第239話 決着、そして開幕
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私にガソリンをください!!
オクタヴィアが倒れると、身に纏っていたアマルガムがドロドロと溶けだし本体が現れる。
「終わった……よな」
武虎が拳を下ろし、荒い息のまま呟く。
「ああ、もう動いてないみたいだ」
直哉がバットを担ぎ直しながら答えると、片膝をついていた椎名がようやく肩の力を抜いた。
崩れた瓦礫の隙間、どろりと溶け落ちたアマルガムの残骸に混じって、白衣とブーメランパンツだけが妙に真新しいままだった。
「それにしても、こいつ、白衣は本当に魔法道具だったんだね。
まったく傷ついていないや」
陽平が屈み込み、裾を指先でツンツンしながら呟く。
「それに、ブーメランパンツも……」
真弓が小首をかしげ、じっと目を凝らす。
「真弓、おまっ、こんな時まで」
武虎が呆れたように苦笑する。
「皆さん、これを」
椎名がバッグからポーションを取り出す。
「これ、田所さんに使った……?」
「ええ、そうです。教会に無理をいって人数分を用意いただきました」
4人は渡されたポーションを一息に飲み干す。
喉を通った瞬間、じわりとした温かさが全身へ広がり、傷という傷が見る間に塞がっていった。
「おぉ、これすごいですね」
直哉が両腕を伸ばし、感嘆の声を上げる。
「さすがに魔素は回復しないのか」
武虎が、内在魔素の残量を確かめるように拳を握り込んだ。
「んで、こいつどうする?」
直哉が、オクタヴィアへ視線を向ける。
「さすがにここに置いていくのは危険です。
拘束して進むんデスに載せましょう」
椎名が答えた。
「だね」
陽平が頷く。
『直哉、地面から漏れる魔素の光が、さらに強くなっています。
急ぎましょう』
イチカの声に、全員の顔つきが変わる。
「行こう。篠崎さんたちも、藤堂さんたちも、まだ戦ってる」
直哉の言葉に、5人が頷き、封印核を回収した後、奥に向って駆け出した。
* * *
幾度となく攻防を繰り返した末、4人の息はとうに上がっていた。
篠崎の頬には裂傷が走り、指川の腕には土埃と血がこびりついている。
最上の額から伝う汗に血が一筋混じり、水沢の肩口の衣服は大きく破れていた。
対するセイラスも、灰色のローブのあちこちが裂け、片袖は焼け落ちている。
それでも、抑揚のない声音だけは変わらなかった。
「ぜぇぜぇっ……くそっ、こいつ俺と相性が悪すぎる!!」
篠崎が吐き捨てる。
放った炎は、セイラスが纏う不協和音の空気振動に呑まれ、届く前に掻き消えていった。
「篠崎さんの、はぁはぁ……、能力を無効化するのはすごいが……でも、そろそろ膜引きと行こうか」
指川が口の端を上げ、粗い息を吐きながら、両腕を指揮者のように勢いよく振り下ろす。
(くくく、時間をかけ、通路の全ての物質に俺の魔素を溶け込ませておいたんだ)
「意思の指先!」
通路の壁が、床が、天井が、槍衾のように四方八方からセイラスへ襲いかかった。
「なっ、ここにきてこの物量だと!?」
セイラスの姿が幾重にも揺らぐ。
本来の位置とずれた輪郭を追うように、槍衾が次々と空を切っては壁や床に突き刺さっていく。
だが、すべてを見切れているわけではなかった。
かわしきれない一本が肩口へ迫った瞬間、セイラスの全身が不協和音の振動を纏う。
ズシャッ――
石の穂先が触れる寸前で、粉々に砕け散った。
「はっ、はっ……ぐぅ」
息を乱したセイラスの声に、初めて余裕のなさを見せる。
「はぁっ……指川さん、ナーイス」
最上がにんまりと笑う。
「瞬・神ッ!」
キィィン――硝子が軋むような音とともに、最上の姿がかき消える。
四方から伸びた土の槍を踏み台に、不規則な軌道でセイラスへと迫った。
「ぜぇっ……これだけ空間が限定されているなら、そこを全部斬ればいいんでしょ!」
瞬神を発動したまま、縦横無尽に空間そのものを斬り裂いていく。
ヒュンッ! ヒュンッ! ヒュンッ! ガキンッ!!
