第225話 探していた場所
是非、ブックマークか評価を。
私にガソリンをください!!
「詳しく聞かせてください」
椎名が椅子を引き寄せ、田所と向き合った。
「わかりました」
田所は、机の上に広げていたノートを引き寄せる。
表には、いくつもの街の名前と、日付、そして走り書きのメモが並んでいた。
「独りでラグナに残されてから、まずやったのは――電話網の維持と拡張です」
「拡張? 腕はまだ本調子じゃなかったはずだろう」
「はい。だから、街から街へ直接足を運ぶことはできませんでした。ですが、電話ならできます」
田所はノートの一点を指した。
「電話が届くのは、ダルヴァとカルネアまでです。
ヴェルタから先の旧帝国領には、まだ届いていません」
「旧帝国領?」
「あ、そうか」
田所が表情を緩めた。
「皆さん、こっちに来るのは今回が初めてでしたね。
実は、このグラナート連邦、もとは帝国の属国だったんです」
「属国……この国が、ですか?」
「はい。5年ほど前、帝国が魔素がらみの異変で弱ったところに、あちこちの属国が反乱を起こしまして。
うちも、その1つでした」
「反乱の末に、独立したってことか」
「そうです。詳しいところは私も伝聞なんですが、最終的に帝国は崩壊して、旧領は周辺の国々に分かれたそうです。
なので、旧帝国領は今も荒れていて、兵士くずれの野盗なんかが幅を利かせています」
「遺棄された都市も多い、と」
「ええ。ゴルタの近くだと、モルカ、ハイデン、オールドマーケット……あと、ヴォスクなんかも、人が住まなくなったと聞いています」
田所は、ノートのページをめくりながら、さらりと言葉を継いだ。
「……今、なんて言った?」
「え? ヴォスク、ですが……」
田所が戸惑ったように瞬きする。
「いやいや、その前、その前だ!」
椎名が身を乗り出す。
「その前、というと……」
田所は記憶をたどるように視線を泳がせた。
「モルカ、ハイデン、オールドマーケット、ですか?」
「「「オールドマーケット!?」」」
椎名・村松・水沢の声が重なった。
普段は無口な村松と水沢までもが、身を乗り出したまま固まっている。
田所は、その勢いに気圧されたように身を引いた。
「は、はい……オールドマーケットですが、それが何か」
「間違いない。俺たちが探してた場所だ」
「ほ、本当に、ですか」
「田所さんは、その名前をどこで?」
「今お話しした通りです。旧帝国領の話の流れで出てきただけですが……何か、まずかったですか」
田所が困惑を隠せずに問い返す。
「いや……こっちの話だ」
椎名は短く答えながら、内心の驚きを抑えられずにいた。
まさか、こんな雑談の延長でその名が出てくるとは思っていなかった。
「そのオールドマーケットについて、もう少し詳しく聞かせてくれ」
「詳しく、ですか」
田所は少し考えてから、ノートの別のページをめくった。
「そういえば、ゴルタと取引のあるダルヴァの商人から、詳しい話を聞いたことがあります。
もともとは、電話網を保つための雑談相手の1人だったんですが」
「……大したもんですね。体を張らずに、繋がりだけは広げ続けていた、と」
「繋がりというより、雑談です。最初はそれくらいのつもりでした」
「それが、情報収集に化けたわけか」
椎名が興味深そうに身を乗り出す。
「はい。その商人が、ゴルタでの商売のやりづらさをよく愚痴っていまして」
田所がノートのページをめくる。
「野盗のせいで商売がやりづらいと。
オールドマーケットのことも、その愚痴の延長で聞いたんです」
「その愚痴の中に?」
「はい。野盗を避けるための迂回路の話をしている時、詳しく教えてくれました」
「商人いわく、帝国が崩壊した際、住民は安全を求めててんでばらばらに逃げ出し、今では定住者が1人もいないとか。
廃棄される前はそれなりの都市だったようで、建物や設備もほとんど残っているそうです。
ただ、いつの間にか別の連中が住み着いて、今では闇市のような場所に変わっていると。
出入りする人間も後ろめたい者ばかりで、迷い込んだ堅気は戻ってこない、という噂もあるそうです」
「戻ってこない、か……穏やかな話じゃないですね」
「はい。ただ、正確な場所までは、その商人も詳しくは知らないようでした。
ゴルタから馬車で数日、旧街道を外れた先、としか」
「数日か……範囲は絞れるが、まだ広いな」
水沢が地図を覗き込みながら言う。
田所が地図の一点、ゴルタから北へ伸びる旧街道をなぞった。
「この旧街道が、帝国時代の主要路だったそうです。
今は野盗が出るため、商人たちは大きく迂回しています。
