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現代ダンジョン奮闘記  作者: だっち
第5層 風神の試練場

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第203話 次への備え

【魔素の結集】の章と【断章】の時系列が合流した後の話しです。

断章を読んでからをお勧めします!

藤堂心眼流迅術の門をくぐると、いつもと変わらない木の香りが鼻をかすめた。

だが、いつもと違うこともある。

4人の全員の顔が、心なしか強張っていた。


「……トラさんのお父さん、大丈夫かな」

陽平がぽつりと呟く。


「駅前があんなことになったんだ。ただじゃ済んでねえだろ」

武虎の声には、いつもの軽さがなかった。


真弓は何も言わず、ただ引き戸を見つめている。

直哉も口を開かなかった。

(ニュースじゃ「原因不明の爆発」って報道されてたけど、そうじゃないよな)


昨夜のニュース映像が、頭の中で何度も再生される。

横転した車、崩れた歩道橋、直径50メートルはあろうかという巨大な穴。

あれほどの現場を作り出せる人間が、そういるはずもない。


「親父からは『無事だ、心配するな』の一言だけだったからな。

逆に不安になったっつーの」


そんな軽口を叩きながらも、誰の足取りも重かった。

道場の敷地に足を踏み入れてから、誰も本音では冗談を言えていない。


引き戸が、ガラリと開いた。


「おお、来たか」

柳太郎だった。

右腕に包帯が巻かれ、頬にも小さな絆創膏が貼られている。

それでも足取りはしっかりしていて、声にも張りがあった。


「……なんだよ、ピンピンしてるじゃん」

武虎が拍子抜けした声を出す。


「まあな。しかしこれも異世界産のポーションのおかげだ。

あれがなければ、もうしばらく動けなかったかもしれん」

柳太郎はそう言って、静かに笑った。


その笑みには、いつもの余裕とは少し違う色が滲んでいた。


* * *


客間に通されると、壁際の大型テレビがすでに起動していた。

岸本がクラウドに上げた監視記録を、そこへミラーリングしてあるらしい。


「政府の監視記録だ。駅前での一件、映像が残っている。

お前たちにも見ておいてほしい」


柳太郎がリモコンを操作すると、テレビの画面に粗い映像が映し出された。

全員が自然と視線を向ける。


砕けたアスファルト、横転した車、そして――柳太郎とヴェルクスが激突する姿。


「うわ……」

陽平が息を呑んだ。


映像の中の柳太郎は、拳や蹴りを紙一重で受け流し続けている。

だがヴェルクスも、決して隙を見せない。

拳が交わるたびに、地面が割れ、窓ガラスが弾け飛んでいた。


「これが……」

直哉は画面に見入ったまま呟いた。


(『映像から算出すると、双方の攻撃速度は音速の3分の1に達しています』)

イチカの声が、直哉の中で静かに響く。


「速さだけならまだいい。厄介なのはあれだ」

柳太郎が画面を止め、ヴェルクスが右手を掲げる瞬間を指した。


断罪(ジャッジメント)

触れた対象を消し飛ばす能力だ。幸い、私には効かなかった。

無識界(むしきかい)にも反応がなかったから、おそらく何らかの制約があるのだろう」

「効かなかった……ってことは、効く人もいるってことですよね」

「らしい。条件はわからんが、な」


柳太郎は映像を再生し直す。

今度は、自分自身の動きを示しながら解説を続けた。


「これが流水(りゅうすい)での回避、こちらが舞幻(ぶとう)で死角に移動した場面だ。

奴の攻撃を真正面から受け止めれば、体がいくつあっても足りん」


画面の中で、柳太郎の姿がふっと掻き消え、次の瞬間には背後に立っている。

何度見ても、目が追いつかない動きだった。


「これ、親父の嵐撃(らんげき)だよな」

「うわ、これ相当効いてますよね」

「ああ。だが――決定打には至らなかった」


柳太郎の声が、わずかに低くなる。


「奴も同じだけ、いや、それ以上に粘った。

あの男の体力と防御力は、私の想定を超えていた」


柳太郎はそう言って、画面を静止させたまま、しばらく黙り込んだ。


* * *


映像は、駅前一帯が白く染まる場面に切り替わった。


「これが奴の技、浄罪(スティグマ)だ。50メートルの範囲を一瞬で吹き飛ばした」

「……マジかよ」

武虎が低く唸る。


「私は転身(てんしん)で逃れたが、正直、紙一重だった。

あと一瞬判断が遅れていれば、今こうして話してはいなかっただろうな」


柳太郎の声は淡々としていたが、その一言には確かな重みがあった。


映像が終わると、部屋に沈黙が落ちた。

誰も、すぐには言葉を発せなかった。


「……勝てたんですよね?」

「引き分けだ。

いや、正確には――どちらもそう装って引いた、というのが正しいだろうな」

柳太郎は腕を組み、天井を見上げた。


「私も限界に近かった。

だが、おそらく向こうも同じだ。

次に会えば、今度こそ決着がつく」


「……それで」

直哉が身を乗り出す。

「師範は、これからどうするんですか」


「修行をし直す」

柳太郎は即答した。


「今の力では、次は負けるかもしれん。

それだけは、はっきりわかった」


その言葉に、迷いはなかった。

長年積み上げてきたものを、一度壊してでも組み直す――そういう覚悟が滲んでいた。


「奴に勝つには、無理にでも技のレベルを1段上げねばならん」


* * *


「あの、藤堂さん」

陽平が遠慮がちに手を挙げる。

「俺たちも、一緒にやっちゃダメですか」


「……何?」

柳太郎の目が、わずかに細まる。


「敵は神谷君を狙ってる。

あいつらは異世界であった奴らです。

あの男以外にも、オクタヴィアっていうとんでもない奴もいるんです。

もしかしたら他にもいるかもしれない」


「そうだな。

あの男の背後には、まだ見えない何かがある」


武虎が腕を組み、柳太郎をまっすぐ見た。

「親父、俺たちも同じ土俵に立ちたい。連れて行ってくれよ」


直哉も頷く。

「オクタヴィアの時もそうでした。

今のままだと、足を引っ張っちゃいます」


柳太郎はしばらく、4人の顔を順に見た。

それぞれの目に、迷いはなかった。


「……よかろう」

柳太郎が、ゆっくりと頷いた。


「ならば、覚悟しておけ。

生半可な修行にはならんぞ。

今までとは、鍛え方そのものを変える」


「望むところです」

直哉が答えると、柳太郎の口元に久しぶりの、深い笑みが浮かんだ。


「よし、では――さっそく明日から始めるとしよう。

場所については、こちらで考えておく」


「場所、ですか?」

「ああ。今回ばかりは、この道場だけでは足りん。

今の私たちに必要なのは、型の反復じゃない。

もっと過酷な環境で、限界そのものを引き上げる修行だ」


その言い方に、4人は顔を見合わせた。

どんな修行になるのか、まだ誰にも見当がつかない。


「親父さんがそこまで言うの、初めて聞いたかも」

陽平が小声で武虎に言う。

「だな。親父がここまで焦ってんの、久しぶりに見た気がするぜ」


だが、その不安よりも――胸の奥に灯った熱の方が、ずっと大きかった。


「詳細が決まったら連絡する。

それまでに、各自でできる準備は進めておけ」

柳太郎が立ち上がりながら言った。


「はい」

4人の声が揃う。


窓の外で、夕暮れの風が庭木を揺らしていた。

静かな道場に、次の戦いへ向けた覚悟だけが満ちていく。

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