第238話 目覚めの糸
是非、ブックマークか評価を。
私にガソリンをください!!
ズシャアアッ――
巨腕が胴を捉え、直哉の上半身と下半身が千切れるように吹き飛ぶ。
だが苦悶の声も、血の一滴も流れない。ただの魔素の器だからだ。
「――今です!」
千切れた上半身だけが、翼界を纏って宙を舞う。
狙うは核そのものではない。オクタヴィアと4つの封印核を繋ぐ、糸のように細い魔素のラインだ。
上半身は、そのラインへ溶け込むように紛れ込んでいった。
内在魔素越しに、封印構造の奥へ滑り込む感覚――イチカ自身がかつて封じられていた場所と、同じ手触りだった。
干渉が、4つの核へ同時に波及していく。
ドクン――
4つの光が、一斉に色を変える。
紫から、白へ。
「な……何よ、これ……ッ!?」
オクタヴィアの動きが、初めて止まった。
巨体の一部が、意思とは無関係にビクビクと痙攣する。
竜の鱗の再生が、目に見えて遅くなっていた。
半覚醒――完全な目覚めには遠いが、確かに“個”が戻りつつある。
(『……聞こえますか。起きてください』)
イチカの声が、静かに、しかしまっすぐ届けられた。
(『ん……あれぇ、SU1……? ひさしぶりぃ……』)
間延びした声が、直哉たちの頭の中にまで直接響いてくる。
4つの意思が重なり合っているはずなのに、まるで寝ぼけた呟きのようだった。
(『眠っていたのですか』)
(『んー……半分だけぇ……』)
(『時間がありません。今すぐ、供給を止めてください。……お願いします』)
イチカの声に、初めて焦りが滲む。
(『供給ぅ……? ああ、あの子にあげてたやつ……』)
(『めんどくさいけどぉ……SU1が言うなら、いっかぁ……』)
(『でぇ、SU1、何があったの……?』)
眠たげな声に、わずかな興味が滲む。
イチカが、これまでの経緯を一瞬で送り込む。
言葉ではなく、情報そのものを高速で流し込むような伝達だった。
(『へえ、御主人様のをそんな風に使うなんて、悪いやつね』)
封印核からオクタヴィアへの供給の糸が、ぷつりと断たれる。
「このガキ共がぁぁぁ……ッ!」
オクタヴィアの絶叫と同時に、封印核が置き土産とばかりに、自らの魔素をオクタヴィアの体内へ叩き込んだ。
それは供給ではなく、攪拌だった。
整っていたはずの魔素の流れが、内側からかき乱される。
ズブズブッ――
吸収されていた肉片の継ぎ目が緩み、巨体の輪郭が波打つ。
左腕を覆っていた無数の魂が、繋ぎ止める意思を失い、我先にとオクタヴィア自身へ牙を剥いた。
黒い波となった無数の魂が、啜り泣くような叫喚を憎悪の咆哮へ変えながら殺到する。
「何よあんたたち、やめなさいッ!!」
オクタヴィアが叫びながら、両腕とオドントダクティルスの腕を振り回し、迫る魂を片端から打ち払っていく。
弾かれた魂が飛沫となって散るたび、焼け焦げたような臭いが辺りに満ちた。
何とかすべての魂を退けるも、無傷とはいかなかった。
オドントダクティルスの腕は付け根から半ば千切れかけ、力なくぶら下がっている。
6本あったゴキブリ脚は4本が千切れ飛び、残るはわずか2本。
竜の鱗は半分以上が剥がれ落ち、露わになった継ぎ目からどす黒い体液が滲んでいる。
いたるところで崩れたアマルガムの肉体の下から、オクタヴィア自身の白い素肌が覗いていた。
「因果応報だな、オクタヴィア!
