断章その14 限界の駆け引き
気づいたら主人公がまったく登場しない話になってた。
ということで、敵方がメインの話しは断章とし、話数を振りなおしました。
断章はメインの話しと同時並行、という感じです。
本日も断章とメインの話しをアップしています。
柳太郎が粉塵の中から姿を現す。
転身で街灯と位置交換することで直撃こそ免れたものの、無傷ではなかった。
爆心地の余波――膨れ上がった熱風と衝撃波が、離れた位置にいた柳太郎の体まで叩きつけていた。
右腕から先の感覚が鈍い。
爆風に叩きつけられ、肩口の布は焦げて裂け、露出した皮膚には酷い裂傷が走っている。
足元がふらつき、片膝が崩れかけた。
(……なんという威力だ)
膝に力を入れ、崩れかけた体を叱咤する。
息が、まともに吸えない。
一方のヴェルクスは、爆心地の中心でゆらりと立ち上がる。
肩で息をしながらも、口元には笑みが浮かんでいる。
「ちっ……躱しやがったか」
吐き捨てるように呟いた。
腕から先が、小刻みに震えている。
(――くそったれ、あの短時間でこの威力かよ)
浄罪を使った反動は、想像以上だった。
魔素が底を突きかけている。
指先一本動かすのも億劫なほどの疲労が、全身を覆っていた。
だが、それを表に出すわけにはいかない。
ヴェルクスは、努めて飄々とした態度を崩さなかった。
* * *
見た目だけを比べれば、柳太郎の方が傷は目立つ。
頬の切り傷、焼け爛れた右腕、乱れた呼吸。
対するヴェルクスは、外傷こそ多いものの、立ち姿には余裕すら滲んでいた。
傍から見れば、勝敗はすでに決しているように映る。
しかし柳太郎は、なおも構えを解かなかった。
「……はっ、まだまだやる気な顔だな」
ヴェルクスが片眉を上げる。
「知れたことよ」
柳太郎の声は掠れていたが、意志だけは折れていなかった。
足元がふらつく。
それでも、拳を握り直す。
(この状態で、もう一度あれを撃たれたら――)
分の悪い賭けだということは、柳太郎自身が一番分かっていた。
それでも、退くという選択肢はなかった。
ヴェルクスは、そんな柳太郎を見て、小さく息を吐いた。
「無理すんな。見りゃわかる、もう限界だろうが」
図星を突かれ、柳太郎の眉がぴくりと動いた。
「――ここまでやりゃ十分だろ。続けても意味ねぇ」
ヴェルクスが、肩の力を抜く。
「これでわかっただろう。
さっさと神谷を出せ。
次はもっとひどくなるぜ」
スマホを取り出し、どこかに連絡をしながら立ち去る。
* * *
柳太郎は、追わなかった。
いや追えなかった、というのが正確だろ。
両足に力を込めるだけで、視界が白く点滅する。
崩れた通りの向こうから、1台の車が近づいてきた。
運転席には、矢島の顔があった。
窓を開け、震える声で言う。
「……お、お待たせしました」
ヴェルクスは何も言わず、助手席のドアを開けて乗り込んだ。
シートに体を沈めると同時に、詰めていた息が漏れる。
車が走り出す。
遠ざかる後部座席の窓越しに、崩れ果てた駅前の光景が流れていった。
柳太郎は、その場に立ち尽くしたまま、遠ざかる車を見送るしかなかった。
車が完全に見えなくなった瞬間、張り詰めていた気力が切れた。
片膝が、崩れるように地面へ落ちる。
「……っ」
肩が大きく上下する。
右腕はほとんど感覚がなく、指先すら思うように動かせなかった。
椎名たちが、ようやく物陰から駆け寄ってくる。
「柳太郎さん――!」
「大丈夫ですか、しっかりしてください……!」
声が幾つも重なる。
柳太郎は片手を挙げ、大丈夫だ、と伝えようとしたが、言葉にはならなかった。
代わりに、荒い息だけが漏れる。
視界の端に、巨大なクレーターが映っていた。
自分がもし転身を使えていなければ、今頃あの穴の底にいたはずだった。
(――危なかった)
背筋を、今さらのように冷たいものが走り抜けた。
* * *
車内。
ヴェルクスは、窓に肘をつき、外を眺めながら小さく笑った。
表情には、余裕すら滲んでいる。
だが、その内実は違った。
魔素はほぼ空。
指先の感覚さえ怪しい。
浄罪を放つということは、己の底を晒すということだ。
今、まともに戦えと言われても、立っているのがやっとだった。
正直なところ、柳太郎よりもよほど深刻な状態にある。
だが、それを気取らせてはならなかった。
あの男が、こちらの本当の消耗に気づいていたら――そう考えるだけで、背筋が冷える。
今の自分にできることは、せいぜい椅子に座っていることぐらいだ。
指一本動かすだけでも、内側から軋むような疲労感が這い上がってくる。
(あと一戦、いや、あと一撃でもやり合ってたら……危なかったのはこっちだったかもな)
口には出さない。
出すわけにはいかない本音だった。
(……ハッタリも、楽じゃねえな)
助手席のシートに深く体を預ける。
矢島には、決して悟らせない。
組織の連中にも、悟らせるわけにはいかない。
弱っていると知られれば、それだけで足元を掬われる。
そういう世界に、ヴェルクスは長く身を置いてきた。
だから今は、眠ったふりをする。
それが、一番楽な虚勢の張り方だった。
「……お疲れ様でした」
矢島が、恐る恐る声をかけてくる。
返事はなかった。
規則正しい寝息――に見えるものが、車内に響くだけだった。
窓の外を、朝の街の景色が何事もなかったかのように流れていく。
* * *
数時間後。
駅前の大穴は規制線で囲われ、報道のヘリが上空を旋回し続けていた。
テレビには「原因不明の大規模爆発」というテロップが流れ、専門家らしき人物が困惑した様子でコメントしている。
政府側は、すでに事態を把握していた。
柳太郎からの報告は、岸本を通じてダンジョン課へ即座に上げられている。
現場に残されたのは、50メートル四方の巨大な穴と、崩れ果てた街並みだけだった。




