第246話 真価
是非、ブックマークか評価を。
私にガソリンをください!!
ドゴオオオオオオオオオンッ!!!
爆発の余波が、瓦礫を巻き上げながら四方へ広がっていく。
「くっ……!」
直哉は咄嗟に踏ん張る。
爆心地から離れているはずなのに、爆風に押されて体が浮きかける。
「みんなこっちだ! 水操:弐式 跋難陀」
陽平が跋難陀を発動し、水の蛇が盾で衝撃から守る。
ポルタも階層防壁を使い、防御結界を展開する。
白い光が薄れていき、土煙が立ち込める。
瓦礫の破片が、ぱらぱらと地面に降り注ぐ音だけが響いていた。
土煙の向こうに広がっていたのは、まるで、神話に語られる神の拳が、そのまま大地に振り下ろされたような跡だった。
街の一角がすり鉢状に沈み込み、縁に並んでいたはずの建物は土台ごと消え失せている。
抉れた地面の底には、何も残っていなかった。
「……五十嵐さん!」
最上が真っ先に駆け寄った。
大穴の手前で、五十嵐が空気を切るように、拳を横に振るう。
指先に纏わりついていた五行の残光が、ぱちぱちと爆ぜながら消えていった。
「はっ……とんでもねえ威力しやがる。ただの魔素弾一発で、これかよ」
苦笑いを浮かべながらも、視線だけは真っ直ぐ、穴の向こうに立つエンバルムを捉えたままだった。
土煙の向こうで、雷光が唸りを上げる。
エンバルムが雷光槌を横薙ぎに振るい、立ち込めていた土煙を一息に切り裂きながら姿を現した。
その体には、傷一つついていない。
「これが……我が力か。くくっ……くはは……これほどとは思わなんだ!」
「この恨み、ようやく晴らせるぞ……! ヌシを、この手で引き裂いてくれるわァァァッ!!」
咆哮とともに、エンバルムが地を蹴った。
巨体が大穴を飛び越え、雷光槌を振りかぶりながら一直線に迫ってくる。
「上等だ……ッ!」
五十嵐が地を蹴り、迎え撃つように飛び出す。
* * *
上空から、真弓が口火を開く。
「3回目のご登場かよ。しつこいかみなりオヤジは嫌わるぜっ!」
ドンドンッ!!
4発の魔弾が、上下左右からエンバルムを取り囲むように迫る。
それに合わせて、シャナが弓を引き絞った。
「我が敵を穿て! 白狼穿牙!!」
放たれた矢が真白な狼へと姿を変え、地面を凍らせながら疾走する。
エンバルムは唸りながら、迫る弾を紙一重で躱した。
だが弾は勢いを失うどころか、軌道を翻して再び牙を剥く。
「小癪な真似を……」
弾が触れる寸前、体が雷光へと変わる。
迸る雷が、魔弾を一瞬にして焼き尽くした。
――だが、そこへ白狼が飛び込む。
拡散していた雷光が、氷の牙に食い込まれるようにして凝り固まった。
ピキピキと音を立て、右半身が瞬く間に凍りついていく。
「ぐ、あ……!?」
雷化すれば、ダメージなど届かぬはずだった。
それなのに、指一本動かせない。
奥歯を噛み、自らの雷を右半身へ集中させる。
氷が溶け、白い蒸気が立ち上った。
「……小娘どもがぁ!」
怒りのままに雷光へと変わり、真弓とシャナへ迫ったその刹那。
「おいおい、気もそぞろかぁ!?」
五十嵐と柳太郎が、左右から同時に割り込んだ。
五十嵐の拳を、エンバルムがわずかに身をかわして空振らせる。
その隙を、柳太郎が逃さない。
ドン!!
