第245話 押し寄せる影
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私にガソリンをください!!
見下ろす先に広がっていたのは、もはや軍隊と呼んでも差し支えない数のモンスターだった。
ゴブリンの群れが地を埋め尽くし、その合間を縫うようにゾンビが這いずり、青白いスペクターの光が点々と浮かんでいる。
唸り声と腐臭が、風に乗ってここまで漂ってきた。
「多いな……」
武虎が唸る。
「まるでゴミのようだ」
真弓が、唇の端を吊り上げながら呟いた。
「姉ちゃん、今はそんな冗談言っている場合じゃ……」
陽平が、頬を引きつらせながら窘める。
「篠崎さん、指川さん、水沢さん、村松さん」
柳太郎が声をかける。
「君たちの能力は、範囲の敵に向いている。
2人ずつに分かれて、やつらをアレに近付けさせないでくれ」
「見た所、敵の流れが止まっている箇所が数か所ある」
柳太郎が、瓦礫の先を見据えながら続けた。
「おそらく、組織の人間が対応しているのだろう。あれらを利用すれば、時間稼ぎは十分可能なはずだ」
「街の人たちは……」
最上が、堪えきれずに口を挟んだ。
「わかりません。助けられるものなら助けたいですが、そちらに割ける余裕はないでしょう」
群れの中央にいる何かから、これまでにないほど膨大な魔素が立ち上るのを横目に、柳太郎が、硬い表情のまま答えた。
「残りは、私たちでエンバルムへ向かう」
柳太郎の一言に、誰も異論を挟まなかった。
全員の視線が、群れの中心に立つ影へと向けられる。
* * *
「……あの姿、まじでエンバルムかよ」
武虎が、拳を握りながら呟く。
虚勢すら張れないほどの圧が、遠目にも伝わってきていた。
額に浮いた汗が、こめかみを伝って落ちる。
「以前仕留めた時も、6人がかりでようやくだったんだぞ」
最上が、腕を組みながら目を細めた。
「あれだけの相手が、今度は単独で向かってくる。しかも、あの時より明らかに魔素の量が違う」
「さすがに、今回はやばいかもな」
武虎が、額の汗を拭いながら呟いた。
「確かにな、やばい気配がビンビンだぜ。
お前ら本当に奴を倒したのか?」
ヴァルドが、鼻を鳴らす。
「はい、でも前はあんなじゃなかった。
ネオセリッドよりちょっと強いぐらいだったんです」
「なのに、あんなか。
ありゃ、10倍は強えぞ」
「ええ、正直あれはやばいわね」
シャナも、珍しく素直に認めた。
弓を握る手に、いつもより力が入っている。
「まあ、けどよ」
ヴァルドが大剣を担ぎ直す。
「放っときゃもっとやべえことになる。ここの戦力を全部つぎ込めば、勝ち目はあるはずだ」
「そうだね」
ポルタが、盾を構え直しながら短く同意する。
「――だな」
気合いを入れ直すように、武虎が頬を叩いた。
弱気は、もうその顔から消えていた。
『直哉』
イチカの声が、頭の中に響く。
『私は封印核の起動を試みます。上手く起動できれば、龍脈との同調を切れるはずです』
「切れそうなのか?」
『成功率は算出できません。……ですが、試みない場合との比較では、有効な選択です』
「わかった、頼む!」
直哉が、迷いなく即答した。
「奴が本当にエンバルムなら――俺に向かってくるはずだ。
まずは、俺が囮になる」
「五十嵐さん……」
柳太郎が、静かに頷いた。
「なら、私たちがサポートしよう」
「そうね」
最上が、短く応じる。
椎名も、無言のままその横に並んだ。
「行こう」
直哉が短く声をかける。
2キロの距離を飛びながら交わしていた言葉を打ち切り、武虎・真弓・陽平が無言のまま表情を引き締めた。
4人は速度を上げ、エンバルムの動きが見渡せる位置まで一気に距離を詰める。
ヴァルドたち3人も、それぞれの得物を確かめながら地上を駆け、同じように距離を詰めていった。
誰の号令を待つでもなく、自然とエンバルムを囲むように散っていく。
やがて、飛び続けていた五十嵐たち4人が高度を落とし、エンバルムの眼前へと降り立った。
崩れた瓦礫を踏みしめる音に、エンバルムがゆっくりと顔を向ける。
その双眸が、五十嵐を捉えた。
時が止まったかのような、長い静寂。
周囲を埋め尽くすゴブリンとゾンビの唸り声さえ、その瞬間だけは遠く感じられた。
誰もが息を潜め、次に何が起こるかを見守っている。
緑がかった肌、剥き出しの牙、鋭く吊り上がった目。
かつての鉄棍を握っていた巨躯とは似ても似つかない、ゴブリンの姿だ。
それでも、そこから放たれる圧だけは、記憶の中のエンバルムそのものだった。
そして――エンバルムの顔に浮かんだのは、隠しようのない憎悪の色だった。
牙の間から、低い唸りが漏れる。
その視線は、五十嵐だけを射抜いていた。
見つめ合ったまま、静寂だけが続く。
エンバルムの周囲に、魔素が渦を巻き始めた。
瓦礫が震えながら浮き上がり、地面が軋み、空気が焼けるように歪んでいく。
「――五十嵐拳吾ォォォォォッ!!」
咆哮とともに、渦巻く魔素が一点へと圧縮されていく。
雷とも紫電ともつかない禍々しい光が絡み合い、見たこともない密度の塊となって膨れ上がった。
「まずいっ!!」
五十嵐が叫んだ。
「万象を穿て――撃鉄」
空気が震え、金属光沢の弾倉が腕に沿って浮かび上がる。
そして、ガシュンと5つの弾室が、一斉に光を灯す。
「言ったはずだァァァ!! ヌシだけは、赦さぬとッ!!」
エンバルムが咆哮し、圧縮しきった塊を撃ち放った。
禍々しい閃光が尾を引き、瓦礫を薙ぎ倒しながら一直線に迫ってくる。
五十嵐が、頬を引きつらせながら笑う。
「ちっ、手前えを呼んだ覚えはないけどなっ!」
大地を蹴る踏み込みとともに、五十嵐の拳に5つの力が同時に流れ込んだ。
「五行崩ッ!!」
拳が、迫る奔流を正面から迎え撃つ。
ドゴオオオオオオオオオンッ!!!
雷が奔り、炎が渦巻き、水が唸り、超振動が空を裂き、重力が全てを押し潰す。
5つの力は連鎖し、圧縮と爆発を幾重にも繰り返しながら、極限まで凝縮された魔素を解き放った。
その衝突に、視界のすべてが白く染まった。