「手応えあり、うぉりゃぁぁぁ!!」
ズシャアアッ――
「ぐあぁぁぁ!!」
斬撃の1つが、何もない空間からセイラスの体を引きずり出し、弾き飛ばした。
「はぁっ、はぁっ……くそ、防御されたか……篠崎さん、今です!」
「わかってらぁ! おぉぉぉ、炎禍を刻めッ!」
ゴオオオオッ――
篠崎の手から放たれた膨大な炎が、セイラスの吹き飛ばされた先へ直撃した。
ドゴォォンッ!!
灼熱が壁を舐めあげ焼き尽くす。
悲鳴も上げず、セイラスの姿だけが、灰色の靄のように輪郭を失っていった。
「よし、決まっ――」
最上が拳を握りかけたところで、片膝から崩れ落ちる。
連続で発動させた瞬神の反動が、今になって脚へ重くのしかかっていた。
「最上さん!」
水沢が駆け寄り、肩を支える。
「はぁっ……平気平気、ちょっと踏ん張りが利かないだけ」
最上は苦笑いを浮かべながらも、セイラスがいた場所から視線を外さなかった。
「油断するな。まだ奴は死んでないぞ!
気配が消えてない」
指川が瓦礫の上に立ったまま、拳を構え直す。
篠崎も肩で荒く息をしながら、灼熱を放ち終えた掌をじっと見つめていた。
「……まさか、ここまで追いつめられるとはな。
次は、こうはいかない」
残響のような呟きだけを残し、気配が完全に消える。
残されたのは、焼け焦げたローブの切れ端だけだった。
「くそっ、逃げられたか!」
篠崎が拳を下ろし、舌打ちする。
最上を支えたまま、4人とも息が上がりきっていた。
「深追いは無理だ。それより――」
指川が、奥から響く重い震動に目をやった。
「あっちが、まだ終わってない」
4人は互いに頷き合い、震動の方角へと走り出した。
* * *
「これで終わりネ!」
ラオフェンが鉄棍に膨大な魔素を込め、地面を割るように踏み込む構えを見せる。
封鎧が吸収した魔素も鉄棍に供給され、鉄棍の紋様が紫色に光り、通路を染め上げていく。
「な、なんて魔素量……」
村松の呟きに、柳太郎がわずかに目を細めた。
「村松さん、私の攻撃の後に、間断なく攻撃をしかけなさい」
「えっ?」
「いくぞ!」
柳太郎の体が消えたように沈み、流水で懐へ滑り込む。
経絡拡張で鍛え上げた分だけ、拳に込める魔素が通常の限界を超えて膨れ上がる。
「砕陣ッ!!」
封鎧で硬化した右脇腹へ、渾身の一撃が突き刺さった。
「だから効かないヨ!!」
鉄棍が唸りを上げて振り抜かれる。
が、柳太郎の姿がぶれる。
「舞幻」
残像だけを置き去りにしたまま、本体は鉄棍の間合いの外へと滑り抜けていた。
空を切った鉄棍が、置き去られた残像を弾き飛ばす。
低い姿勢からそのまま踏み込み、拳を叩き込む。
「砕陣ッ!」
「だから効かないと何度言えば……!」
「それはどうかな、村松さん!!」
柳太郎の声に、村松が両手を広げる。
「はいっ、浮遊機雷」
ラオフェンの周囲に無数の機雷が浮かび、その1つが肩口に触れて小さな爆発を起こす。
「はっ、これがなんだというノ!」
その隙に柳太郎が構え、流転嵐舞を発動する。
「貴様の封鎧、防御力を上げるだけではないだろう。
その根幹は魔素の吸収と充填だ」
「それがわかったから、なんだと言うノ」
ボンッ、浮遊機雷が爆発し、魔素が封鎧に吸収される。
「吸収している間は放出できない、だろう?」
そう言っている間にも、柳太郎の流転嵐舞は唸りを増しながら形を変えていく。
逆巻く風が両手の拳へと圧縮され、指先が軋むほどの圧を纏い始める。
「…………くっ」
「では、吸収しきれなかった魔素は、溢れた魔素はどこにいく?」
柳太郎の握り込んだ両拳の中で、暴風そのものが唸りを上げていた。
同時に、またボンッと浮遊機雷が爆発し、さらに魔素が封鎧に吸収される。
(なんという魔素量だ……)
村松もその拳から目が離せなかった。
「だから何よ、そうさせないための不動如山ネ!」
「そうか」
両者の間に、痛いほどの沈黙が流れる。
そして、ラオフェンが気付いた時には、柳太郎が目の前にいた。
「なっ」
「嵐撃・絶」
瞬きを利用した、浮遊機雷との転身。
ラオフェンが反応するより早く、柳太郎の嵐が渦巻く双掌が胴体を穿つ。
キュゴッッッ!!
