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現代ダンジョン奮闘記  作者: だっち
奪われた龍脈

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第224話 先遣隊、異世界へ

是非、ブックマークか評価を。

私にガソリンをください!!

ダンジョン課の会議室に、地図とタブレットが並んでいた。


集まっているのは、岸本と椎名・村松・水沢の4人だけだった。


「皆さん、お集まりいただきありがとうございます。

今回の件、目的は大きく2つです」

岸本が資料を配りながら、椎名たちを見渡す。

「1つは、ラグナに残留している田所の安否確認。

もう1つは、オールドマーケットの座標特定に繋がる情報収集です」


椎名は資料に目を落としたまま、短く頷いた。

指先が、資料の端を心なしか強く押さえている。


村松と水沢も、いつも通りの表情を崩さない。

だが村松の視線はわずかに資料の隅で止まったまま動かず、水沢は落ち着きなく手を握りしめている。

3人とも、異世界への任務は今回が初めてだった。


「――了解した」

椎名は、努めて平静な声でそれだけ答えると、資料を閉じた。

行き先の景色を想像しかけて、すぐに頭を振って打ち消す。

今は、仕事の話だ。


村松と水沢は、黙って頷くだけだった。


「メンバーは、椎名さんを中心に村松さん・水沢さんの3名。

現地での通信・記録要員として、こちらの技術班も同行させます」

岸本が続ける。


「滞在期間は?」

「長くて3日を想定しています。

田所さんの安否確認と、周辺情報の収集を終え次第、速やかに撤収をお願いします」


「短い、ですね」

「向こうに長く留まるほど、リスクも増します。今回はあくまで下見です」

「わかりました」


「田所さんを、そのまま連れ帰ることは?」

村松が尋ねる。

「本人の希望もあり、現地での情報網の維持を優先しています。

無理に引き上げさせれば、積み上げてきた繋がりが途切れかねません」

岸本が答えた。

「安全が確認でき次第、判断は本人に委ねます」


「それと、もう1点」

岸本が資料の別のページを開いた。

「ラグナ側の転移装置は、以前の襲撃でヴェルクスに持ち去られたままです。

田所さんが座標を変更されたのも、そのためでした」


「つまり今、あちらに我々の転移装置はない、と」

椎名が確認する。

「はい。ですので今回、皆さんには新しい転移装置を1台、携行していただきます。

安田さんが改良を加えたもので、日本側からも転移先の変更が可能になっています」

「それを、向こうで設置する、と」

「はい。設置が完了すれば、田所さんも帰ってきやすくなるでしょう」


「なるほど。こっちで座標を設定できるなら、緊急時に誰かが現地に残る必要もなくなるわけですね」

椎名が言う。

「はい。田所さんのように、独りで座標を変えるために現地へ残るような状況は、2度と起こさずに済むはずです」


* * *


翌日、椎名・村松・水沢の3人は、同行する技術班2名とともに、すでに用意されていた転移門を通り、ラグナへと足を踏み入れた。


視界が白く塗り潰され、次に目を開けた時には、薄暗い倉庫の一角に立っていた。

木箱の埃っぽい匂いが鼻をつく。


椎名は反射的に得物へ手をかけた。村松と水沢も、同様に身構える。


だが、同行の技術班2名に、動じた様子はなかった。

今回、通信・記録要員として同行するこの2名は、以前からラグナで活動してきた古参だという。

「――問題なさそうですね」

その1人が、周囲を見回しながら落ち着いた声で言う。

「案内は私たちが務めます。よろしくお願いします」

「頼む」

椎名は短く応じながらも、内心では気を抜けずにいた。


「……ここが、ラグナか」

水沢が、初めて言葉を発した。


倉庫の外に一歩出た瞬間、その緊張はわずかに緩んだ。


木箱を積んだ荷馬車が行き交い、人足たちが声を掛け合いながら荷を降ろしている。

石畳を踏む足音、荷車の軋み、遠くで交わされる値切り交渉――日本の下町にも似た、ありふれた喧騒がそこにあった。


「……何もない、な」

水沢が拍子抜けしたように呟く。

「思ってたより、普通っすね」

村松も、わずかに肩の力を抜いた。


「初めてだと、そう見えるものです」

技術班の一人が苦笑した。

「ここは私たちが何度も足を運んでいる区画ですから。

ただ、この先の中心部は、少し空気が違いますよ」


椎名は倉庫街の喧騒を見渡し、小さく息を吐いた。

