第212話 風の加護
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私にガソリンをください!!
「よし、あと5つ……!」
直哉は砕けた1つ目の核の余韻も冷めないうちに、更に識界を広げる。
イチカの視覚化のおかげで、暴風の中に潜む青い影はもう見失わずに済む。
『2つ目、直哉の南南西15メートル。高度も近いです』
イチカの案内に従い、直哉は2つ目の核へ狙いを定めた。
「わかった!」
翼界に魔素を練り込み、跳ぶ。
だが核はその気配を察したように、素早く軌道を変えて逃げた。
逃げた先には、武虎がいた。
「トラ、そっちに行った!」
直哉が叫ぶ。
だが武虎は、周囲を見回すばかりだった。
「どこだよ! 何も感じねえぞ!」
核はそのまま武虎の脇をすり抜け、暴風の中へ紛れていく。
離れた位置から、柳太郎の声が飛んだ。
「武虎、核の気配が感じられないなら、もっと識界の範囲を狭めろ。
そして識界内の魔素濃度を濃くするんだ」
「わかった、こうだな親父」
武虎が識界を絞り込み、代わりに密度を上げていく。
* * *
陽平は精霊顕装を維持したまま、意識を研ぎ澄ませていた。
「顕装伍式 徳叉迦」
木刀の切っ先から水が滴り、ぴちょんと撥ねる。
水しぶきは無数の小さな蛇となって四方へ散っていき、荒れ狂う風にさらされながらも霧となって暴風の中へ音もなく溶け込んでいった。
やがて、脈打つような反応が2つ、はっきりと感じ取れた。
「姉ちゃん、そっちだ!」
「無茶言うな、見えねえんだよ!」
「姉ちゃんなら風を読めるだろ、風が一番強いところだよ!」
「はっ、言ってくれるな」
真弓は鼻を鳴らしながらも、銃口を風の流れへ向けた。
瞬陣弾が、風が集中する一点へマシンガンのようにばら撒かれる。
「ちっ、手ごたえがない」
核はその場を離れ、別の場所へ移動した。
だが真弓の目は、その動きを逃さなかった。
「うろちょろしやがって、気の向くまま風の向くままってかぁ!」
新しく生まれた風の強いポイントへ、真弓は狙いを集中させる。
逃げ場がないほどの弾幕が、核を包み込んだ。
ドドドドドドッ!!
核が弾け飛ぶ。
「よし、1つ!」
同時に、陽平の難陀がもう1つの核へ絡みつき、締め上げていた。
水の蛇が核へ食らいつき、噛み砕く。
そのまま、まるで美味しそうに飲み込んでいった。
「あ、また食べた……」
陽平が呆れたように呟く。
* * *
武虎は絞り込んだ識界の中で、微かな脈動を捉えていた。
「見えた、いや……感じる!」
「武虎、右斜め上だ!」
直哉のナビゲートが飛ぶ。
「おう、任せろ、そこだろっ!」
武虎が踏み込み、拳を振り抜いた。
「断裂猛襲!」
黒い稲妻を纏った拳が核を捉え、粉々に打ち砕く。
「よっしゃ!」
その直後、直哉も自分の狙っていた核をバットで叩き潰した。
バコンッ!!
「これで残りは……1つだ!」
* * *
追い詰めた、と思った瞬間だった。
風鳴の暴風が、これまでとは比較にならないほど吹き荒れ始めた。
「うおっ!?」
「な、なんだこれ!」
最後の抵抗とばかりに、四方八方から風が殴りつけてくる。
翼界を保つだけで精一杯になり、誰も攻撃に転じられない。
「これじゃ近づけない……!」
直哉が歯を食いしばりながら耐えていた。
「このままやられるかよ!」
武虎は自らの断裂猛襲に、限界まで魔素を注ぎ込んだ。
黒い稲妻の比率が跳ね上がり、拳の周囲を覆い尽くす。
その稲妻が、迫りくる暴風を叩き消していく。
「な、風が……!」
陽平が目を見開いた。
暴風の中、武虎だけがまるで無風の中にいるかのように立っていた。
「これなら――行ける!」
武虎は地を蹴るように蜻蛉飛びで強く踏み込んだ。
体が反転しながら加速するその勢いを殺さず、そのまま翼界へ乗せて飛距離を一気に伸ばす。
無風の体は失速することなく弾丸のように突き進み、逃げ場を失った核との間合いが一気にゼロへ詰まった。
「もらったぁ!!
断裂猛襲!!」
拳が核を捉える。
グォンッ!!
核が砕け、暴風がガラスのように弾けた。
そのまま、ポリゴンのような光の粒子となって舞い散る。
砕け散ったポリゴンが、その場で風のように吹き荒れる。
光の粒子は渦を巻きながら次第に収束し、吸い込まれるように4人の体へ流れ込んでいく。
「うわ、なんか……なんだこれ」
陽平が自分の肩に触れながら呟く。
* * *
嵐渦の空の暴風は、変わらず吹き荒れ続けている。
ただ、風鳴によって上乗せされていた風圧がなくなり、いつもの猛烈な暴風へと戻っていった。
「……終わった、のか?」
武虎が周囲を見渡しながら呟く。
『風鳴の消滅を確認しました』
イチカの声に、全員が浮島に着地し、その場に座り込んだ。
「はぁー……マジできつかった……」
陽平が息を吐きながら、壺をそっと撫でる。
水の精霊は満足げに身動ぎした気がした。
『直哉、レベルアップを確認しました』
イチカの声に、直哉はポケットからスマホを取り出した。
アプリを開くと、並んだ数値が軒並み底上げされている。
レベル:21→22
体力:108→114
筋力:111→117
敏捷:128→139
器用:96→101
知力:94→99
特殊能力:現象伝導、時穿つ瞳、瞬閃五連撃
特殊能力:分体生成
内在魔素:871→920
内在魔素:517→540
「22か……ちゃんと伸びてるな」
同時に、武虎、真弓、陽平のスマホからも通知音が鳴った。
「俺も上がってる!」
「私も」
「僕も!」
歓声が上がりかけたところで、直哉はもう1つの表示に気づいた。
「イチカ、これ……『風の加護』って?」
『新規称号を検知しました。詳細を表示します』
『風の加護:敏捷ステータスに+10%のボーナスを付与』
「敏捷が上がるってことか! おぉ、すげーな!」
武虎が声を弾ませる。
* * *
柳太郎が近づいてきて、4人のステータスを覗き込んだ。
その目が、わずかに見開かれる。
「……加護がついたのか、これは珍しいな」
「珍しいって、そうなんですか?」
「5層には土・水・風・火、4種の精霊が存在する。
それぞれから、極稀に加護を得られることがある」
「極稀って、どのくらいですか?」
真弓が目を細めた。
「正確な確率は私も知らない。
ただ、各エリアにいる特殊個体を倒すと、確定で加護が手に入る。
逆に言えば――」
柳太郎は風鳴が消えた辺りへ視線を向けた。
「今のは、通常種だ。
特殊個体ですらない相手から、しかも4人全員が加護を得るなど、まず有り得ん」
「え、じゃあ俺ら、めちゃくちゃ運が良かったってことですか?」
陽平が目を丸くする。
「そういうことになるな」
柳太郎は珍しく、口の端をわずかに緩めた。
「まあ、悪い話ではない。運も実力のうちだ」
変わらず吹き荒れる嵐渦の空に、4人の笑い声が小さく響いた。




