第76話 ゴブリン王討伐 ― 黄金の双眸
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私にガソリンをください!!
戦陣の只中で、大地そのものが低く唸った。
「――来るぞ、構えろ!」
誰かの声が震えを帯び、次の瞬間、草原の向こうで土煙が盛り上がる。
燃えるような魔素が奔流のようにうねり、その中心に、重装の影が姿を現した。
ゴブリン王。
5メートルを超える歪な鉄棍を片手に、双牙を覗かせ、巨大な狼に跨っている。
その背後に――100体。
ホブゴブリンライダーが錐行陣形で探索者の列に突っ込んでくる。
「グォォォォォオオオオオッ!!」
ゴブリン王の雄叫びが空気を殴った。
圧だけで足がすくみ、探索者の前線がわずかにたじろぐ。
その一瞬の迷いに、ゴブリン王は容赦なく踏み込む。
前線が一列、まとめて薙ぎ払われた。
悲鳴とともに、探索者が吹き飛び、白光が弾ける。
騎獣の突進が人の列を押し潰し、悲鳴が草原に散った。
「前線、下がれ!左右に――ぐわっ!」
押し寄せる騎兵の波が、人の壁を剝ぎ取っていく。
戦列がしなり、崩れ――その時だった。
――後方から、光の筋が一条。
探索者の陣を一直線に突っ切って、ひとり、黒い外套の影が前へ躍り出る。
「下れぇええええっ!!」
怒号と共に、両腕が大きく開かれる。
右手、左手――赤熱した魔素の塊が同時に形を取った。
「くらえぇっ!爆炎」
右、左、右、左。
「でりゃでりゃでりゃでりゃぁぁぁ!!」
十数発が連撃のリズムで吐き出され、ゴブリン王へ殺到する。
着弾。爆炎。土砂。熱風。
視界が一瞬、真昼より明るく焼かれ、次の刹那にはすべてが土煙に飲まれた。
能力者は止まらない。
右手、左手に再び炎弾を浮かべ――胸の前で重ね合わせる。
魔素が圧縮され、火は歪み、光が軋む。
色が変わった。
灼熱を通り越し、質を変えた焼却の白炎。
「――止めだっ!!爆炎葬」
両腕で押し込む。
白炎弾が土煙を貫き、王の影へ突き刺さる。
――ドガァァァァン!!
爆風が戦場を薙ぎ、探索者たちが思わず身を伏せる。
空気が波打ち、耳鳴りが残った。
「……やった、か?」
誰かの声が、砂に吸われて消える。
その問いに答えるように――土煙の奥で足音が響く。
ズシ、ズシ。
規則正しく、重い歩み。
薄れる煙の向こうから、ゴブリン王が現れた。
* * *
装甲はひび割れ、皮膚は焼け爛れ、片腕は血で濡れている。
かなりの傷を負っている。だが――
爆炎で倒れたホブゴブリンが、次々にポリゴン化する。
光片となり、浮遊し、ゴブリン王の胸元へ吸い込まれる。
ゴォ……。
吸収のたび、裂傷が閉じ、焼けた皮が盛り上がり、魔素の圧が一段、また一段と強くなる。
周囲で斃れる雑兵が出るたび、その死はゴブリン王へ集約され、強化へ転化されていく。
「回復……いや、強化回復かよ……!」
先ほどの能力者が歯噛みし、腰の剣を抜いた。
刀身に炎が宿り、橙の尾を引く。
「終わらせる――!」
駆ける。
炎剣の斬撃が連続し、ゴブリン王の装甲へ火花を散らす。
剣撃と棍撃がぶつかり、火花が散る。
能力者は鋭い踏み込みで装甲の継ぎ目を狙い、ゴブリン王は最短の動きでそれを受ける。
刃は通る。だが、決定打にはならない。
何合か打ち合ううちに、能力者は違和感を覚えた。
――重い。
同じ受け、同じ返し。
なのに、剣に伝わる衝撃が少しずつ増している。
ゴブリン王の背後で、また1体、ホブゴブリンが倒れた。
ポリゴンが吸い込まれ、ゴブリン王の気配が濃くなる。
「っ……!」
能力者は距離を詰め、一気に畳みかける。
炸裂する炎剣の連撃。
ゴブリン王の肩、腿、胸甲に傷が増える。
だが、ゴブリン王は下がらない。
打ち合いが続く。
剣は弾かれ、受け止めても押し返されるようになる。
最初は互角だった均衡が、じわじわと崩れていく。
ゴブリン王の一撃で、能力者の足が半歩下がった。
「……チッ!」
魔素で補うように、至近距離で爆炎を放つ。
衝撃で距離は開くが、ゴブリン王はすぐに詰めてくる。
その間にも、周囲で倒されたポリゴンが光となって吸い込まれていく。
ゴブリン王の鉄棍は、以前より明らかに重い。
次の打ち合いで、能力者のガードが弾かれた。
胸に一撃。
息が詰まる。
2撃目で肋を叩かれ、
3撃目で体勢を崩される。
「くっ――!」
最後に放った、蹴りに載せた爆炎。
炎が短く咲き、王の動きが一瞬だけ止まる。
その隙に突きを放つが――
鉄棍が、先に届いた。
鈍い衝撃が鳩尾に突き刺さり、視界が白む。
続けざまに、横薙ぎが肩を打ち、最後の追撃が側頭を叩いた。
能力者の身体が宙を舞い、白光に包まれる。
リエントリーエリアへの転送。
戦場から、またひとり消えた。
* * *
ゴブリン王は、ゆっくりと鉄棍を地へ突き立てた。
轟、と低く響く音が、大地を震わせる。
ゴブリン王は探索者たちを見下ろし、裂けた口から声を放つ。
「……聞け、矮小にして脆弱なる者どもよ」
その声は低く、重く、戦場の喧噪を押し潰すように響いた。
怒鳴るでもなく、叫ぶでもない。
それは、裁きを宣告する者の声音だった。
「我が名は――エンバルム」
黄金色の双眸が、一人ひとりを舐めるように追う。
「かつて、ヌシら人間が踏み荒らし、奪い、焼き尽くしたる地に生まれし王よ。
血と灰の記憶こそが、我が礎」
鉄棍を引き抜き、その切っ先を戦場に向ける。
「ヌシらは、我らを魔物と呼び、獣と蔑み、刈り取ってきた。
だが知れ。
我は忘れぬ。
我らは赦さぬ」
ゴブリン王の周囲で、ポリゴン化したゴブリンの残滓がゆっくりと漂い、吸い込まれていく。
その光景を背に、エンバルムは続ける。
「この身ある限り、ヌシらの文明も、誇りも、未来も――
すべて、我が戦陣の糧と成さん」
鉄棍が掲げられ、魔素が渦を巻く。
「逃げよ。抗え。嘆け。
されど結末は変わらぬ!!」
「矮小なる人間よ。
我が前に立つならば、名を刻むがよい」
戦場に、静寂が落ちる。
「――ここは、エンバルムの王地。
ヌシら人間の、終わりの始まりなり」