「――噂に聞いてた異世界にしちゃ、拍子抜けだな」

「油断は禁物ですよ、椎名さん」

「わかってる」


技術班に導かれ、一行は倉庫街を抜けていく。

だが中心部に近づくにつれ、街の様子が少しずつ変わっていった。

壁の一部が崩れたままの建物、板を打ちつけただけの割れた窓。

行き交う人の数も、以前より明らかに少ない。

それでも、瓦礫を脇に積み上げ黙々と煉瓦を積み直す職人の姿や、割れた看板を新しく塗り直す店主の姿があちこちにあった。

傷跡は生々しいが、そこかしこに立て直そうとする気配が滲んでいる。


「……まだ、事件の影響が出てるんだな」

椎名が呟いた。


「ええ、ヴェルクスに襲われてからまだ10日ぐらいしか経っていませんからね。

ほら、あそこ。まだ壊されたのが修理されてませんよ」

技術班の一人が、指差しながら言う。


「では、このまま、JPギルドへご案内します」

技術班が先導するように歩き出す。

「頼む。田所さんがいるとすれば、まずあそこだろう」

椎名が応じた。


一行は路地を抜け、JPギルドの拠点へと足を向けた。


* * *


JPギルドの入口には、以前より頑丈な門が設えられていた。

壁の一部には、まだ生々しい焦げ跡が残っている。


門番に事情を話すと、すぐに奥へ通された。

出迎えたのは、恰幅のいい商人だった。


「ロベルトさん、お久しぶりです」

技術班の1人が、慣れた様子で声をかける。

「おお、また来てくれたか!」

ロベルトの顔が、ぱっと明るくなった。


「今日は、こちらの3人をお連れしました」

技術班がそう続けると、ロベルトは椎名たちへ視線を移し、驚いたように目を見開いた。

「田所殿のお知り合いで?」

「田所の様子を、確認しに来ました」

椎名が答える。


ロベルトの表情が、わずかに緩んだ。

「無事だ。今は、奥で休んでおられる」


「私たちは、倉庫に戻って新しい転移装置の設置に取りかかります」

技術班の1人が言う。

「田所さんのことは、椎名さんたちにお任せします」

「頼む」


技術班2人が身を翻し、来た道を戻っていく。


案内された部屋の奥、田所が椅子に腰掛けていた。右腕には、まだ包帯が巻かれている。


「――田所さん」

椎名が声をかけると、田所は驚いたように顔を上げた。

「……椎名さん? まさか、来てくれるとは」


田所の顔に、安堵の色が広がっていく。だがすぐに、表情を引き締めた。


「体の具合は」

椎名が問う。

「腕は、もうほとんど動きます。ご心配をおかけしました」

田所は包帯の上から、右腕を軽く叩いてみせた。


「岸本から聞いてます。転移座標を変更した後、独りでよくやってくれた」

「やれることをやっただけです。それより――」


田所が身を乗り出した。

「神谷さんたちは、無事なんですね」

「ああ。今回は、田所さんの様子を見に来ただけだ。神谷は日本で修行中でな」

「そうですか……よかった」


田所は小さく息を吐き、椅子に座り直した。

「すまない、話したいことが山ほどある。だが、その前に――」


田所は窓の外へ目をやった。

夕暮れの空が、どこか不自然な色に染まっている。


「……あれを、見てもらえるか」


椎名たちも、釣られるように窓の外を見た。


地平線の向こう、遠くの空に、渦を巻くような淡い光が滲んでいた。

音もなく、ただゆっくりと、脈打つように明滅している。


「……なんだ、あれは」

水沢が呟いた。


誰も、答えられなかった。


「この街に来て、何度か見た」

田所が静かに言葉を継いだ。

「最初は1晩に1度あるかないかだった。だが、ここ数日は――毎晩だ」


「原因は?」

椎名の問いに、田所は首を振った。

「わからない。ただ、井戸の水位が下がった、家畜が理由もなく怯えて鳴く、そういう話を、行商人経由でいくつか耳にしている」


扉の外から、足音が近づいてきた。

現れたのは、屈強な体つきの初老の男だった。冒険者ギルドマスターのドナートだ。


「田所殿、また客人か」

ドナートは椎名たちを一瞥し、それから窓の外へ目をやった。

「――また出たか、あれが」

その声には、隠しきれない苦い響きがあった。


椎名は光の消えた空を見つめたまま、小さく息を吐いた。

まだ、詳しいことは何もわからない。

だが、この街を覆う不穏の正体を突き止めない限り、下見だけで終わらせるわけにはいかなくなるだろう――そんな予感だけが、確かに胸に残った。

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