流転嵐舞の流水で背後を取り、砕陣の連打を脇腹へ叩き込む。
「なっ……」
(なんだ、これは……まるで大樹ではないか)
柳太郎の拳が脇腹にめり込むが、何事もなかったようにその衝撃を打ち消した。
「その程度か」
エンバルムが多少顔を歪めながらも、反撃の拳と雷光槌を同時に振るってくる。
五十嵐が半歩引いて拳をいなし、柳太郎も流転嵐舞で受け流した。
しかし、その余波が地面を真っ二つに割き、土埃が肺まで入り込む。
「この威力……喰らったらお陀仏だな」
五十嵐が拳を握り直しながら、口の端を歪める。
「同感だ」
柳太郎が視線を据えたまま続けた。
「だが、この攻撃の粗さはなんだ……?」
――その時だった。
エンバルムの輪郭が、ふっと滲んだ。
外側に漏れ出した黒い靄が、声にならない絶叫のように大きく口を開ける。
それに引かれるように、エンバルムの体がほんのわずか、たわんだ。
一瞬だけの、違和感。
だが、誰もそれを確かめる間はなかった。
「うぉらぁぁぁ、そこだぁ!!」
上空から、ヴァルドが大剣を大上段に振りかぶり、落ちてくる。
振り下ろされた刃が、エンバルムを頭から斬り裂いた。
しかし、両断したはずの体が、バチバチと音を立てながら雷光に変わり、渦を巻いて瞬く間に繋がっていく。
「んなっ……戻りやがった!?」
「くくっ……大した一撃だ。だが――我には効かぬ」
嘲るような声とともに全身が再び雷光へと変わり、無数の雷が四方八方へ撒き散らされた。
* * *
「っ……散れ!」
3人がそれぞれの方向へ跳び、かろうじて直撃を免れる。
「なんだ、こいつは。攻撃が効きやしねえ!」
ヴァルドが吐き捨てた。
「雷鳴の衣だ」
柳太郎が油断なく目を細める。
「物理と魔素、どちらかの攻撃を無効化する力がある」
「ニコイチか。なら当て続ければいいってことだろ」
ヴァルドが不敵に笑い、大剣を構え突っ込む。
それに合わせるように、直哉と武虎が突っ込んだ。
背後からは陽平の水蛇が伸び、足元を薙ぎ払う。
大剣と雷光槌が打ち合い、拳が横から突き刺さり、水蛇がすり抜けられる――打っては躱され、躱しては打ち返される応酬の中で、直哉はただ一瞬を待っていた。
エンバルムの体が雷光へと変わった、まさにその刹那。
「時穿つ瞳・ゼロ!」
拡散した雷光が、凍りついたように動きを止める。
「――もらった!」
武虎の右腕に黒い光が閃き、硬直した胴へ食い込んだ。
巨体が吹き飛び、地面を抉りながら土煙の中へ消える。
土煙が、ゆっくりと収まっていく。
その中心で、エンバルムが体を起こした。
「主らのことも覚えている。グハハハハ……これぞ天の采配か」
武虎が拳を鳴らしながら、挑発するように口の端を上げる。
「余裕ぶっこいてていいのか。てめえの動き、大したことないぜ」
「かもしれぬ」
エンバルムは、静かにそう返した。
先ほどまでの激情が、嘘のように消えていた。
「余計な雑音が、多かった」
体の輪郭に纏わりつき、絶叫を上げ続けていたあの黒い靄が――音もなく、体の内側へ吸い込まれていく。
誰も、動けなかった。
「……ようやく、すっきりしてきた」
その言葉とともに、全身の皮膚を這うように黒い文様が浮かび上がる。
入墨にも似た、無数の線。
今まで垂れ流しになっていた膨大な魔素が、その線に沿って一点へ、一点へと絞り込まれていく。
「身体強化――剛ッ!!」
咆哮とともに、圧縮された魔素が全身を纏った。
大穴の縁で、武虎が思わず半歩、後ずさる。
「……なんだよ、これ」
肌が粟立つほどの圧が、大穴の周囲一帯を押し潰していた。
――格が、違う。
誰もが、言葉にする前にそれを悟っていた。




