第223話 見えた課題
是非、ブックマークか評価を。
私にガソリンをください!!
藤堂家本宅の居間に、四角い光が投影されていた。
岸本自らが持ち込んだモニターに、昨日の映像が流れている。
ドローンが上空から捉えていた、大広間での死闘の一部始終だった。
岸本も茶を勧められるまま、部屋の隅に腰を下ろしている。
「よし、では始めるぞ」
柳太郎が腕を組み、画面を見据える。
「うわ、こうして見ると自分の姿、恥ずかしいもんだな」
武虎が頭を掻いた。
「トラの叫び声、ドローンのマイクにばっちり入ってるぞ」
直哉がニヤリと笑う。
「うっせ」
陽平も画面を覗き込み、苦笑した。
「俺なんか、瓦礫にめり込んでるとこまで映ってる……」
「みんな似たようなもんだ」
直哉が肩をすくめる。
「黙って見なさい」
柳太郎が映像を一時停止させる。
画面には、鉄棍を両腕で受け止めた武虎の姿が映っていた。
「ここだ。真正面から受け止めた瞬間――」
言いかけて、柳太郎が眉をひそめた。
「……角度が悪いな。
上からの映像だけでは、受けた衝撃でどれだけ体勢を崩されていたか、うまく説明できん」
直哉は少し迷ってから、口を開いた。
「イチカ、頼めるか」
『はい』
短い返事と同時に、部屋の中央に淡い光が集まった。
ドローンの映像とは違う、あらゆる角度から見返せる立体映像が、大広間の光景をそのまま再現していく。
「な――」
岸本が息を呑み、腰を浮かせた。
「今の、声は……?」
気まずい沈黙が、部屋に満ちる。
武虎と陽平が顔を見合わせ、真弓だけが素知らぬ顔でモニターを眺めていた。
陽平が、どこか得意げな顔で口を挟んだ。
「なあ神谷くん。そろそろ言ってもいいんじゃない?」
直哉は小さく息を吐き、岸本に向き直った。
「岸本さん。実は――ずっと黙っていたことがあります」
言葉を選びながら、直哉は語り始めた。
イチカという存在。第1層で拾った黒い箱。ずっと自分の中に住み、支えてくれていたこと。
岸本はしばらく、言葉を失ったまま立体映像を見つめていた。
「……そう、ですか。あなたの判断力や、あの解析力の理由が、ようやく腑に落ちました」
「黙っていて、すみません」
「いえ」
岸本は小さく首を振った。
「話していただけたことに、感謝します」
『よろしくお願いします、岸本様』
イチカの声が、今度は全員の耳に届くように響いた。
岸本は一瞬目を丸くしたが、すぐに居住まいを正した。
「……よろしく、イチカさん」
「イチカのおかげで、こうして立体映像も見られるようになった」
柳太郎が仕切り直すように、映像を指し示す。
「ここだ。鉄棍を真正面から受け止めている。俺が何と教えた」
「そりゃ、あの威力を受けきれたんだから上出来だろ」
「受けきれた、で終わらせるな。
真正面からぶつかり合えば、いずれ体力も魔素も先に尽きる。受け止めるな、受け流せ」
武虎が押し黙る。
「相手の力に逆らわず、受け流す。
そしてその際、ほんの少しだけ力の向きを変える。
それだけで、崩れるのはお前じゃなく相手の方だ」
「……わかったよ、次は気をつける」
柳太郎が映像を進める。
ラオフェンの投げた魔石で足元が崩れ、流砂に沈みかけた武虎が映っていた。
「ここは、良かったぞ」
「え?」
武虎が意外そうに顔を上げる。
「沈みきる前に見切って、蜻蛉飛びで立て直した。
この判断の速さは、褒めていい」
「お、おう……」
柳太郎に褒められることに慣れていないのか、武虎が居心地悪そうに頭を掻いた。
柳太郎が映像を進める。
今度は、陽平が難陀を放つ場面だった。
「陽平君」
「はい」
「精霊力が昂ぶると、君の攻撃は大雑把になる。
ここでも、難陀の狙いが甘い」
「うっ……」
陽平が肩を落とす。
「テンション上がると、つい……」
「この精霊が紅く染まる技だが、最近覚えたものか?」
「はい、そうです。4層のボスと戦ってた時に」
「そうか。最近覚えたものならば当たり前だが、まだまだ練度が足りていない。
技に振り回されているな。まずは技を使い慣れなさい」
「……はい、精進します」
柳太郎が別の場面を呼び出した。
難陀がラオフェンに絡みつき、直哉ごと締め上げようとした直後、イチカのアバターと入れ替わっていた瞬間だった。
「これは、褒めていいのか迷うところだな」
「え、あれ結構いい判断だったと思うんスけど」
