第202話 一週間の猶予
是非、ブックマークか評価を。
私にガソリンをください!!
201話の最初の方にレベルアップの記述を追加しました
* * *
駅から離れた古い雑居ビルの一室で、ヴェルクスは壁にもたれて座り込んでいた。
割れた窓から差し込む月明かりが、床に散らばったコンクリート片を薄く照らしている。
右肩の傷はすでに塞がっていた。
魔素はもう全快していっる。
体だけで言えば、いつでも動ける状態だった。
「――けっ」
ヴェルクスは自分の右拳を見つめ、ゆっくりと握り直した。
脳裏に蘇るのは、駅前の光景だ。
初めて相対した時の隙のない構え。
まるで風の流れでも観察するような目で、ヴェルクスの拳を見ていた。
断罪を使ったが効かなかった。
予想はしていたが、それでも、実際に霧散して指先へ反発だけ返ってきた瞬間、思わず舌打ちしたくなる。
「……くそが、効かねえ奴が多すぎなんだよ」
あの男。
気流を纏い、攻撃を受け流し、逸らし、時には位置ごと入れ替える男。
力で押し切れない相手など、今までいなかった。
だが柳太郎はヴェルクスの拳を正面から受けても崩れず、
最後には浄罪を撃ち込ませるところまで持ち込んできた。
駅前の景色が丸ごと消し飛んだあの瞬間、ヴェルクスの魔素はほとんど底を突いていた。
あと少し戦いが続いていれば、どちらが地に伏していたかは分からない。
「……次はねえよ、ああいうのは」
独り言が、誰もいない部屋に落ちた。
* * *
扉が控えめにノックされた。
「なんだ」
現れたのは矢島だった。
スーツの下の体は緊張で強張っている。
「例の、ガキの……神谷って探索者の件ですが。
自宅、学校、行動範囲、追加で調べがつきました」
紙束を差し出す矢島の手が、微かに震えていた。
ヴェルクスに近づくたび、この男はいつもこうなる。
「置いとけ」
「はい……あの、他に何か」
「ねえよ、下がってろ」
矢島は一礼して足早に部屋を出ていく。
その背中を見送りながら、ヴェルクスは紙束には目もくれなかった。
情報など、もう十分すぎるほど集めている。
「あとは、いつ行くかだが……ちっ、やっかいなことになったぜ」
神谷直哉を攫いに行く必要がある。
それがボスから与えられた任務だ。
だが、昨日の男が手強すぎる。
正面から行けば、また同じ結果になる可能性が高い。
矢島たちを使う手もある。
だが、一度失敗している。
あいつらを前に出しても、柳太郎の前では足止めにもならない。
「……そろそろ迎えが来ちまうな。
まだ捕らえられてねぇってのが、気に食わねぇ」
ヴェルクスは舌打ちし、拳を握り直した。
* * *
JPギルドを襲った後。
転移門を抱えて戻ったヴェルクスは、ボスの前にそれを置いた。
「……対象はいなかったか」
ボスの声は淡々としていた。
「ええ、逃げてやがった。ギルドの連中まとめてな。
だが、奴らが作ったっぽい転移門は持ち帰った。解析すりゃ使えるだろ」
ボスは頷き、横に立つオクタヴィアへ視線を向ける。
「解析は?」
「とりあえず、使えるところまでは設定できましたわ。
使えば連中が逃げた先に転移できますわよ」
ボスはヴェルクスへ向き直る。
「なら追え。向こうで捕えてこい」
ヴェルクスは肩を回しながら、オクタヴィアへ問いかけた。
「……複製は? この魔道具、どのくらいで作れんだ」
オクタヴィアは指を折りながら軽く考える。
「五日ほどあれば、十分よ」
「五日か」
「なら一週間後に迎えをやる。それまでに捕えておけ」
「了解です」
* * *
一人になった部屋で、ヴェルクスは膝を抱えるように座り直した。
ボスは、自分にこの仕事を任せた。
信頼、という言葉が頭の中で嫌に重く響く。
同格。
そんな言葉を、これまで一度も自分に当てはめたことがなかった。
「――次は殺す」
自分に言い聞かせるように呟く。
だが、その言葉の裏で、もう一つの声が囁く。
本当にそうか。
また同じ場所で、同じ男とやり合って、今度こそ勝ち切れる保証があるのか。
答えは出ない。
だからこそ、ヴェルクスは動けずにいた。
慎重、と言えば聞こえはいい。
だが実際のところは、迷いだった。
窓の外、街の灯りが疎らに揺れている。
異世界の夜とは違う、人工の光。
ヴェルクスはそれをしばらく眺めていた。




