第200話 心臓を喰らえ
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私にガソリンをください!!
ズバァァァァァッ!!!
喰爪の相の、喰らいつくような斬撃が心臓を深々と引き裂く。
ドクン――
心臓が、痙攣するように跳ねた。
引き裂かれた断面から血が噴き出し、傷口が内側からせり上がるように蠢く。
繋がろうとしている。
「まだ死んでねえのかよ!?」
喰爪の相が、触れた先から肉を消去していく。
しかし消えた傍から再生が追いついてくる。
消す、再生する。消す、また再生する。
喰爪の根元で、消失と再生の繰り返しが絶え間なく続いていた。
腕に伝わる感触が変わっていく。
肉が喰爪を包み込もうとし、じわじわと外へ押し出してくる。
傷口の縁が盛り上がり、喰爪を呑み込もうとしていた。
「ぐぅぅぅぅぅ……!」
このまま押し切れない。
館全体が唸った。
壁という壁が脈打ち、天井から垂れた管が鞭のようにしなる。
足元の血のプールが沸き立ち、四方から渦を巻いて押し寄せてくる。
* * *
直哉の分体が揺らいだ。
光の粒子が散って、像が消えた。
「くっ——!」
手数が一気に減る。
迫ってきた血の触手を1本はじいたが、次の2本は防御が間に合わなかった。
肩口を打ち、脇腹に食い込む。
真弓は歯を食いしばりながら、8つの魔弾を操り続けていた。
緑の光弾が縦横無尽に飛び交い、迫る血塊や触手を次々と撃ち抜く。
だが息が荒くなっている。
陽平は押し迫る血のプールを抑え続けている。
そのとんでもない質量に圧し潰されまいと、魔素を全開にしており、限界も近い。
最初は血しぶきで赤みがかっていた目が、今では白目が見えないほど真っ赤に充血していた。
「くっ……トラさん、もう……! やばいっ!!」
武虎は喰爪の相を突き立てたまま、それを見ていた。
「ここまでお膳立てされて、倒せませんでしたなんて——そんな情けねえ話はないよな!」
残っている魔素のありったけを放出し、左腕にも黒い爪が顕現させる。
バチバチバチッ――!!
黒い稲妻が両腕を駆け巡り、爪はさらに伸びていく。
いや、伸びるというよりも暴れ始めたと言った方が正しい。
「ぉぉぉぉおおおおお!」
武虎が叫ぶ。
額からは血が流れ、脇腹の傷も塞がっていない。
それでも、その目だけはまったく死んでいなかった。
両腕をゆっくり開く。
長大な黒爪が左右へ広がり、その先端から迸る稲妻が周囲の血飛沫をかき消した。
「これなら届くだろ」
館全体が絶叫する。
「させんぞォォォォォォッ!!!!」
血の海が爆発した。
無数の血流が噴き上がり、壁が裂け、天井が崩れ、触手や血塊が雨のように武虎へ殺到する。
明らかに焦っていた。
これまで余裕を崩さなかったマグナス伯爵が、本能的な危機感を露わにしている。
「トラには指一本触れさせねぇ!!」
直哉が飛び込む。
迫る触手を叩き砕き、横合いから伸びた血槍をバットで弾き飛ばす。
1本防いでも次が来る。
2本防いでも3本飛んでくる。
それでも立ち続ける。
吹き飛ばされながらも、再びバットを振う。
真弓も直哉の攻撃の隙間を塞ぐように、引き金を引く。
ダダダダダッ!!
魔弾が空間を駆け巡り、瞬陣弾が炸裂する。
触手を貫き、血塊を弾け飛ばし、武虎へ向かう攻撃を片端から迎撃していく。
だが数が多い。
撃ち落としても撃ち落としても、その倍の攻撃が押し寄せてくる。
「さっさと諦めな、ワガハイ老害が!!」
額を流れる汗を拭う暇もない。
それでも引き金を引き続ける。
「通さないっつってんだろ!!」
砕陣弾が触手の群れへ突き刺さり、まとめて吹き飛ばした。
* * *
武虎が大きく息を吸う。
視界に映るのは心臓だけだった。
周囲の攻撃、館の咆哮、仲間たちの傷、全部知っている。
だからこそ迷わない。
「お前らの分まで——」
全身の魔素を喰爪へ注ぎ込む。
身体強化に使っている分も、防御の分も、残っている魔素も全部だ。
両腕の喰爪が限界まで膨れ上がる。
「全部——」
黒い稲妻が荒れ狂う。
喰爪は巨大な獣の牙のように変貌していた。
「ぶち込んでやるッ!!!!」
両足で踏み込み、全身を捻る。
マグナス伯爵が絶叫する。
「やめろ!!
やめろやめろやめろ、やめるのだァァァァッ!!!!」
触手が迫る、血槍が襲う、血塊が降る。
だが届かない。
直哉が砕き、真弓が撃ち落とす、そして陽平が押し返す。
すべては武虎の攻撃のために。
「オオオオオオオオオオオオオオッ!!!!」
そして、両腕を交差させた。
ズバァァァァァァァァッ!!!!!!
巨大な十字の斬撃が心臓を四等分に切り裂く。
断面は即座に再生を始める。
肉が蠢き、血が集まり、再び繋がろうとする。
だが間に合わない。
喰爪の相に宿った黒い稲妻が、切断面から内部へ喰らいついていた。
バチバチバチバチバチッ――!!
黒い亀裂が一気に広がり心臓を消失させていく。
四つに裂けた心臓は、そのまま黒い稲妻の奔流に呑み込まれていった。
ズガァァァァァァァァッ!!!!!!
巨大な閃光の後には、何も残らない。
心臓は完全に消滅していた。
次の瞬間、館全体が悲鳴のような絶叫を上げる。
壁が軋み、天井が割れ、床が大きく波打った。
「ァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!」
マグナス伯爵の断末魔が、洋館全体から響き渡った。




