャキャ、キャキャキャ!」
子どもの駆けっこみたいなリズムで床を蹴る。
トトトト――。
速い。
追いつきそうになっても、するりと間合いを外される。
攻撃の意思はなく、ただ武虎の動きに付き合っているだけだ。
「待ちやがれ!」
武虎が瞬陣を纏う。
青いオーラが身体を包み、空間を一段飛ばすように詰め寄って断裂掌を放つ。
キュボッ!
空間を削る掌底を、穢門鬼は半身をぬるりと捩じり、かわした。
「ピョ?」
小首を傾げる。
子犬のような、無邪気な声音。
次の瞬間、片足ケンケンで斜め後ろへ跳ねる。
プチュ、プチュ。
イボが潰れ、緑の飛沫が扇状に散り、床を濡らす。
「キャ、キャ」
くすぐったいとでも言いたげに肩を揺らす。
自分の身体が壊れていく感触すら、遊びの一部だ。
「わざと削られに来てやがる。
毒の面制圧――足場を腐らせる気か!」
武虎は迷わず踏み込みを重ねる。
足元にも断裂掌を纏い、毒を意にも介さず攻め立てる。
(前へ。間断なく。焦るな、でも止まるな。矛盾するな――動きでねじ伏せろ!)
「ポポポ」
くるりと一回転し、両手をぱちぱち鳴らす拍手の真似。
応援する観客のように。
「くそ、なめやがって!」
武虎は歯を食いしばり、痛む前腕を無視して連撃を叩き込む。
穢門鬼は逃げるだけだ。
攻め返す気配は一切ない。
身体が削られるたび、毒がゴポリと溢れ、瘴気が舞う。
それすら楽しくて仕方がないように、笑みだけは深まっていく。
「これで……終いだ!」
瞬陣で懐へ。
双掌が胸を穿とうとした、その瞬間――
穢門鬼の身体が、ぱん、と音を立て、緑色の霧へと弾けた。
「霧――!? 体が消えた。手応えが、軽い……!」
断裂掌は霧を削るが、手応えは希薄だ。
霧は四散し、床や天井を舐めるように広がり、武虎を包み込む。
毒霧が肺を痺れさせ、涙腺を焼く。
皮膚がじわじわと熱を帯び、汗と瘴気が絡みつく。
「くそっ!」
武虎は身体強化をさらに引き上げ、霧へ何度も掌を打ち込む。
だが、裂いても散らしても、効果は乏しい。
霧の奥から、無垢な笑い声。
怖がらせたいわけでも、殺すつもりでもない。
ただ、楽しいから笑っているだけ。
「ケ、ケ、ケタケタケタ」
霧はゆっくりと移動し、武虎から距離を取る。
やがて一点に集まり、形を結び――
穢門鬼が、何事もなかったかのように実体化した。




