第213話 見誤った想定
是非、ブックマークか評価を。
私にガソリンをください!!
ダンジョン課の一室に、モニターの光だけが淡く満ちていた。
「対象、動きがありました」
村田がキーボードを叩き、映像を切り替える。
ヴェルクスが占拠した組事務所――向かいのビルから望遠レンズで狙った映像と、上空に飛ばしたドローンからの映像が、並べて画面に映し出された。
窓越しに、室内の人影がかろうじて確認できる。
片方はヴェルクス。
もう片方は、見覚えのない大男だった。
浅黒い肌、鍛え上げられた体躯、腰に何か棒状のものを提げている。
画面の中、ヴェルクスがふと窓の外――上空のドローンへ向けて視線を投げた。
ほんの一瞬。
だが、確かにこちらを見据えていた。
「……気づいてますね、これ」
村田の声が硬くなる。
岸本はしばらく黙った。
その沈黙が、室内の空気をさらに重くした。
「気づいた上で放置している……つまり」
村田が続ける。
「こちらを“敵”として見ていない、ということですね」
岸本は視線を画面に戻し、低く言った。
「あるいは、監視されていること自体を承知の上で、逆に利用しているのかもしれん」
映像の中の大男へ、岸本の目が細くなる。
「……新顔だな」
腕を組んだまま、画面を見据える。
村田が頷く。
「はい。ですが、身元照会にはあまり意味がないかと」
「ヴェルクスと同じ口、ということか」
「神谷さんの証言通りなら、ヴェルクスはアル・テラス出身です。
だとすれば、合流したあの男も同じ経路――向こうから来たと見るのが自然かと」
「JPギルドから奪った転移装置で、か」
岸本が画面を睨んだまま呟く。
「それ以外に、説明のしようがなさそうだな」
「はい。正規の入国手段を洗うだけ無駄足になると思います」
岸本はしばらく黙って映像を眺めていた。
「岸本さん、あの大男、ヴェルクスと同格だったりしませんか?」
「なぜ、そう思う」
「あの態度です。
声は聞こえませんが、ヴェルクスに対して随分と気安く接しているように見えます」
「決めつけるのは危険だが……そう考えておいた方がよさそうだな」
「1人でも厄介なのに……」
「ふぅ、頭が痛い問題だな」
岸本は椅子に深く座り直した。
* * *
会議室に移り、奥野局長へ報告する。
「新たな戦力の合流、か」
奥野が資料に目を落とす。
「はい。素性は不明ですが、只者ではないと見ています」
「対抗手段は?」
「藤堂さんたちが修行中です。
ですが、もともとヴェルクス1人のつもりでの修行でした。それで足りるのか、正直……」
「難しい、か」
「……はい」
奥野が小さく息を吐いた。
「呼び戻すという選択肢はあるか?」
「藤堂さん自身が、今の状態では次に勝てないと判断しての修行です。
中断させれば、本末転倒になりかねません」
「では、それまでの繋ぎが必要だな」
岸本は少し考え、口を開いた。
「1つ、相談したい相手がいます」
「誰だ」
「モルデガルドさんです」
奥野が眉を上げた。
「悪意感知の彼か」
「はい。
向こうは、異世界の能力対策について、こちらより一日の長があります。
何より、ヴェルクスたちも異世界出身です。
専門家の意見を聞かない手はないかと」
奥野はしばらく考え、頷いた。
「いいだろう。手配してくれ」
* * *
モルデガルドの部屋には、相変わらず本が山積みになっていた。
その種類は多岐に渡っており、地質学や量子力学など、専門的な題名の背表紙が並んでいる。
「なるほど、そやつは断罪のヴェルクスじゃろう。
もう1人の大男は、おそらく不動のラオフェンじゃな」
「その……能力をご存じだったりは?」
「知らんのぉ」
「そ、そうですか」
「我々の世界でも、おいそれと能力は言いふらす物じゃないしの。
じゃが、ヴェルクスは絶対の攻撃を、ラオフェンは絶対の防御を謳っておるな」
「攻撃と防御、ですか」
「ああ、やつらは何と言ったか、確か5人組のチームを組んでいたはずじゃ」
「ということは、他にも3人いると?」
「ああ、おるの。
4人がA級賞金首、そして1人S級の賞金首がおったの」
「A級に……S級ですか」
「ああ、アル・テラスでも悪名高いやつらじゃ。
それで、能力を防ぐ方法じゃな。
1つ、心当たりがある」
「本当ですか!?」
「ああ。アル・テラスに、能力を封じることに長けた能力者がおる。
儂も昔、世話になったことがあってな」
「どのような方なのでしょうか?」
岸本が尋ねると、モルデガルドは懐かしむように目を細めた。
「若い頃、儂の映像化能力が暴走しかけたことがあってな。
見境なく過去を映し出しては、周囲を巻き込みかけた。
あの男が来て、儂の能力を一時的に封じてくれたおかげで、事なきを得た」
「それほどの腕前、ということですか」
「うむ。本人は面倒くさがりで滅多に人前に出んが、腕は儂が保証する」
「その方に協力を求めることは可能でしょうか」
「儂の紹介状があれば、無下にはされまい。
とはいえ、あちらも気難しい質でな。
話がまとまるかどうかは、行ってみんとわからん」
「十分です。まずはお繋ぎいただけるだけでも」
岸本が頭を下げる。
「よかろう。手紙を書いてやる」
モルデガルドは机の紙を引き寄せ、ペンを取った。
* * *
紹介状を受け取り、部屋を出たところで、村田はふと足を止めた。
「……そういえば」
隣を歩く岸本が振り返る。
「どうかしたのか?」
「アル・テラスに行くとなると……田所さんも、ラグナにいたな、と」
「……あ」
岸本も同じ間で気づいたらしい。
「わ、忘れていたわけじゃないぞ。
向こうの治安維持を優先していただけだ」
岸本が咳払いをする。
「はい、もちろんそうだと思います」
村田の返事に、わずかな笑いが混じっていた。
「ラグナに残ったのは、まず腕の療養が目的でしたね」
「ああ。それに、こちらのゴタゴタも予想したのだろうな」
「その気遣い、正直かなり甘えていましたね」
「……すっぽり抜け落ちていた、というわけじゃないんだぞ!」
「ええ、わかっていますよ」
村田が、微かに笑いを噛み殺すような声で言った。
「……ごほん。とにかく、今は目の前の問題を片付けるのが先だ」
岸本が咳払いを1つ挟み、表情を引き締め直す。
「……ついでに、回収してくるとしよう」
「賛成です」
岸本は紹介状を懐にしまい、廊下を歩き出した。
窓の外では、東京の空がゆっくりと暮れていく。
新たな戦力への対策と、忘れられかけていた田所の帰還。
どちらも、次の一手として動き出していた。




