第222話 消えたラオフェンの影
是非、ブックマークか評価を。
私にガソリンをください!!
あの決着から、まだ一日しか経っていない。
「まずは、これまでの経緯を共有させてください」
岸本が資料を配りながら、静かに切り出す。
武虎も真弓も陽平も、そして直哉も、資料に目を落としながら岸本の言葉に耳を傾けている。
直哉が、資料から顔を上げた。
「あの後、結局ラオフェンはどうなったんですか?」
岸本が、資料をめくる手を止めた。
「今も探していますが、まだ見つかっていません。事務所にも戻った形跡がなく……」
「そうなんですか」
直哉が小さく息を吐く。
脳裏に蘇るのは、昨日の光景だった。
轟音を聞きつけて駆けつけた直哉たちが目にしたのは、変わり果てたリエントリーエリアだった。
駅前決戦の比ではない――倍近い範囲が、まるで爆撃を受けたかのように抉れていた。
ヴェルクスが放った浄罪の余波で、その場にいた者はラオフェンを除いて全員が力尽き、リエントリーしていた。
ヴェルクス自身も例外ではなく、魔素を使い果たして意識を失っていた。
不動如山――あの爆発の中心にいながら、傷一つ負わなかったラオフェン。
全員がリエントリーし、混乱の極みにあったその隙をついて、奴だけは姿を消していた。
意識を失ったヴェルクスの身柄は、リエントリーした探索者たちの手で確保された。
ガイエルの能力による封印が施されたのは、その直後のことだ。
「はい。我々は、異世界に帰った可能性が高いと考えています」
「ヴェルクスは?」
陽平が身を乗り出した。
「ヴェルクスは大丈夫です」
岸本が頷く。
「能力封じも完了し、施設に収容しています。
ヴェルクス本人も魔素枯渇から意識を取り戻していますので、今日から尋問を始める予定です。
これで神谷さんを狙う目的がわかればいいのですが……」
言いかけた岸本の懐で、スマートフォンが震えた。
「失礼します」
一言断って席を立ち、岸本が電話に出る。
廊下に出た背中越しに、押し殺した声のやり取りが漏れ聞こえた。
戻ってきた岸本の顔つきは、出て行く前よりも硬くなっていた。
「――本拠地の位置が、判明しました」
「マジですか!」
陽平が椅子から腰を浮かせる。
「まだ尋問中ですが、ヴェルクスは一切口を開こうとしないそうです。
何を聞いても完全に黙秘を貫いていると」
岸本が資料をめくる。
「忠誠心だけは本物、ってわけ?」
真弓が眉を寄せる。
「そう見えます。
通常の尋問では埒が明かないと判断し、その場でモルデガルドさんに協力を仰いだそうです。
龍脈を通じて記憶の断片を読み取っていただいたところ、アル・テラス側の古い地名で、『オールドマーケット』という場所が浮かび上がったそうです。
旧帝国領にあるとのことでした」
「旧帝国領って、あの研究所があった辺りか」
武虎が唸る。
「オールドマーケット……」
(『……その名称、記録と一致します。
あの旧研究所で、ヴェルクスが去り際に口にした言葉と一致します。
「開け――オールドマーケット」』)
直哉は、はっと息を呑んだ。
(そうか、あのとき……)
(『あの時回収された、私と同型の封印核16機。
あれの行き先も、そこである可能性が高いと考えます』)
「神谷?」
真弓が、様子の変わった直哉に目を留める。
「あ、いや……何でもない」
直哉は小さく首を振り、岸本へと向き直った。
「乗り込もうぜ」
武虎の声が、静かな部屋にやけに大きく響いた。
「は?」
「オールドマーケットとやらに、こっちから殴りこんでやりゃいいだろ」
武虎が拳を打ち鳴らす。
「ヴェルクスは押さえた。あとは巣ごと潰しゃ、終わりじゃねえか」
「トラさん、気持ちはわかるけど」
陽平が苦笑する。
「大まかな地域しかわかってないんだよ?」
「そこはこれから詰めりゃいい話だろ」
「その意気込みは、心強い限りです」
岸本が困ったように苦笑した。
「ですが、単純な戦力の問題があります」
「ぐぐぐ、そうか……」
武虎が口をへの字に曲げる。
「柳太郎さんと皆さん4人を合わせても、戦力としてはA級2人分ほどです。
ですが向こうは、少なくともA級3人にS級1人」
岸本が資料を指で示した。
「モルデガルドさんによれば、A級は、3人から4人でようやくS級1人に匹敵する、とのことです。
数字だけで見れば、まだ大きく届いていません」
武虎が舌打ちする。
「わかってるよ、無策で突っ込む気はねえ。
でもよ、あっちだって黙っちゃいねえだろ?
