第243話 孵化
是非、ブックマークか評価を。
私にガソリンをください!!
翌朝、直哉は騒がしい声で目を覚ました。
頭の芯が、まだ少しだけ重い。
それでも体はしっかりと軽く、内在魔素も満ちているのが分かる。
「……もう、大丈夫か」
布団を撥ね除け、階下へ向かう。
階段の途中で、聞き覚えのある声が耳に入った。
「おいおい、ここの飯はうめーな!!」
食堂を覗くと、ヴァルド、ポルタ、シャナが揃って朝食をかき込んでいた。
「ヴァルドさん!」
「おう、カミヤか。久しぶりだな」
ヴァルドが、口いっぱいの飯を頬張ったまま片手を上げる。
「なんでここに?」
「あー、タドコロに呼ばれてな。なんか面白いことしてるらしいじゃねえか」
「面白いことなんて、そんな……」
直哉は苦笑いを浮かべながら、続けて訊ねる。
「あの、他のみんなは?」
「あー、タドコロと話してるみたいだぜ」
シャナが茶碗を置きながら答えた。
「ヨーヘイだけは、青い顔しながら風呂入ってたっけな」
ヴァルドが、ガハハハと笑いながら付け足した。
* * *
直哉は、会議室へ向かった。
扉を開けると、直哉と陽平以外の全員が揃っている。
誰の顔にも、深刻な不調は見えない。
正面には大きなモニターが設置され、水沢が送っているらしい観測映像が映し出されていた。
「神谷さん、おはようございます。体調はどうですか?」
田所が、声をかけてくる。
「もう大丈夫です。ありがとうございました」
「良く寝てたな、16時間ぐらい寝てたぜ、お前」
武虎がにやつきながら言う。
「筋肉、あなたも15時間寝てた」
真弓が、すかさず突っ込む。
「おい、言うなって!」
小さな笑いが、会議室に広がった。
「それで、向こうの様子は?」
直哉が本題を切り出すと、田所がモニターを指した。
「こちらの映像を見てください」
映し出された黒い球体には、赤く筋張った線が幾つも走っていた。
まるで血管のように、それが蠢いている。
「こ、これは……」
「あと、こちらの写真もご覧ください」
差し出された写真には、朝日を透かした球体が写っていた。
薄く透けたその中に、影がある。
膝を抱えて丸まった、人の形をした影だ。
「卵ってことですか……?」
「はい、おそらくは」
「なら、今のうちに攻撃とか……」
「それは危険です」
「なんで!?」
田所が、一度言葉を切ってから続けた。
「実は、昨日の深夜にアンバー・カンパニーの一人があれに近づいたのですが……球体から発生した稲光のような光に撃たれ、そのまま消えてしまいました。
おそらく、吸収されたのでしょう。
弓矢などの遠距離攻撃も、全て同じでした。
もしかしたら、強力な攻撃――それこそ皆さんの攻撃ならどうなるかは分かりません。
……ですが、それでも危険は冒せません」
* * *
「おうおう、どうしたどうした、辛気臭え顔してよ」
ガラッと扉が開き、ヴァルドたちが入ってくる。
「タドコロさん、飯ありがとうな、うまかったぜ」
「どういたしまして」
「んで、そいつが目標か?」
「はい。まだどうなるのか分かりませんが、何かあった時に協力いただければと」
「エーテル・ネクサスのやつらの置き土産だったか」
ヴァルドがモニターを一瞥し、鼻を鳴らす。
「相変わらず、余計なことをするやつらだぜ」
そのときだった。
モニターの映像が、急にノイズ混じりに乱れ始めた。
「田所さん、目標に変化が!!」
椎名の声が、スピーカーからザザッというノイズ混じりに響く。
「いったい何が!?」
「わかりませ――ガガッ――鼓動のような音のリズムが上がっ――ザザザッ――大きさが、少しずつ――」
映像がさらに激しく乱れ、声も途切れ途切れになっていく。
「椎名さん、ちょっと――ザザッ――聞き取り――」
「田所さん、聞こえ――ガガガッ――ますか!?」
「田所さ――ブツッ――ん!」
「聞こ――ザザ――えて――」
やり取りが、聞こえる・聞こえないの間を行き来する。
キィィィィン。
甲高い音が聞えた直後、映像と音声がブツリと途切れた。
「なっ!?」
「いったい何が!?」
「わかりません」
田所が受信機の電源を落とし、すぐに入れ直す。
砂嵐のような映像が一瞬走るが、すぐにまた真っ暗になった。
「くそ……」
モニターの側面を、軽く叩いてみる。
反応はない。
「田所さん、転移門の準備は!?」
五十嵐が問いかける。
「すでに、椎名さんたちのところへ座標をセットしてあります」
「よし、行くぞ!」
* * *
全員が転移門へ走り、田所を残して現地へ飛んだ。
出迎えた椎名たちの周囲に、目立った破壊の跡はない。
だが全員が、耳の奥にこびりついたような耳鳴りに顔をしかめていた。
「なんだ、この耳鳴り……!」
武虎が、耳を押さえながら顔をしかめる。
「わかりません、ですが深夜からずっとこの調子です」
椎名の表情が、硬くこわばる。
「状況は?」
柳太郎が訊ねると、椎名が黒い球体を見上げた。
「今から8時間ほど前、表面に赤い筋が浮き出てから、ずっと震えが強くなっています。
さっきの通信が切れる直前、鼓動音が一気に速くなりました」
見上げた黒い球体は、ドクン、ドクンと、目に見えるほど大きく脈打っている。
鼓動が響くたび、黒い魔素の波紋が、衝撃波のように球体の表面から周囲へ広がっていった。
「うっ……!?」
波紋が通り過ぎた路地で、住民の1人がふらつき、その場に膝をついた。
「おい、しっかりしろ!」
駆け寄ろうとした別の住民も、途中で足をもつれさせて崩れ落ちる。
波紋に触れるたび、遠く離れた場所の者までもが、次々と体調を崩していく。
やがて、耳鳴りがザザザッと急激に膨れ上がった。
全員が顔をしかめたその瞬間――耳鳴りが、ぴたりと止んだ。
パリン。
黒い球体に、亀裂が走る。
その中から、人型の何かが落ちてきた。
「な……何だ、あれは」
直哉が、目を凝らしながら呟く。
2キロ離れたこの場所からでは、肉眼で細部までは追えない。
それでも――人間とさほど変わらない大きさの何かが、街の只中に降り立ったことだけは分かった。
直後、そいつから膨大な魔素が噴き上がる。
肌が粟立つほどの圧に、武虎が思わず後ずさった。
「おいおい、マジかよ」
いつも強気な篠崎の背にも、冷や汗が伝っていた。
「なんだ、この魔素量は……」
椎名も、声を震わせながら、街に降り立った何かを見つめている。
遠く離れた街から、悲鳴にも似たざわめきが、幾重にも重なりながら届き始めた。




