第242話 見えない猶予
是非、ブックマークか評価を。
私にガソリンをください!!
黒い塊は、脈打つたびにわずかに大きさを変えているように見えた。
「……卵、か」
直哉が呟くと、周囲の誰も否定しなかった。
椎名が空を見上げたまま、声を絞り出す。
「どちらにせよ、このおぞましい魔素、良い物ではないですね……」
「なあ、今のうちに攻撃して、壊しちゃうってのは……?」
直哉がいたずらを思い付いたかのように笑う。
「確かに、卵ならそれも有効かもしれません」
椎名が眉をひそめながら続ける。
「ですが、もし爆弾の類いだったら」
「あー……逆に、爆発しちゃうのか」
「それに、もう魔素が残ってないよ」
陽平が瓦礫に座り込んだまま、力なく笑った。
椎名、水沢、村松が、意を決したように顔を見合わせる。
「皆さんは、一度ラグナに戻ってください」
「椎名さん、何を言って……」
直哉が戸惑い、腰を浮かせる。
「あれが卵なのか爆弾なのか、もしくは違うものなのかわかりません。
ですが、少なくとも今の我々の体調では、対応できるものも対応できません」
「それはそうですが」
直哉が言葉に詰まる。
「それに、もし爆発の類であれば、できるだけ離れたほうが得策です」
椎名の視線が、ちらりと黒い塊へ向いた。
「もし爆弾だったら、爆発する前に止めれば……!」
「できるならそうしたいですが、その方法がわかりません」
椎名が、静かに首を横に振る。
直哉は、それ以上言葉を継げなかった。
「私たちが少し離れた所で監視します。
何かあれば、スマホで伝えますので」
水沢が頷き、スマホを軽く掲げてみせる。
「でも!」
「大丈夫です」
椎名が、努めて明るい声で遮った。
「どうせなら、3勢力にお金を払って彼らに調査してもらいましょう。
あれを調査できる能力者に、心当たりがあるかもしれません」
椎名がさり気なく柳太郎に視線をやる。
「神谷くん、君の転移門だが、何人運べる?」
柳太郎が声をかける。
「今の魔素量だと……2人、いや3人です」
直哉が、指を折りながら答えた。
「そうか。君と五十嵐さん、陽平君で一旦戻りなさい」
「そんな……」
直哉が声を上げかけると、柳太郎が片手でそれを制した。
「まあ聞きなさい。
ラグナに戻れば、あっちの転移門が使える。
座標を調整し、向こうから開けば、全員戻れる」
直哉は、言葉を呑み込んだ。
「ここの座標は、イチカ君ならば細かくわかるのだろう?」
『はい、その通りです』
イチカが、即座に答える。
「椎名さんの言うことも一理ある。我々がすべきことは、何があっても対応できるよう、体力を戻すことだ」
柳太郎の言葉に、椎名がほっとしたように頷いた。
「だな! 神谷、さっさと戻って神殿でポーション分捕って、んで、できるだけ早くもどってこようぜ」
武虎がわざと茶化すように明るく言う。
「わかりました……」
直哉が、渋々と頷いた。
「椎名さん、異変があったらすぐに連絡してくださいよ!」
「ええ、約束します」
椎名が、小さく笑って請け合う。
直哉が転移門を開く。
淡い光の輪の中へ、五十嵐と陽平を連れて、直哉の姿が消えていった。
* * *
しばらくすると、瓦礫の一角に、淡い光の輪が浮かび上がった。
向こう側から開かれた、ラグナと繋がっている転移門だ。
「よし、では帰ろう」
柳太郎が、頷きながら皆を見渡す。
「椎名さん、村松さん、水沢さんは、こちらをお願いします」
「ええ、まかせてください」
椎名が、力強く頷いた。
「これから3勢力に話をつけにいきます。何かあれば、お知らせしますので」
「わかりました。気を付けて」
柳太郎が、静かに応じる。
柳太郎たちが転移門をくぐると、光の輪は音もなく閉じた。
静けさだけが、瓦礫の広がる跡地に残される。
村松が、人気の絶えた周囲と、上空に浮かぶ黒い塊を見比べながら、心配そうに椎名を見た。
「椎名さん、大丈夫なんでしょうか」
「わからん。だが、何が起こるかも分からない以上――話をつけに行った後は、ここから離れた場所で監視しよう」
「幸いなことに、食料と寝袋は一杯あるぞ」
水沢が、担いだ荷袋を軽く叩いてみせる。
「はぁぁぁ、完全に貧乏くじじゃないですか」
村松が、大きくため息をついた。
「ボーナスは上に掛け合っておくよ」
椎名が、軽く笑ってみせた。
* * *
ラグナに戻ると、拠点は慌ただしさに包まれた。
田所が準備したキュアポーションが手際よく配られ、傷が次々と癒えていく。
特に消耗の激しかった五十嵐・直哉・武虎・真弓・陽平の5人は、ポーションの効果も追いつかぬまま担架で別室へ運ばれ、泥のように眠りに落ちていった。
ただ一人、柳太郎だけがまだいくらか余裕を残していた。
「無事で……いえ、無事ではなさそうですね。作戦はどうだったんですか?」
田所が声をかける。
「無事は無事です。正直、ボロボロですがね」
柳太郎が、苦笑混じりに答えた。
「椎名さんたちには、現地に残ってもらいました」
柳太郎が付け加えると、田所の顔が一段と険しくなった。
「椎名さんたちだけで、ですか?」
柳太郎が、祭壇の男の自爆、龍脈の暴走、そして上空に浮かぶ黒い卵について、簡潔に説明する。
田所の表情が、みるみる険しくなった。
「街の上空に、正体不明の……。念のため各街に報告と、周辺への警戒要請を急ぎます」
お互いしばらく黙り込み、柳太郎が口を開く。
「これから何が起こるのか、皆目見当が尽きません。
正直、ここを放棄し日本に戻ったほうがいいとも思っています」
「まあ、それは神谷さんが嫌がるでしょうね」
田所が、苦笑まじりに応じる。
「ええ、目に浮かびます」
柳太郎も、つられたように小さく笑った。
気を取り直したように、柳太郎が口調を改める。
「しかし、何が起こるかわからない以上、楽観視は危険です。
田所さん、もっと戦力を追加することはできませんか?
例えば、鉄心先生など」
「鉄心さんですか……わかりました、ダンジョン課に要請しておきます。
あと他にも心当たりがあるので、声をかけてみます」
* * *
その頃、オールドマーケットの地上では、瓦礫の上に立った椎名が、村松と水沢を振り返っていた。
「よし、それじゃ村松、お前は3勢力とコンタクトを取ってくれ。
依頼内容は、あの黒い玉についての情報収集と観察だ」
「はっ……」
村松が頷く。
「で、水沢は観測ポイントの確保だ。
2キロほど離れたところで、視線が通る高所を選んでくれ」
「わかりました。それで、班長は?」
水沢が問う。
「俺は、探し物だな」
椎名の視線が、崩れた穴の底へと向いた。
「探し物……?」
村松が、怪訝そうに眉を寄せる。
「ああ、例の封印核とやらだ。
オクタヴィアたちを倒した時に12個は回収したが、祭壇にあった封印核が回収できていない」
「戻るってことですか!? 危険なんじゃ……」
「かもしれんが、放っておくわけにもいかないだろう」
椎名は、あっさりと言い切った。
戸惑う2人をしり目に、椎名が踵を返す。
「では、頼んだぞ。2時間後に観測所に集合だ」
「班長!」
村松の声を背中で振り切り、椎名は穴の中へと入っていった。