だったら、先手取った方がいいに決まってる」
柳太郎が、それまで黙って聞いていた口を開いた。
「一理はある。だが今は、戦力が足りなすぎる」
「親父……」
「異世界はダンジョンではないのだ、やり直しはきかん。
勇み足で終われば、次はない。
焦る気持ちはわかるが、まずは足場を固めねばな」
「それじゃ、俺たちは何をすればいいんだ?」
直哉が口を開く。
「戦力を整える算段はこちらで進めます。
すでに五十嵐さんや篠崎さん、最上さん、指川さんなど、上位陣には声をかけています」
岸本が答えた。
「皆さんは、彼らが集まるまでは、戦いに備えていただければ」
「備え、か」
柳太郎が呟く。
「なら、修行の続きだな」
「うへぇ」
陽平が椅子に沈み込む。
「まだ体、痛いんですけど」
「贅沢言うな。相手は準備を整えてくる。
こちらが手を止める理由にはならん」
真弓が肩をすくめた。
「正論」
* * *
オールドマーケットの地下、石造りの回廊に、荒々しい足音が響いていた。
「なんで、まだ動かないネッ!」
ラオフェンが石壁を殴りつける。
ミシリと軋んだ壁面に、拳の跡が深くめり込んだ。
「ヴェルクスが捕まってル! 助けに行くヨ、今、直ぐ!!」
その怒声を、静かに受け止めていたのは、上座の影だけだった。
「落ち着け」
「落ち着けないヨッ! ヴェルクスがっ……」
言いかけて、ラオフェンが言葉を飲み込んだ。
オクタヴィアは、いつもの粘りつく笑みを消したまま俯いている。
セイラスもまた、資料を握る指先に力をこめたまま、動かない。
「気持ちはわかる。だが、感情のまま飛び込めば、共倒れになるだけだ」
ラオフェンの怒りにも、動じた様子はなかった。
「無策じゃないヨ、ワタシ一人で十分――」
「お前もあちらの流儀を調べたろう」
ラオフェンの拳が、止まった。
「日本という国では、捕らえた者への拷問は禁じられている。
お前たちが魔石から拾った知識の通りならな」
「…そうだったネ」
ラオフェンが顔を上げる。
「痛めつけられているとは考えにくい。
だとすれば、まだ時間はある」
「じゃあ、待てって言うのかヨ!?」
「待て、とは言っていない」
ボスの声に、初めてわずかな熱がこもった。
「準備をしろ、と言っている」
セイラスが顔を上げた。
「準備、ですか?」
「第4段階の完了を早めろ」
その一言に、セイラスの表情が硬くなった。
「しかし、予定を早めれば、地上への影響が読めなくなります。
周辺の村では、すでに異変が出始めているという報告も」
セイラスが淡々と告げる。
「ワタシたちには関係ないヨ」
ラオフェンが吐き捨てた。
「ああ、構わん、やれ」
ボスが短く言い切る。
「魔素が充填できれば、疑似核をお前らに直接注ぎ込む。
多少の反動には、目をつぶれ」
オクタヴィアが、ゆっくりと顔を上げた。
「うふふ……本気、ってことね」
「準備が整い次第、迎えに行く」
ボスは短い間を置いて続けた。
「ヴェルクスを、取り戻す」
ラオフェンは、しばらく黙っていた。
それから小さく、拳を握り直す。
「……わかったヨ。それで行くネ」
封印核の光が、一段と強く脈打った。




