第221話 震える大地
是非、ブックマークか評価を。
私にガソリンをください!!
光が、弾けた。
リエントリーエリアの中央に、2つの人影が投げ出されるように現れる。
ヴェルクスとラオフェン――どちらも膝をつき、焦点の合わない目で虚空を見ていた。
「今だ!」
先頭にいた探索者が駆け出すのに合わせ、待機していた面々が一斉に動いた。
「動くな!」
「拘束しろ、急げ!」
複数の探索者が、崩れ落ちたままの2人へ殺到する。
ラオフェンの腕に、ヴェルクスの肩に、次々と組み付いていった。
「――っ……なん、だ……?」
ヴェルクスの意識が、急速に像を結び始める。
まだ体が言うことを聞かない。リエントリー特有の虚脱感が、指先まで痺れさせていた。
「ヴェルクスッ――!」
ラオフェンが、朦朧としながらも叫ぶ。
組み付く腕を振り解こうと力を込めるが、思うように動かない。
「くそったれ……力が、入らねえ……」
ヴェルクスも同じだった。
腕を振り解こうにも、リエントリー直後の体はまるで水に浸かったように重い。
のしかかる重みが増すたび、意識の輪郭がわずかに戻っていく。
「押さえ込め、逃がすな!」
若い探索者の1人が声を張り上げる。
数を頼みに、次々と探索者たちがのしかかっていった。
* * *
老人はその光景を、静かに見据えていた。
「手負いの獣ほど、厄介なものはない。
ゆめゆめ油断するでないぞ」
探索者たちが押さえ込む力をさらに強める。
ヴェルクスの視界が、じりじりと焦点を取り戻していく。
(なんだ……俺は、死んだはずだが……)
霞む意識の隅で、ヴェルクスはその違和感に気づいた。
確かに、あの一撃で全てが終わった感覚があった。
だが今、押し潰されそうな体には、痛みも呼吸も、確かに残っている。
「まあいい。わけがわからんが……テメェらは、死ねぇぇッ!!」
吠えながら、抑え込まれた体を無理やり引き剥がそうと、残り少ない魔素をかき集めて身体強化:剛をかける。
ギリ、と骨の軋む音が体の内側から響いた。
だが、圧し掛かる探索者たちも4層級以上の手練れだ。そう容易く拘束は解けない。
「ガイエル殿、はやく能力の行使を!」
ヴェルクスを押さえ込んでいた探索者の1人が、悲鳴じみた声で叫んだ。
(ガイエル、だと!? やべえ、あいつが来てやがるのか!!)
その名を耳にした瞬間、ヴェルクスの顔から強がりの色が抜けた。
「こいつら、雑魚じゃねえ……ッ」
歯を食いしばりながら、なおも身をよじる。
「くぅぅ、抜けられないネ……ッ」
少し離れた場所では、ラオフェンも同じように押さえ込まれたまま唸っていた。
拘束の隙間から覗いた指先を、ヴェルクスがわずかに折った。
「くそが、死ね、断罪!!」
ヴェルクスを拘束していた内の2人が、声を上げる間もなく爆散する。
飛び散った血煙の向こうで、傍らの探索者が息を呑んだ。
「ガイエル殿、まだか!?」
別の探索者が、悲鳴混じりに叫ぶ。
「ええぃ、そう急くな、もうすぐじゃ!!」
瓦礫の奥から、しわがれた声が苛立たしげに返した。
「邪魔だぁぁッ!!」
雄叫びと共に、ヴェルクスが渾身の力で拘束を弾き飛ばした。
* * *
だが、ラオフェンは違った。
直哉たちとの死闘で、すでに魔素を大幅に消耗していた。
特に不動如山を幾度も使わざるを得ない場面に追い込まれた分、消耗はヴェルクス以上に深刻だ。
いまだ拘束から抜け出せずにいる。
「くそ、ラオフェン……!」
ヴェルクスが舌打ちする。
その視界の隅、爆散させたはずの2人が、淡い光を纏いながら輪郭を取り戻していく。
「なっ――」
ヴェルクスの動きが、束の間止まった。
(は? 復活、だと……? どうなってやがる……)
「怯むな、ここでなら死んでもすぐに戻る!」
瓦礫の陰から、誰かが声を張り上げた。
(なんだこの現象は……とんでもねえ場所で目を覚ましちまったもんだぜ……)
状況を理解した瞬間、頭の芯だけが冷えた。
魔素はほとんど残っていない。
指一本動かすのも億劫なほどの疲労が、まだ全身にこびりついている。
(このままじゃ、2人とも終わりだ)
視界の端で、まだラオフェンがもがいているのが見えた。
戦友の顔に、初めて焦りの色が浮かんでいる。
(俺はもう限界だ。だが、動けるのはまだ俺の方だ。
だったら、意地でもこじ開けてやる――)
一瞬だけ、駅前でのやり取りが脳裏をよぎった。
柳太郎に言われた言葉。迷いを見抜かれたこと。
あのときは使わなかった、使えなかった。
(――だったら、今しかねえだろうが)
これを使えば、2度と目を覚まさないかもしれない。
それでも、迷いは一瞬だった。
ヴェルクスは、拳を握りしめた。
「悪ィな、派手にいくぜ」
誰にともなく、不敵に笑い、そう呟いた。
* * *
「かぁぁぁぁぁ!!!」
地面の亀裂という亀裂から、黒い魔素が奔流のように噴き出した。
駅前で見せたそれの、優に倍はあろうかという量だった。
液体のように蠢きながら、瞬く間にヴェルクスの右手へと吸い寄せられていく。
ドゥル……ドゥルル……ドゥルルルル……
膨れ上がる黒い塊に、大気そのものが軋んだ。
魔素の圧に呑まれ、ラオフェンを組み伏せていた探索者たちが、思わず動きを止める。
「な……なんだ、これは……」
年若い探索者が掠れた声を漏らし、その場に立ち尽くした。
緩んだ拘束の隙間から、ラオフェンが顔を上げる。
渦を巻く黒い塊を見て、その表情が強張った。
「お前、その量、大丈夫なのカ!?」
「知らねえよ」
ヴェルクスは笑みを崩さないまま、意識のすべてを右手に注ぎ込む。
「だがこれしかねえだろうが! ラオフェン、例の場所で落ち合おうぜ」
「なっ――」
老人の顔から、初めて余裕が消えた。
「馬鹿な、この状態でまだ――!」
「喰らいやがれっ、浄罪!!」
「ぐっ、不動如山ッ!」
膨れ上がった魔素が、爆発的に解き放たれた。
ズオオオオオオオンンンッ――!!!
轟音が、リエントリーエリア全体を揺らす。
拘束していた探索者たちの悲鳴が幾つも重なり、やがて静寂に飲まれた。
* * *
崩れた大広間の隅では、柳太郎も瓦礫に背を預け、荒い息を整えていた。
右腕に、新しい傷が増えている。
不意に、鈍い爆発音と、かすかな振動が、大広間まで届いた。
「おい、なんだ、今の音……?」
武虎が身を起こし、周囲を見回す。
柳太郎の表情が、わずかに強張った。
「この揺れ方、まさか……」
「まさか、リエントリーエリアから……?」
直哉が呟いた。
「リエントリーエリアは遠い……」
真弓が眉をひそめる。
「いや」
柳太郎が瓦礫から体を起こし、鋭く言い切った。
「この気配は、浄罪だ」
「マジかよ……」
武虎が息を呑む。
「行くぞ」
柳太郎が真っ先に歩き出した。
「ちょっと待ってよ、俺、もう動けないよ……」
陽平だけが、遅れてもたもたとその後を追いかけていく。




