第84話 地獄門
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私にガソリンをください!!
昼下がりの草の匂いが、乾いた風にのって流れてくる。
第3層の草原フィールドを、俺たち4人は歩いていた。
前に俺と武虎、少し下がって清閑寺姉弟――陽平と真弓が続く。
厳密に決めていないのに、自然とこういう並びになるのは、たぶん性格と得意分野のせいだ。
清閑寺姉弟は、息が合っている。
動きも射程も、互いを補うように噛み合っていて、見ていて安心できる。
この4人なら、――地獄門もクリアできるんじゃないか、そう思えた。
「おーい、神谷。
いい加減、それやめようぜ」
前を行く武虎が肩越しに振り返る。
俺はバットをわざと肩に担ぐ。
カチ。
律印が淡く光り、闇がバットの表面から零れ落ちる。
「ふはははは、トラよ。そんなに我の闇に飲み込まれるのが怖いのか」
数秒の沈黙。風だけが草を撫でる音。
「……」
「おい、それ何回目だ?」
「いや、だってかっこいいじゃん! この雷とかも――」
言い終わる前に、背後から抑えた声が飛ぶ。
「……敵」
パス、パス――と乾いた発射音が2つ。
真弓の銃口から魔素弾が放たれ、遠くでゴブリンの悲鳴がひとつ、砂に吸い込まれるみたいに掻き消えた。
俺は肩をすくめる。
「ほら、出てくるゴブリン、真弓さんが全部サーチ&デストロイしちゃうじゃん。
こう、手持無沙汰も相まってさ」
「相まってさ、じゃねぇよ」
武虎が短く吐き捨てる。
「そろそろボスエリアだ。気合い入れろ」
「悪い。……そうだな」
咳払いひとつ。
手汗を拭って、バットを握り直す。
* * *
歩いているうちに、空気が変わった。
草の背丈が目に見えて低くなる。
丘を上ると視界が開け――一気に胸が冷える。
前方に、抉り取られたようなくぼ地。その底に、巨大な地獄門が鎮座していた。
門の側、立ち木の影のように並んだ4体――餓鬼四門衆。
誰も動かない。
けれど、視線を逸らすことが許されない存在感がある。
無意識に、呼吸が浅くなる。
バットのグリップが、少し硬く感じた。
「――よし。もう一度、復習だ」
武虎が立ち止まり、振り返る。
「前回の話、頼む」
視線を受けた陽平は、わずかに頷いてから口を開く。
「結論から言うと……1体も倒せず、撤退しました」
「ここからでも感じると思うけど、あの4体は全部、魔素使いだ。
主ゴブリンより、はるかに上、かな」
指差す先、黒く焦げたような肌の奴が目に入る。
陽平が続ける。
「あいつが――あの黒く焦げたやつ。
動き出すと全身が燃える。
触っても、殴っても、もちろん殴られても燃える。
それから、耐久がかなり高い。
何度かいい攻撃を当てたけど、ほとんど効いた感じがなかった」
「近づくほど、不利」
真弓が短く添える。
陽平は隣へと指を滑らせた。
「その隣、小さくて両腕が剣のやつ。
とにかく速くて、踊るみたいに攻撃してくる。
力も強いし、広めの剣閃を飛ばしてくる」
「剣閃……かっこいいな」
「神谷、お前、ほんとそういうの好きだよな」
少し軽くなった雰囲気に陽平は笑いながら、
「逆側の、のっぽで細いのは――戦闘が始まるとハリネズミみたいに全身から針を出して、体当たりしてくる。
かわしたと思ったら、そのまま針も飛ばしてくる。
刺さると抜けにくくて、そこから魔素がどんどん漏れて、かなり消費させられたよ」
「うわ、地味に嫌だな……」
思わず顔がしかめっ面になる。
陽平の目が、最後の1体で止まる。
「一番まずいのが、腹が膨れてるやつ。
あいつは前に出ない。
その辺をずっとうろちょろするんだけど、歩いた場所が穢れる。
穢れが溜まると、そこから毒ガスが出続ける」
陽平はその時を思い出したのか、顔を顰めながら、
「最終的に、くぼ地全体が毒で満ちて……退散するしかなかった」
「最優先でやる」
真弓の声は迷いがない。
「うん、あいつは倒さないと、地形が詰む」
陽平が続ける。
「でも、他の3体が邪魔をする」
「身体能力は?」
武虎が腕を組む。
「一番高いのは、両腕が剣のやつだね。
緩急がきつくて、正面からだと剛で捌くのがやっとだった。
黒いのと細長いのは、そこまでじゃなかったかな。
通常の身体強化なら、こっちがやや有利。
ただ――攻撃を当てた時に、きっちりお返しが来る……」
「うーん、厄介だな。……トラ、どう思う?」
武虎は短く考えてから答える。
「できれば近づきたくないのは、黒いのとノッポの奴。
チビと腹デカは近距離でサクッとやりたいな」
「遠距離、陽平はいけるな?」
「うん。それに俺は水が得意だから、黒いのは何とかできると思う」
「じゃあ、私はノッポのね」
真弓が銃身をわずかに上げる。
狙いは既に定まっているみたいだ。
「そしたら、トラ。俺は――剣をやらせてくれよ」
武虎がちらとこちらを見る。
「いいのか? 接近戦は、あいつが一番強いみたいだぜ」
「だからだよ。
それに、毒は……トラなら消せるだろ?」
「まぁな」
武虎はふと思い出したように、地獄門へ視線を送った。
「そういや――ここから攻撃したら、どうなる?」
「動かない間は、バリア。攻撃、全部無効」
真弓は即答する。
俺は反射的に聞き返した。
「……遠距離でも?」
「試した。無効」
「なるほど」
武虎が深く息を吐く。
理不尽、という言葉が喉の奥まで出かかったが、飲み込んだ。
「なんでなんだろうな」
「わからない。ダンジョンの不思議パゥワー」
そこで、一度区切るように武虎が言った。
「よし。一休みしてからいくか!
――神谷、あれ頼む」
「あいよ。何がいい?」
「……アレ?」
俺は頷き、ホルダーからかつ丼を模したストラップを取り出す。
「変換装置。
説明しよう。この装置に魔石を使うと、食べものが出るのだ!」
「おぉ、すごい!」
陽平が素直に身を乗り出す。
「……やるわね」
「じゃあ俺はカレーで」
武虎の即答は迷いがなかった。
「カツドンで!」
陽平は元気がいい。
「おしるこ、ね」
俺は申し訳なさそうに首を振る。
「おしるこは出ない……。カツドン、カレー、親子丼だけなんだ」
「ちっ」
「今度、ヤスにメニュー増やせるか頼んでみるよ」
魔石を装填し、起動。
装置はかすかな唸り声をあげ、ほどなくして、甘辛いタレの匂いとスパイスの香り、卵のやわらかな蒸気が風に混ざった。
湯気に腹が反応する。
緊張で縮んでいた胃が、仕事を思い出したみたいに鳴いた。
「いただきます」
短い食事。
無駄話は少なく、噛む音とスプーンの触れる音だけが続く。
食べ終え、片づける。
バットのバランスをもう一度確かめ、深呼吸――肺が広がる。
視界の色が一段、鮮やかになる。
武虎が前に出た。
陽平が腰に下げた瓢箪に触れ、真弓が安全装置を外す音がした。
「よし――いくぞ!」