陽平が身を乗り出す。
「結果は良かった。だが、事前に打ち合わせていたわけではないだろう」
「……まあ、とっさに」
「たまたま噛み合っただけだ。次も同じように噛み合うとは限らない」
直哉が頷いた。
「イチカと連携するタイミング、事前に決めておくべきでした」
「そういうことだ。運任せの連携は、いつか裏目に出る」
映像が進み、真弓が魔砲を放つ場面に切り替わる。
「これは、悪くなかった」
柳太郎が珍しく素直に評した。
「出し惜しみせず、勝負所で全魔素を注ぎ込んでいる。その判断はよい」
「むふ」
真弓が得意げに笑う。
「ただし」
柳太郎が付け加える。
「あの一撃を外していたら、お前は戦線に戻れなかった。
誓約型の技は、外れた後の立て直しも同時に考えておけ」
「……うん」
笑みが、少しだけ小さくなった。
「神谷君」
名前を呼ばれ、直哉は姿勢を正した。
「不動如山の解析は、悪くなかった。
イチカ君のアドバイスもあったのだろう」
「はい」
「格上との戦い、どうしても賭けになるのは避けがたい。
だが、その確率を少しでもあげるために、普段から仲間と連携を話しあいなさい」
一拍置いて、言葉を継ぐ。
「君たちの連携は素晴らしい。
だが、それは積み上げたモノではなく、その場での即興だ」
直哉が言葉に詰まる。
「もちろん、戦いだ。即興も必要だろう。
しかし、それも基本の型があってこそだ。
まずは連携の型を作りなさい。それが君たちの連携をさらに強めるだろう」
「……肝に銘じます」
「それと、時穿つ瞳の使いどころだ」
柳太郎が続ける。
「終盤、魔素が心許ない状態でも使おうとしていたな」
「あそこで仕留められると思ったので」
「気持ちはわかる。だが、切り札は息切れした状態で切るものじゃない。
仕留めきれなければ、そのまま倒れていたぞ」
直哉は、拳を握り直した。
「……わかりました」
柳太郎が映像を止め、モニターを消した。
「格上のラオフェン相手に、よく勝ちきった。
総じて、見事な戦いだった」
武虎も真弓も陽平も、そして直哉も、安堵と喜びの入り混じった顔を見合わせた。
「親父の方はどうだったんだ?」
武虎が問う。
柳太郎は、しばらく黙っていた。
「まあなんとか、というところか。
ヴェルクスは断罪も浄罪も使えない状態にあった。そういう意味では、運がよかったな」
「親父でも、運に助けられることあるんだな」
「5層での修行もしかり、地の利を活かせた結果だな」
柳太郎は静かに続けた。
「経絡の修行によって、技の発動もコンマ単位で向上させることができた。あれがなければ危うかったかもしれん」
「にしても、あの浄罪って、えげつないっすね」
陽平が思い出したように身震いする。
「あれ、正直防ぎきれる自信ないですよ」
「あれがまさに、力押しのわかりやすく良い点だ」
柳太郎が言う。
「強大な力は、どんな技術であっても真正面から打ち破ってしまう」
一同が、神妙な面持ちで頷く。
「あそこまでの攻撃力だと、なかなか対策を練るのは難しいだろうな」
柳太郎が腕を組む。
「現状だと、逃げの一手しかないだろう」
「捕まってなければ、どうするか考えてなきゃいけなかったんですよね」
陽平が呟く。
「そうだな。この先、浄罪以上の攻撃があってもおかしくない。
どのように対処するか、考えておいて損はないだろう」
柳太郎が話を締めくくった。
居間に、しばらく沈黙が落ちる。
「まあ、次に活かせりゃいいってことだろ」
武虎が伸びをしながら立ち上がった。
「で、次はいつ動くんだ」
「向こうの場所が掴めてからだ」
柳太郎が答える。
「それまでは、今日の反省を体に叩き込め」
「ういーっす」
陽平が気の抜けた返事をする。
真弓が呆れたように笑った。
「シャンとする」
「明日から、連携の詰めを中心にやる。
個々の力は、もう十分ついてきている」
柳太郎が全員を見回した。
「あとは、息を合わせるだけだ」
「望むところだ」
武虎が拳を打ち鳴らす。
「次は、こっちから殴りこんでやるからな」
「その意気だ」
柳太郎が、珍しく口の端を上げた。
直哉は、消えたモニターを見つめながら、拳を軽く握り直した。
足りなかった部分は、まだいくつもある。だが今度こそ、次で終わらせる。
そう心に決めながら、居間の空気を、深く吸い込んだ。




