【閑話】第10話 エンバルムの誕生
是非、ブックマークか評価を。
私にガソリンをください!!
やばい、ストックが心もとなくなってきた。
けど、とりあえず時間外にアップロード。
本編は予定通り18時更新です。
そろそろハートという名の栄養補給をよろしくお願いしますw
* * *
暗闇。
冷たい流れ。
無数の魔素が渦巻く世界。
俺はそこにいた。
身体はない。
声もない。
ただ、意識だけが漂っていた。
「……シニタクナイ……」
その想いだけが、俺を形作っていた。
執着。
生への渇望。
それらが、魔素の中で黒い炎のように燃え続けていた。
龍脈は俺を運び、混ぜ、薄め、また濃くし、幾年もの時を流れさせた。
時の感覚はなかった。
ただ、流れに身を任せるしかなかった。
だが――
ある瞬間、俺は“呼ばれた”。
まるで、何かが俺を必要としているかのように。
* * *
「……ギ……?」
目を開けた瞬間、湿った空気と薄くほのかに香る魔素の匂いが鼻を刺した。
洞窟だ。
草は黒く枯れ、地面には無数の骨片が散乱している。
だが、俺が知っている洞窟ではない。
魔素が圧倒的に少ない。
そして、すぐに異変に気づいた。
「ギ……ギギ……?」
頭の奥で何かが弾け、黒い水が流れ込むように“知らない記憶”が押し寄せてくる。
斬られる痛み。
肉が裂け、骨に刃が食い込む生々しい感覚。
焼かれる恐怖。
皮膚が焦げ、煙を上げ、呼吸すら許されない苦悶。
仲間が殺される絶望。
逃げても逃げても届かない、短い手足で伸ばした救いの叫び。
そして——
人間への、底なしの憎悪。
「ギャアアアアアアッ!!」
俺は耐えきれず頭を抱え、洞窟に響くほどの声で叫んだ。
自分の声すら、もう別の生き物の悲鳴に聞こえるほど、思考が濁っていく。
これは……俺の記憶ではない。
だが、確かに“俺の中にある”。
第3層で死んでいった無数のゴブリンたち。
斬られ、潰され、焼かれ、踏みにじられた末に残った怨念の残滓。
その断末魔が、俺の肉体の奥へと染み込み、黒い泥のように沈殿していく。
視界が薄暗く染まり、洞窟の空気さえざらついたものに変わった。
脈拍が跳ね上がり、心臓が別の心臓を宿したみたいに脈動する。
全ての人間を殺し尽くせと魔素が囁く。
「…コロス……ぜんぶ…………殺す…!!」
口から漏れたその声は、俺の声ではなかった。
俺を作った数えきれない残滓が混ざり合って生まれた“異音”のように濁っていた。
怒りでも、恐怖でも、正気でもない。
ただひたすら焼け爛れた憎悪が、俺の意思を侵食していく。
それでも、その声は確かに“俺の中にいる”のだった。
俺の傲慢と、無数のゴブリンの憎悪が、同じ方向を向いていた。
その瞬間――
俺の中で何かが“弾けた”。
「ギ……ギギギ……!」
身体の奥から、黒い魔素が湧き上がる。
熱い。
重い。
だが、心地よい。
俺は手を伸ばした。
周囲の魔素が吸い寄せられ、俺の身体に集まっていく。
俺の中にある“何か”が、魔素を喰らい、形を作り、力を生み出していく。
胸の奥が焼けるように熱くなり、脈動が全身を叩きつける。
血が逆流するかのように暴れ、骨の髄から力が滾る。
指先が震え、視界が揺れ、世界の輪郭が鋭利になっていく。
俺の意思とは無関係に、力が沸騰し、暴発寸前の獣のように吠えた。
――奪う。
――支配する。
――飲み込む。
それは、俺の傲慢と、無数のゴブリンの憎悪が混ざり合って生まれた力。
そしていま、沸き立つ魔素の奔流が、それをさらに膨れ上がらせていた。
俺は理解した。
これは、ただの魔法ではない。
ただの魔素操作でもない。
これは――
俺の本質そのものだ。
* * *
「ギ……ギギギ……!」
俺は立ち上がった。
身体が軽い。
視界が鮮明だ。
世界が小さく見える。
洞窟の奥から、数匹のゴブリンが現れた。
「ギャ……ギャア……?」
怯えている。
震えている。
俺を“上位の存在”として認識している。
俺は手を伸ばした。
「……従え」
言葉にならない声。
だが、ゴブリンたちは膝をついた。
魔素が俺の周囲で渦巻く。
――傲慢の極み。
奪い、支配し、飲み込む力。
同族の全てを自分のものにする力だ。
その瞬間、俺は“王”として誕生した。
名もなきゴブリンではない。
ただの残滓でもない。
俺は――
いや、「我が名は――エンバルム。
人間よ、ヌシらの地獄の始まりよ」
俺が、いや、俺を形作った魔素の意思がそう口にさせる。
* * *
全ての増悪が、俺の喉を通って禍々しい咆哮として迸った。
「――ッグォォォォォオオオオオッ!!」
耳を劈くような雄叫び。
ゴブリンだけに届く、魂の叫びだ。
波のように第3層全域へと広がり、すべてのゴブリンの脳を、魂を叩きつけるように揺らした。
その咆哮を聞いた瞬間、ゴブリンたちは息を止め、膝を折り、震えた。
恐怖でも服従でもない。
もっと原始的で、もっと抗えない衝動。
――行かねば。
――その咆哮の主のもとへ。
――“王”に跪かねばならない。
本能レベルで、絶対の命令として刻まれてしまったのだ。
第3層の影から、洞窟の裂け目から、草原フィールドの奥から、無数のゴブリンが、四つん這いで、走り、跳び、転げながら、エンバルムの元へと殺到していく。
やがて、集まった群れが屯し、粗雑だが迷いのない手つきで、ゲルを木材と骨を組み上げ始める。
群れが集い、主を中心に円を描き、骨と獣皮で覆われた巨大な住居群が次々に形成されていく。
まるで古代の王を迎える儀式のように、その中心に、王が立っていた。
そしてさらに。
「ギ……ギギ……ギャアァ……!」
ゴブリンマジシャンたちが杖を掲げ、魔石鉱脈の周囲で黒い魔素を渦巻かせる。
魔石が悲鳴をあげるほどに削られ、魔素の奔流が地面から噴き出した。
そこから生まれたのはウルフだ。
狂暴で鋭敏な群れの魔獣が、次々と、魔石から“産み落とされていく”。
ゴブリンたちは整列し、ウルフは咆吼する。
王の元へ集えと。
そしてゴブリン王は、膨大な戦力を整え始める。
憎悪が形を持ち、傲慢が軍を従え、災厄が胎動する。