オールドマーケットは、その旧街道から外れた先にあるはず、というのが商人の見立てでした」
「迂回するほど、な」
椎名が地図に指を這わせる。
「つまり、正規のルートを辿れば、多少は近づけるってことか」
「理屈の上では。ただし、野盗の縄張りを突っ切ることになります」
「そこはまあ、こっちの領分ですね」
椎名は口の端を上げたが、すぐに真顔に戻った。
「――で、その商人自身は、現地を見たことは?」
「いえ、又聞きだそうです。実際に見た者は、めっきり減ったと言っていました」
「私が聞けたのは、ここまでです。
すみません、オールドマーケットのことは、特に気にして掘り下げていたわけではないので、これ以上は……」
椎名は腕を組み、しばらく考え込んだ。
「いや、充分です、ここから先は――俺たちの役目だ。
田所さんの仕事は、繋がりを広げることでしょう。荒事は畑違いだ」
田所は、少し驚いたように瞬きしてから、小さく頷いた。
「……お任せします」
* * *
夕刻、宿へ戻る道すがら、椎名たちはロベルトの店に立ち寄った。
「オールドマーケット、ですか」
ロベルトは商品棚を整理する手を止め、少し声を潜めた。
「私も名前だけは。仕入れ先の1つが、昔その近くの村の出だったもので」
「詳しいことは?」
「帝国が崩壊した頃に潰れた村です。詳しいことは、本人も語りたがりませんでしたよ。ただ――」
ロベルトは声をさらに落とした。
「『あそこに近づくくらいなら、野盗に襲われた方がまだましだ』と。
それだけは、はっきり言っていました」
椎名と田所が顔を見合わせる。
「随分な言い草だな」
「ええ。ですが、あの男が冗談でそんなことを言うとは思えません」
ロベルトは肩をすくめた。
「お力になれず、申し訳ない」
「いや、十分だ。ありがとう」
店を出た椎名は、しばらく無言で歩いた。
「戻ってこない、か。それに、野盗より恐ろしいとくる」
「ただの迷信、では済まなそうですね」
* * *
その夜、宿の一室に3人が集まっていた。
「一応、報告用にまとめておくか」
椎名が手元の端末に、聞き取った内容を打ち込んでいく。
村松が壁にもたれ、静かに口を開いた。
「オールドマーケット。旧帝国領。近づいた者は戻らない。それに、あの光」
「並べると、嫌な符合だな」
「ロベルトさんの仕入れ先の話も、気になるところだ」
「野盗より恐ろしい、か。あれが単なる誇張じゃないとしたら――厄介な相手を敵に回してることになる」
「まだ、繋がってると決まったわけじゃないがな」
椎名が端末から顔を上げずに言う。
「だが、繋がってないと決めつけるのも、危うい」
「あの光について、報告に入れますか?」
村松の問いに、椎名は手を止めた。
「入れるべきだろうな。俺たちには、正体も分からないけど」
「モルデガルドさんなら、何か分かるかもしれません」
「ああ、確かにそうかもしれないな」
椎名が端末を置いた。
「オールドマーケットのおおよその方角は摑めた。馬車よりは、走ったほうが早いか……」
「走るって、どんくらいですか……」
「わからんが、優に1,000キロは超えるだろうな」
「うへぇ……そりゃ、しんどいですね」
「あ、それならいいのがありますよ。
安田さんが開発してくれたもので、進むんデスです」
「椅子型の魔道具で、地面から浮いて進みます。
速さは馬車の倍以上、燃費も馬車の3倍近くあるとか。
単座なので3人だと3台必要になりますが、連結すれば隊列も組めるそうです」
「へー、そんな便利なものがあるんですね」
「3台じゃなく、4台にしてもらえるか?」
「4台、ですか?」
「ああ。技術班の橋本さんも連れて行く。電波の中継器を埋め込んでおこうと思ってな」
「電話がつながるようにしておいたほうが、のちのち便利だろう」
「戦闘経験がない人を連れて、野盗が跋扈する地域に行く、ですか……結構ハードになりそうですね」
「ああ、しかも野営も必要になるかもしれん」
椎名が地図を睨みながら言う。
「各々、準備を頼むぞ」
村松が装備を見やった。
「準備、しておきますね」
「頼む」
水沢が装備の点検を始めながら、ぽつりと言った。
「本隊が来る頃には、もう少し詳しい絵図を描いておきたいところですね」
「欲を言えばな。だが、深入りは厳禁だ。
奴等は我々では手出しできん」
窓の外では、今夜もまた、遠い空に淡い光が滲み始めていた。
椎名はしばらくその光を見つめてから、端末に視線を戻した。
「――明日は、進むんデスでゴルタまで足を伸ばす。そこから先は、現地で判断だ」




