第247話 無尽の力
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私にガソリンをください!!
全身を駆け巡る力の奔流に、エンバルムの喉から抑えきれない哄笑が迸った。
「グハハハハ! 我が身でありながら、これほどとはなッ!」
――まずい。
柳太郎の背筋を、冷や汗が伝った。
エンバルムの全身に、眩いほどの光が走る。
バリバリと音を立て、膨大な電力が体表を這っていた。
「うぉっ……!」
ヴァルドが大剣を構え直しながら、半歩後ずさった。
肌を刺すような魔素の圧が、離れた位置にいる直哉たちにまで届いていた。
「死ね」
エンバルムが低く呟き、雷を纏ったまま地を蹴った。
視界を灼くような速さに、五十嵐の思考が追いつかない。
それでも、修羅場を潜り抜けてきた勘が体を先に動かしていた。
「ぉぉおっ!」
五十嵐はすんでのところで体を捻ってかわし、返す拳を突き出す。
だがその拳へ向かって雷光槌が振るわれ、あっさりと弾かれた。
「五十嵐さん!」
柳太郎が叫び、流転嵐舞の暴風を纏って割り込む。
雷を纏ったエンバルムの姿が、瞬きの間に掻き消える。
バチッ、バチバチッ——!
気づいた時には、背後から雷光槌が唸っていた。
「くっ——!」
五十嵐が辛うじて腕で受ける。骨まで痺れが突き抜けた。
「流水——ッ!」
横合いから滑り込んだ柳太郎が、その柄を摺り上げて軌道を逸らす。
空いた懐へ、間髪入れず拳を叩き込んだ。
ゴッ——!
確かな手応え。だが、エンバルムの体はわずかに揺れただけで、傷一つついていない。
「ちっ、硬いな……」
柳太郎が息を切らしながら言う。
「なかなかやる。だが我には通じんぞ!」
エンバルムが牙を剥き、雷光槌を大きく振り上げる。
「流転嵐舞——ッ!」
柳太郎が全身の暴風を一点へ絞り込み、風の壁を張った。
振り下ろされた雷光槌が、圧縮された風の壁を打ち据える。
ギィィンッ——!!
雷と風とがせめぎ合い、青白い閃光が弾けた。
大穴の縁の岩盤が抉れ、砕けた破片が四方へ撒き散らされる。
風の壁を保ち続ける柳太郎の腕が、痺れを訴えて震えた。
技では、間違いなくこちらが上回っている。
それでも、出力の差がその優位を丸ごと押し潰していく。
「瞬神!!」
最上が地を蹴り、瞬く間に間合いを詰めて加勢に入った。
ヒィィンッ——!
空気を裂く音とともに、最上の姿が死角から現れ、斬りつける。
エンバルムはとっさに身を捻り、直撃を紙一重でかわす。
ズッ——
浅く裂けた二の腕から、血が滲んだ。
エンバルムが最上を見て、金色の目を細める。
「ヌシの技、覚えているぞ。
あの時は見えなんだが……グハハハハ、そうかそうか、遅いなっ!」
* * *
バチッ、ドンッ、ガンッ——!!
拳と剣と雷が幾重にも重なり合う。
直哉の位置からは、もはや誰が誰に何をしているのか、輪郭でしか追えなかった。
エンバルムの姿が瞬く間に消えては現れ、そのたびに大穴の縁が抉れる。
五十嵐の拳が届いたと見えた瞬間には雷を纏った腕に弾かれ、柳太郎の暴風が防いだと思えば、次の一撃はもう間合いの内側に踏み込んでいる。
(当たってる……のに)
最上の斬撃が確かに肌を裂いたのを、直哉も目にした。
それでもエンバルムは止まらない。
止まるどころか、動きが増していく。
直哉は拳を握りしめたまま、動けずにいた。
割って入りたい。
だが、あの速度の応酬に踏み込めば、味方の足を引っ張るだけだ。
「トラ、隙は……」
「探してる……が、まるで見えねえ!」
断裂猛襲の赤いオーラを纏った武虎が吠えるように答える。
武虎も隙を探るが、攻撃の機会を見出だせずにいた。
『落ち着いてください、直哉。
隙は必ず見つかるはずです』
気休めだと、直哉にもわかった。
それでも縋るように、その言葉に頷いた。
「雷鳴の咆哮」
エンバルムは、纏った雷を右腕に凝縮する。
そして極太の光条のそれを、五十嵐・柳太郎・最上へ向けて放った。
バリバリバリバリッ——!!
3人はすんでのところで左右に散り、直撃を逃れる。
だが雷はそのまま失速せず、直線の先――離れた位置にいた直哉たちのほうへ伸びていた。
油断していたわけではない。
それでも、直哉も武虎も反応が一瞬遅れた。
(しまった――!)
