第204話 精霊庭園《エレメンタル・ガーデン》
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道場の引き戸を開けた瞬間、武虎が「ん?」と首を傾げた。
板の間に、大きな段ボールが何箱も積まれている。
その隣には金属製のクーラーボックスが並び、棚の上には見慣れない道具や器具がぎっしりと詰め込まれていた。
「なんだこれ」
「……多いね」
陽平が室内を見渡しながら呟く。
食糧と思われる袋や缶詰の類が、段ボールから溢れんばかりに積まれていた。
その量は、どう見ても4人や5人が数日で消費できるようなものではない。
「親父!」
武虎が奥の稽古場へ向かって声を張り上げる。
返事はなかった。
しばらく間があってから、奥で何かを打つような音がして、やがて足音が近づいてきた。
「来たか」
「親父——この大量の荷物は?」
武虎が段ボールの山を顎で指す。
「修行の準備だ」
「準備?」
「今日から1週間ほど、ダンジョンに籠るぞ」
武虎の顔が、ぴたりと止まった。
「……えっ」
「聞こえなかったか?」
「聞こえたけど。えっ、1週間も」
「そうだ」
直哉は柳太郎の顔を見た。
冗談を言っているような顔ではまったくなかった。
「君達はすでに4層のボスを倒したと聞いた。であれば5層に入れる」
「まあ……はい」
「5層には、修行に適した特別な空間がある。
あそこで1週間過ごすことで、より力をつけることができる」
柳太郎がそう言いながら、段ボールの1つを武虎へ押しつけた。
武虎は反射的に受け取りながら、眉をひそめたまま口を開いた。
「なあ親父、特別な空間って?」
「着いてのお楽しみだな」
「え、それだけ?」
「文句があるか」
「いや、ない、けどさ」
「それよりもだ、5層はこれまでとは勝手が違う。
モンスターとの戦闘以前に、ダンジョンの環境自体が牙を剥いてくる」
「環境が?」
「どういうことですか?」
直哉が聞き返す。
柳太郎はゆっくりと全員を見渡した。
「5層の通称は、精霊庭園。
4種類の精霊が生息する領域だ」
その名前を聞いた瞬間、陽平が興味深そうに目を見開いた。
「火、水、風、土の精霊がいて、それぞれが相互に干渉し合っている空間だ。
マグマのエリア、沼地のエリア、暴風のエリア、そして砂漠のエリアに分かれている。
それぞれが地球のどの環境よりも過酷だ」
「それは精霊のせいでそうなっているんですか?」
「さあ、それはわからん。
しかしぞれぞれの属性に合ったエリアになっているからな、おそらくそうなんだろう」
「なるほど。
……1週間、そこで過ごすんですか」
「そうだ」
武虎のため息が、じわりと漏れた。
「慣れる前はきついだろうがな」
柳太郎が続ける。
「ただ、慣れてしまえば逆に使える。
精霊庭園では魔素の扱いが難しくなるが、その分、魔素の扱いが向上するのだ。
いわゆる高山トレーニングのようなものだな」
「……どのくらいきついですか?」
陽平が恐る恐る訊いた。
「死ぬほど辛いが、死にはしない」
「説明になってませんよ」
「経験談だ。安心しなさい」
「師範、全然安心できないっす」
「まあ、何事も経験だ。
さあ時間も惜しい。そろそろ出るぞ」
柳太郎がそれだけ言い、今度は自分でも迷わず一番大きな段ボールを担ぎ上げた。
「たしか、便利なバッグがあると聞いている。
それを出してもらえるか?」
「あ、収納バッグですね、これっす」
武虎が鞄の中から、黒いショルダーバッグを取り出した。
口の大きさも形も、ごく普通のバッグだ。
柳太郎の目が細くなった。
「……それに、このすべてが入るのか」
「段ボールごとは無理だけど、中身を出しながら入れれば結構いけるよ。
3つもあれば全部入るんじゃね?」
武虎が段ボールの封を開け、中の缶詰や袋を取り出してバッグに詰め始めた。
直哉と陽平も別のバッグを持ち、残りの段ボールを開けていく。
缶詰、食料の袋、器具類。そして着替えの一式まで、全員分がきっちり用意されていた。
次々に取り出して、バッグに入れていく。
段ボールが空になるたびに畳んで端に置き、また次を開ける。
バッグはどんどん中身が増えているはずなのに、持った手に重さが伝わってこない。
そのうち武虎が柳太郎に向かって手を伸ばした。
「親父、ほら」
受け取った柳太郎の手が、ぴたりと止まった。
「……軽い」
「何入れても重さゼロなんだよ、これ。
50キロまでは入るんだけど、この通りってね」
「…………」
しばらく、柳太郎はバッグを持ったまま動かなかった。
その間にも直哉たちが荷物を詰め終え、空の段ボールが積み上がっていく。
やがてクーラーボックスと棚の器具を最後に詰め、板の間には何もなくなった。
「便利な時代になったものだな」
ぽつりと言った。
ふだんの鋭さとは少し違う、素直な驚きだった。
武虎が珍しそうな顔をしていた。
「よし、では出発するぞ。
説明は歩きながらする」
直哉は陽平と顔を見合わせた。
「行くしかないね」という顔をしていた。
直哉もそう思っていた。




