第210話 見えない輪郭
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浮島の上で、直哉は仰向けに倒れていた。
空を見ている。
嵐渦の空の雲が、轟音と共に流れていく。
何かを考える気力もなかった。
隣では武虎が同じように大の字になっている。
真弓は膝を抱えてうずくまり、陽平は地面に額をつけたまま動かない。
柳太郎だけが浮島の端に立ち、遠くを眺めていた。
* * *
「そろそろ魔素も回復しただろう。修業の再開だ」
その一言で、4人の体が反応した。
「ちょ……まだ3割ぐらいしか回復してないよ」
陽平が地面から顔を上げ、震える声で言った。
「3割も回復すれば十分だ、さあ、立ちなさい」
柳太郎は振り返る。
「十分って……!」
武虎が何か言いかけて、結局何も言わずに立ち上がった。
直哉も起き上がった。
全身がきしみ、体が重い。
が、柳太郎が「立ちなさい」と言えば、立つしかない。
それだけのことだった。
* * *
修業を再開し、20分ほどが経った頃だった。
「……あれ?」
風が——強くなっていた。
嵐渦の空の暴風はもともと激しい。
だが今は、それが明らかに別の次元になっていた。
翼界を維持するのに今まで以上の集中が要る。
少し気を抜くだけで、体が吹き飛びそうになる。
「なんか、急に風が強くなってないか……?」
武虎が周囲を見渡す。
「揺れてる、いや、揺れてるの俺だ」
陽平が翼界の出力を上げながら必死に体勢を保っていた。
柳太郎がポツリと呟いた。
「来たか」
「来たって……何がですか?」
「修業の仕上げだ」
柳太郎は遠くを見たまま言った。
「この環境下での身体強化と翼界にも、ずいぶん慣れてきただろう。
であれば、次は身体強化、翼界、能力行使の3つだ」
「それはわかる、けど」
真弓が眉を寄せた。
ゴウッ——!!
「——っ!?」
「トラ!!」
直哉の目の前で、武虎の体が宙を舞った。
翼界を展開したまま空中へ弾き飛ばされ、そのままぐるぐると回転しながら流されていく。
「っのやろ——!!」
武虎が叫びながら翼界を全力で展開し、なんとか体勢を立て直した。
「風鳴よ、まさに風そのものが敵だ」
「風、そのものって……?」
陽平が周囲を見回す。
どこを向いても空と雲しかない。
「大きさは300メートルほどか。中規模だな」
「大きさって、どうやって見てるんですか!!」
直哉が思わず叫んだ。
「目を凝らして、魔素の流れを感じなさい。
そうすれば相手のことがわかるはずだ。弱点もな」
直哉は識界を絞り込んだ。
敵を捉えようとするのではなく、周囲の魔素の動きだけに意識を向ける。
——見えた。
風の中に、ごくわずかだが、渦がある。
流れが一点を中心に収束するような——目に見えない巨大な塊の輪郭。
「これが……」
「ほら、余所見をするな、もう射程圏内だぞ」
柳太郎は翼界を展開し、そのままスッと後方へ飛び退く。
「え、師範どこ行くんですか!!」
陽平の悲鳴が上がった。
柳太郎は涼しい顔で遠ざかりながら叫んだ。
「風鳴に向かって攻撃しても意味がない。
風に拳を打ち込んでどうなる? 戦い方を考えろ!」
返事をする間もなく、風鳴が来た。
* * *
飲み込まれた。
四方八方から風が叩きつけてくる。
上から、下から、左から、右から——方向が一定しない。
翼界を保とうとするたびに、別の方向からの風に弾かれる。
「くそ、上を向いたら下から!」
武虎が叫ぶ。
真弓が砕陣弾を放つが、風圧にかき消されるように散っていく。
「効いてる気がしない……!」
そして——
「痛っ!」
陽平が突然、腕を押さえた。
切り傷だった。
刃物で切ったような傷が、何もないはずの空中に走っていた。
「鎌鼬が混じってる! 見えない!」
直哉が識界を広げながら叫ぶ。
だが、識界の感度も落ちていた。
風鳴の中では、外在魔素が嵐に食われ続けている。
技を使う分の魔素まで、じわじわと奪われていく感覚があった。
「くそったれ、魔素がどんどん減っていく……喰われてやがるのか!?」
真弓が声を上げた。
「風鳴の中では魔素が食われる! 翼界は格好の餌だ!」
遠く離れた位置から、柳太郎の声が届いた。
「いいか、翼界を上手くコントロールしろ!
翼界の密度を濃くするんだ。
そうすれば奴等は吸収に時間がかかる。
そうしなければ魔素を食われて、落ちるぞ!」
直哉は歯を食いしばりながら、翼界に魔素を送り続ける。
吹きださないように、魔素の密度が上がるように、硬く、硬くだ。
「武虎! 鎌鼬だ、右から!」
「わかってらぁ!」
武虎が腕に岩陣を発動し、斬撃を相殺する。
それでも袖が切り裂かれた。
「真弓、上!」
「しゃらくさいね!」
真弓が翼界の出力を瞬時に落とし、体を沈めてかわす。
鎌鼬が真上を通り過ぎた。
それでも風鳴は止まらない。
形がなく、狙いもなく、ただそこに在り続ける。
暴風の中で足場もなく、魔素を奪われながら、どこへ逃げる手段もない。
(攻撃が効かない。範囲は300メートル。内側から倒せるのか——)
直哉は翼界を絞りながら、風の流れを識界で観察し続ける。
答えは、まだ見つかっていなかった。