そこへ、目の前に大きな影が割り込んだ。
「――ッ!」
ポルタが壁となるように立ち塞がり、階層防壁を展開する。
幾重にも重なる光の層が、雷の直撃を受け止めた。
ズガガガガガッ——!!
1層、2層と、防壁が音を立てて砕けていく。
「まだだ! 水操:弐式 跋難陀!」
陽平が木刀を突き立て、水の蛇を壁へ絡めて防御を厚くする。
「やらせんよ!」
椎名も滑り込み、力は水の如しを発動し、光条の軌道を上へと逸らせていく。
「ポルタ、陽平、そのまま抑えとけ!! いくぞ、シャナっ!」
ヴァルドが叫ぶ。
「あいよ」
シャナが弦を引き絞り、矢に膨大な魔素を込めていく。
空気が震え、周囲の砂利が浮き上がる。
「泣き喚け、白冥狼哭!」
放たれた矢が、氷の狼に姿を変える。
1頭、2頭、4頭と倍々に増え、64頭の群れとなってエンバルムへ殺到した。
「おぉぉぉおおおおっ!」
ヴァルドの大剣に魔素が集まり、唸りを上げる。
「崩天連斬・リミットブレイク!!」
大量の魔素が刃を伝う音とともに、100の斬撃が一瞬で放たれた。
64の氷狼と、100の斬撃。
合わせて164の攻撃が、エンバルムただ1人へ殺到した。
土煙と閃光があたり一帯を包み込む。
ドドドドドドッ——!!
着弾音が幾重にも重なり、一つの爆音になっていく。
——静寂。
土煙の向こうで、何かが動いた。
「……いい一撃だ」
エンバルムだった。
纏っていた雷が所々乱れ、露わになった肌には裂傷が幾筋も走っていた。
(これなら――!)
直哉が息を呑んだ、その時だった。
ズズズズズ——
大穴の底、亀裂の奥から唸るような音が響き、青白い光が魔素の奔流となって噴き出した。
(あれは……龍脈の魔素……?)
噴き出した魔素は、エンバルムに吸い寄せられるようにその体へ流れ込んでいった。
裂けていた皮膚が、みるみるうちに塞がっていく。
全身に刻まれた黒い文様が、再び濃く浮かび上がった。
「……だが無駄よ、その程度では足りぬ!」
殆ど癒えた体で、エンバルムが嗤った。
* * *
「くそっ、あれでも駄目なのかよ!
イチカ、何かいい手はないか……?」
『これは賭けですが……。
眷属を遠ざけるのではなく――あえて、エンバルムに吸収させます』
「そんなことしたら、もっと手に負えなくなるんじゃ……?」
『はい、その可能性は大いにあります。
しかし、エンバルムの吸収能力に上限があるのなら。
上限を超える魔素を一気に流し込み、制御不能な過剰吸収状態を意図的に引き起こせば、その混乱に乗じて、倒すことができるかもしれません』
一瞬、直哉は言葉に詰まった。
劣勢の戦場を意図的に、もっと悪化させろと言っているに等しい。
「制御不能になったら、周りにいる皆にも被害が出るんじゃ……」
『可能性はあります。吸収の反動がどこへ向かうか、正確には予測できません』
いつもと変わらない淡々とした答え。
それでも、返答までにわずかな間が空いたことに、直哉は気づいた。
『それでも、今のまま膠着が続けば――エンバルムの力が完全に馴染みきった後、待っているのは全滅です。
危険度で比較すれば、賭けるべき局面だと判断します』
エンバルムとの戦闘には、すでに五十嵐、柳太郎、ヴァルド、シャナ、そして真弓が加わっているが、劣勢だ。
武虎も陽平も、そして直哉も、フォローしたくてもできない領域に入ってきている。
ガキィィンッ——!!
雷光槌と、柳太郎の流転嵐舞とがぶつかり合う音が轟いた。
ゴギンッ、ガギンッ、ギィンッ——!!
1合、2合、3合。
打ち合うごとに、重い衝突音へと変わっていく。
バギィンッ——!!
ついに、風の防壁が内側から砕け散った。
勢いの止まらない雷光槌が、そのまま柳太郎へ叩きつけられる。
「――ッ!」
流水で辛うじて軌道を外す。
だが、次の一撃はもう眼前に迫っていた。
避けて、避けて、また避ける。
一撃ごとに間合いが削られ、後退する足の運びが目に見えて乱れていく。
直哉は拳を握り直し、短く息を吐いた。
「……やろう。イチカ、詳細を聞かせてくれ」
『了解しました』
その短い返事に、わずかな安堵が滲んだ気がした。