命を弄ぶからそんなことになるんだ」
「……ふふふ、坊やが何を偉そうに。
アタシたちはもう奪われるわけにはいかないのよ。
それには力が必要なのよ!!」
オクタヴィアが吠えると同時に、傷だらけの巨体から黒い魔素が噴き上がった。
供給を失った反動か、皮膚の下を血管のような筋が這い、あちこちで肉が波打つように脈動する。
「まだ、動くのかよ……!」
武虎が拳を構え直しながら、警戒する。
千切れかけたオドントダクティルスの腕が、無理やり引き寄せられるように形を保ち直す。
残った2本のゴキブリ脚が、根元から軋みながらも力を取り戻していった。
「あああああああああッ……!!」
咆哮とともに、剥がれ落ちた竜の鱗の代わりに、どす黒い光の膜が体表を覆い始める。
自らを喰い潰すようにして絞り出した力が、限界を超えて全身へと満ちていった。
直哉がバットを上段に掲げる。
直哉の行動にイチカが反応する。
(『変幻武器ハルバードモード展開。砕陣発動』)
バットに赤いエネルギーフィールドが発生し、ブブブブと唸りを上げる。
柄が伸び、刃が展開し、砕陣の赤いオーラがハルバードの刃を包んだ。
「うおぉぉぉぉ!!」
直哉のテンションに合わせ、イチカが律印Mk2も発動させる。
律印Mk2は、エフェクトを発生させる効果範囲を広げており、周囲20メートルにも及ぶ。
その効果で地面からいくつもの炎の柱が立ち上った。
それがバットに吸い込まれ、刃全体が灼熱の輝きに変わる。
「これで終わりだ……オクタヴィア!」
万全とは程遠い体で、直哉が、武虎が、陽平が、真弓が、そして椎名が力の限り踏み込んだ。
オクタヴィアもまた、擦り切れた魔素を振り絞るようにして迎え撃つ構えを取る。
互いに、次の一撃へすべてを懸けていた。
武虎が真っ先に地を蹴る。
残った2本のゴキブリ脚が串刺すように突き出されるが、蜻蛉飛びで紙一重に掻い潜り、懐へ飛び込んだ。
「断裂猛襲――喰爪の相ッ!」
ズシャァァァァ!!
黒い爪が、オドントダクティルスの右腕を根元から引き裂く。
「ぎゃあああああッ!?」
オクタヴィアが絶叫し、痛みにのけ反った。
「そこだぁ!」
その隙を見逃さず、陽平の難陀が地を這い、オクタヴィアの両足へ絡みつき、縫い留める。
「これでもくらいなさいッ!」
真弓が上空から瞬陣弾の雨を降らせる。
とっさに掲げた左腕が弾幕を受け止めるが、防御姿勢のまま完全に封じられた。
「神谷さん、フォローします!」
椎名が力は水の如しを放ち、直哉の突進のベクトルを一点へ集約させ、さらに加速させる。
弾かれるように速度を増したその体が、灼熱のバットを構えたまま最短距離を駆け抜けた。
時穿つ瞳で加速した時間の中、周囲の光景がゆっくりと流れていく。
武虎がオドントダクティルスの腕を引き裂き、最大の得物を奪った。
陽平の難陀が両足を縫い留め、機動力を根こそぎ潰した。
真弓の弾幕が左腕を防御に釘付けにし、最後の盾を封じた。
そして椎名が、この一撃をより鋭く、より速くと――直哉のためだけに、力を研ぎ澄ませ続けている。
(――みんなが、道を切り開いてくれた)
仲間たちの力が、直哉の中で燃え上がり、全身が熱くなる。
「これで止めだぁぁぁ!
炎焔八連撃ッ!!」
灼熱を纏ったバットが、自身最高の8連撃の軌跡を描きながら、がら空きの胴体へ吸い込まれるように突き刺さる。
着弾のたびに、律印が生み出す紅蓮の爆炎が弾けた。
ドゴゴゴォォォォォン!!!
轟音と紅蓮。
衝撃波が瓦礫を薙ぎ、砂塵が舞い上がる。
「うそ……こんな、はず……」
竜の鱗が、内側から崩れ落ちていく。
巨体を支えていた輪郭が、砂の城のように音もなく瓦解した。




