第82話 第4層への道
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私にガソリンをください!!
俺と武虎は、武虎の父親から得た情報を頼りに、第3層の奥地へと歩を進めていた。
階層ボスは、探索者がほとんど足を踏み入れない“くぼ地”に潜んでいるらしい。
人の視線を避けるようにして隠れた谷間。
「階層ボスか。
そいやボスって初めてな気がするな。どんなんだろうね?」
「さぁ。親父も自分の目で確かめろって言って、詳しいことは教えてくれなかったからな。
……まぁ、聞いた場所まであと3キロくらいだ。すぐ見れんだろ」
武虎の声はいつも通り軽い。
なのに、その拳はいつもより少し強く握られているように見えた。
俺だけじゃなく、武虎も緊張しているのかもしれない。
「了解」
俺たちは草を踏み分け、丘陵の起伏の上を越えていく。
陽が少し傾いてきたせいで、草の影が長く伸び、風のたびに揺れるその影がまるで何かの群れのように見えた。
そして、背丈ほどの草むらがざわり、と揺れた。
「……来たな」
武虎の声が低く沈む。
その変化に合わせるように俺もバットを抜いた。
呼吸が自然と整い、視界が狭まっていく。
次の瞬間――
つぶれたような唸り声とともに、2体のゴブリンが草をかき分け飛び出してきた。
革の胸当てに粗雑な刃物。
統率されていないせいで動きは荒いが、代わりに恐れというブレーキが完全に壊されている。
突っ込んでくる勢いが以前より明らかに重い。
「神谷、右をやれ。俺は左だ」
「了解!」
同時に地面を蹴り、俺は右側のゴブリンへと接近する。
相手は甲高い叫び声を張り上げ、力任せに刃を振り下ろしてきた。
――だが、遅い。
フェイントを混ぜて一瞬だけ視界を揺らし、次の瞬間、
俺のバットは白線を描いてゴブリンの手首を正確に撃ち抜いた。
悲鳴。
握っていた武器が宙を舞い、ゴブリンの体勢がガクンと崩れる。
「はっ!」
回し蹴りが横から決まり、ゴブリンは耐えきれずポリゴン状に砕け散った。
視線をそらすまでもなく、武虎もすでに自分の相手を沈めている。
地面に転がったゴブリンの残滓が、風にさらわれるように消えていった。
「まっ、今更ゴブリンぐらいじゃな」
「俺らもだいぶ強くなったよな。
入った頃の俺らじゃ、2体相手でもこんな余裕なかっただろ」
「確かに」
笑い合うが、緊張は消えない。
笑顔がすぐに風へ散っていくような、そんな脆い感覚だった。
周囲に注意しながら、再び歩き出した矢先――
「また来るぞ」
「まじか」
武虎の声とほぼ同時に、背丈の高い草の影から3体の槍ゴブリンが現れる。
槍先が太陽を反射し、鋭い光がこちらへ突き刺さる。
だが――結果は同じだった。
俺と武虎は、息を乱すこともなくそれらを撃破した。
草原に残るのはゴブリンのポリゴンだけ。
風が運ぶ草の匂いが、戦闘の余韻の中で妙に鮮明だ。
「本当にゴブリン王がいなくなっちゃったんだなぁ……。
くそー、倒したかった……」
「来年に期待だな。
それより今はボスだろ」
「……だね。
あんまり他のことに気を回してもしょうがないか」
気持ちを切り替えるように笑い、俺たちは歩みを速めた。
* * *
丘を越えた瞬間――
風景が唐突に変わった。
「……あれ、なんだ……?」
遠くに見えるのは大地が陥没したような巨大なくぼ地。
そこだけ草がまばらで、色さえ他と違う。
空の光が届きにくいのか、わずかに影が濃い。
俺たちは慎重に近づく。
そして“くぼ地”を覗き込んだ瞬間、呼吸が止まった。
「……なんだ、あれ……」
「デカすぎだろ……」
そこにそびえていたのは――
巨大な黒い石造りの門が地面に蓋するように横たわっている。
地面そのものに巨大な扉が埋め込まれているかのようで、まるで地下へ続く禁じられた入口だ。
扉の大きさは10メートル以上。
門には、大きな文字が刻み込まれている。
(『直哉、あれはアル・テラス文字です』)
(読める?)
(『はい。……“地獄門”と彫られています』)
(地獄門……?)
喉がひゅっと鳴った。
俺は武虎へ自然な体で歩み寄り、平然を装って言った。
「えっと……さっき魔石使って翻訳したんだけど、あれ“地獄門”って書いてあるらしい」
武虎の表情がわずかに引き締まる。
「地獄ねぇ……洒落になってねぇな」
風が冷たく頬を撫でた。
大きな門は動かない。
だが――その前に立っている“4つの影”が、俺の背中を鋭く冷やす。
左右に2体ずつ。
合計4体。
3メートル近い鬼の像が、まるで門を守る兵士のように立ち並んでいた。
石像……いや、本当に石なのか?
皮膚のような質感。
筋肉の膨らみ。
ただの像にしては、あまりにも“生々しい”。
(『あれもアル・テラス文字です。
4体の総称は “餓鬼四門衆” と書かれています』)
(四門衆……?)
(『はい。1体ずつに名があります』)
イチカの声が、静かに、淡々と脳内へ流れていく。
(『左から――
灼門鬼、穿門鬼、縫門鬼、穢門鬼
……と記されています』)
(……全部、鬼か……)
(『はい。餓鬼の変種と思われます。
強力な魔素反応。単なる石像ではありません』)
その言葉に、背骨を冷たい爪でなぞられたような感覚が走った。
俺は深呼吸し、イチカの存在を隠しながら武虎に伝える。
「“餓鬼四門衆”って書いてあって、左から
灼門鬼、穿門鬼、縫門鬼、穢門鬼……って名前らしい」
武虎は門の前に立つ4体をじっと見つめる。
「餓鬼……か。
確かに地獄っぽい名前だな。
動いてねぇけど、なんか空気が重い」
「まぁ動くよね」
「だろうな」
俺たちが立っているだけで、4体から圧迫感のような魔素の気配が漂ってくる。
距離があるのに、目の前に敵がいるような息苦しさだ。
俺は視線を武虎へ向け、言った。
「なぁ、トラ……」
武虎は少し間を置き、真剣な顔で答えた。
「……だな。
この戦い、多分俺ら2人だけじゃ厳しい。
いや、確実に厳しい」
俺は何かを思い出したように顔を上げた。
「なぁ、道場に俺らと同じようにボスで躓いてる人っていないのかな?」
「うーん、いなかったような……。
……いや。道場じゃないけど、心当たりはある!」
武虎は拳を軽く握った。
「まじか!?」
「あぁ。ゴブリン王の時に知り合った魔素使いがいてな。
そいつら、確か3層のボスについて色々言ってた。
……あいつらも他にメンバーいないっぽいし、俺らと同じかもよ?」
「そしたら、その人たち誘ってみようぜ!」
「ああ、連絡入れてみるわ」
俺は再び、巨大な地獄門を見上げた。
風が吹き抜けるたび、4体の鬼像の影が揺れる。
その黒い輪郭は、まるで呼吸しているかのようだった。
地獄門。
餓鬼四門衆。
――ここを越えられるかどうかで、俺たちは“次の段階”へ進める。
そう確信できるほどに、目の前の門は重く、冷たく、恐ろしく――
それでも、どこか燃えるような期待をくれる存在だった。