音さえ置き去りにしたその一撃は、ラオフェンを中空へ吹き飛ばす。
中空でさらに嵐に四肢を捻じ曲げられ、四方からの乱打に晒される。
「ぐぁあぁ……こんな……!!」
鎧の表面に亀裂が走り、内側から砕ける音が響く。
膨大な攻撃によって封鎧が崩壊し、溢れ出した魔素がラオフェンを焦がしながら追い打ちをかけた。
ラオフェンの巨体が、糸の切れた人形のように吹き飛び、壁に叩きつけられて動かなくなった。
砕けた鎧の欠片が、乾いた音を立てて石畳に散らばっていく。
「……勝った、のか」
村松が、へたり込みそうになる膝を叱咤して立ち上がる。
「気を抜くな。まだ終わっていない」
柳太郎が拳を下ろしながら、奥から響く震動に視線を向けた。
「この震動、尋常じゃないぞ」
* * *
最奥にあったのは、天井の高い円形の祭場だった。
中央の祭壇を囲むように、4つの封印核が紫の光を明滅させながら浮遊している。
ドゴォンッ――
踏み込んだ先で、床石が円形に陥没した。
拳と拳がぶつかり合った衝撃だけで、祭壇の縁が音を立てて崩れ落ちる。
その中心で、五十嵐がただ1人、拳を構えていた。
服はほとんど原形をとどめず、全身に無数の傷が刻まれている。
それでも、両目に宿る光だけは、いささかも衰えていなかった。
対峙する男が、腕を一振りするだけで、周囲の空気ごと押し潰すような圧が走る。
五十嵐はそれを正面から受け止める。
背後の通路から、荒い息遣いと足音が重なって響いた。
「五十嵐さん!」
先頭を駆けてきた椎名が声を上げ、武虎・陽平・真弓・直哉が続いて広間へ飛び込む。
崩れた祭壇、抉れた床石、そしてただ1人で戦う五十嵐の背中。
その光景に、5人の足が同時に止まった。
「おうおう、遅かったじゃねえか」
五十嵐が振り返らずに笑う。
視線の先、中肉中背でこれといった特徴もない男が、ゆっくりと五十嵐の奥に視線を向ける。
どこにでもいそうな顔立ちと、放たれる魔素の圧がまるで釣り合っていなかった。
「まさか、オクタヴィアが……!?」
男の声が、初めて動揺していた。
静かだった声音の奥に、抑えきれない怒気が滲んでいく。
「ヴェルクスに続いて、オクタヴィアまでもか。よくも……」
その一言と同時に、広間の空気が塗り変わった。
重く凶悪な魔素が、祭壇一帯を押し包むように満ちていく。
「あっ……」
椎名の膝が、耐えきれずに折れる。
「くっ、この重さ……!」
武虎が奥歯を噛みしめ、拳を握り直す。
陽平と真弓も顔をこわばらせながら足を踏ん張るが、押し寄せる圧に意識ごと呑まれかける。
そんな中、五十嵐だけが平然とした顔で立っていた。
拳を打ち鳴らし、口の端を上げる。
「さて――最終ラウンド開始だな」




