第194話 マグナス伯爵
気づいたら主人公がまったく登場しない話になってた。
ということで、敵方がメインの話しは断章とし、話数を振りなおしました。
断章はメインの話しと同時並行、という感じです。
本日も断章とメインの話しをアップしています。
マグナス伯爵は血の玉座に腰を下ろしたまま、片肘を肘掛けに乗せ、顎をわずかに上げて4人を見ていた。
沈黙が続く。
広間に残っているのは4人の荒い呼吸と、血のプールが揺れる微かな音だけだ。
やがて伯爵が口を開いた。
「……なるほど。
吾輩に挑む資格はあるようだな」
「余裕ぶってんじゃねぇよ」
「武虎」
直哉が制した。
武虎は舌打ちして黙ったが、視線は伯爵から外さない。
「傷を癒せ。
久々の戦いだ、怪我をしているものをなぶってもつまらん」
「……なに余裕ぶってんだよ」
陽平が眉をひそめる。
「そんなにやる気満々なら、今すぐかかってこいっての」
「くはははは、元気がいいな!!」
マグナス伯爵が牙を剥いて笑った。
獲物を前にした獣のような笑みだった。
「久々の獲物だ。存分に楽しませてもらうぞ」
その瞬間、広間の空気が重くなる。
血のプールが波打ち、おぞましい魔素が噴き上がった。
まるで広間全体が呼吸を始めたかのようだった。
「……うわ」
陽平の表情から笑みが消え、思わず一歩引いた。
強い、予想以上だ。
「陽平!」
「わかった」
直哉の言葉に、陽平は頷いてその場に膝をついた。
木刀を床に突き立て、目を閉じる。
「水操:肆式 和修吉」
木刀の周囲に水の粒子が集まり、足元の石畳に淡く光る魔法陣が広がっていく。
水の蛇が魔法陣の縁をなぞるように這い、やがてじわりと光が4人全員を包んだ。
温かい、と直哉は思った。
脇腹の引っかき傷が、内側から熱くなって塞がる感覚がある。
腕の痺れが抜けていく。喉の渇きが薄れる。
武虎の腕の傷口も、光の中でゆっくりと癒えていく。
「んでもって、水操:顕装参式 沙羯羅!!」
水の蛇が4本、するすると這い出してくる。
1本ずつが4人へ向かって伸び、体に絡みついた。
蛇の鱗が溶けるように体に広がっていく。
皮膚の表面を薄い膜が覆い、直哉は体の内側から熱が満ちてくるのを感じた。
「よし」
直哉はバットを握り直した。
「みんな、端から飛ばすぜ!」
全員が頷いた。
* * *
直哉が先に踏み込んだ。
バットを下段に構え、走った。
血のプールを踏み込んだ瞬間、ドパンッ——赤い飛沫が四方へ飛び散る。
走るたびに血飛沫が舞い上がる。
バットの先が血を裂き、左右へ赤い波が走る。
一直線に伯爵へ向かう。
「——ほう」
玉座から立った伯爵が、長槍を横薙ぎに振るう。
圧と速度だけなら、直哉の踏み込みなど止まるはずだった。
直哉は跳んだ。
蜻蛉飛びで空中を踏切り、槍をかわし、伯爵の背後へ抜ける。
「砕陣!!」
振り返りざまに、後頭部へバットを叩き込んだ。
ズドンッ。
砕陣の輝きが炸裂し、頭部が大きく吹き飛んだ。
しかし、足元から血が引き寄せられ、次の瞬間には頭部が元通りになっていた。
「なかなかやる」
頭を吹き飛ばされながら、さも当然のように言った。
武虎が続いた。
断裂猛襲が胴体を砕く——傷口が蠢き、瞬時に元に戻る。
真弓の砕陣弾が肩口を抉る——傷口が泡立ち、切れかけた腕がボトリと落ち、血のプールに消える。
がそれと同時に、ブシュと新しい腕が生えてきた。
陽平の難陀が両腕を締めあげ砕く——骨がミシミシと鳴り、形が歪んだ腕が、ずぶずぶと元に戻っていく。
「くははは、よいよい!! 久しぶりの痛みだ!!」
伯爵は笑っていた。
4人分の攻撃を全身に受けながら。
「……っ」
直哉は奥歯を噛んだ。
(攻撃を当てても、すぐ戻る)
「こいつ、効いてねえのか……!?」
拳を叩き込む。
骨を砕く感触があるが、すぐに元に戻った。
「ふざけんな!!」
もう1発、今度は顔面へ。
が、目の前で癒えていく。
「マジで平気なのかよ!?」
陽平の声が上ずっていた。
伯爵が槍を構え直した。
「では今度は吾輩から参ろうか」
踏み込んだ瞬間、槍が閃く。
直哉が躱し、武虎が腕で受けた——2人同時に吹き飛んだ。
「簡単には死んでくれるなよ」
* * *
槍が一閃、直哉へ——直哉は右へ転んだ。
石畳を転がりながら立つ。
伯爵が向きを変え、今度は武虎へ走る。
「来やがれっ!!」
武虎が踏み込んで迎え撃つ。
拳と槍がぶつかり、武虎が吹き飛んだ。
伯爵が追う。
着地の瞬間を狙って槍を振り下ろす——武虎は横へ転がった。
穂先が血のプールを割り、赤い飛沫が散った。
「くそがっ……!!」
立ち上がる前に、今度は柄が来た。
「ちぃ!」
武虎が槍の柄を蹴り上げた。
だが、マグナス伯爵は意にも介さなかった。
「甘い」
片手で槍を掴み直し、そのまま力任せに振り下ろしてくる。
だが、その瞬間だった。
ダダダダッ!!
砕陣弾が伯爵の腕へ連続で突き刺さる。
腕が大きく弾かれ、握っていた槍が手からこぼれ落ちた。
武虎は反射的に後ろへ飛んだ。
やばかった、あと一瞬遅れていたら、まともに食らっていた。
武虎の背中を冷たい汗が伝う。
「トラさん!」
陽平がマグナス伯爵に向けて、難陀を繰り出す。
水の蛇がうねりながら伯爵へ飛びかかった。
「縛れ!」
難陀が腕へ絡みつく。
だが伯爵は笑った。
「面白い」
捕らえられた腕が、ぐちゅりと崩れる。
そして、赤黒い液体になった腕が広がり、難陀へ覆い被さっていく。
ぐちゅ、ぐちゅ、ぐちゃ、ぐちゃ。
蛇が飲み込まれていく。
「ちょっ、ちょっ、ちょっ!
気持ち悪っ!! なんだこれ!?」
陽平が思わず後ずさり、慌てて魔素の供給を断つ。
難陀が消え、液状の腕がダラリと下がる。
「真弓、陽平、助かったぜ」
「らしくねえな、筋肉。もうお疲れか」
「へっ、言ってくれるじゃん。
まだまだここからだぜ」
「ていうかなんだよあの手! キモすぎるだろ!」
陽平が叫ぶ。
伯爵は楽しそうに笑った。
液体になっていた腕は、いつの間にか元通りになっている。
「くはははは!」
「笑ってんじゃねぇよ!」
「どうした、そんなに離れて。
次は追いかけっこか?」
伯爵が片手を上げると血のプールが波打った。
ゴポリ、ゴポリ、ゴポリ。
ぼこぼこと膨らんだ血の塊が空へ浮かび上がった。
「くそ、今度はなんだ!?」
直哉が叫ぶ。
「これ嫌な予感しかしないんだけど!」
陽平が顔を引きつらせる。
予感は当たった。
血塊が一斉に動き、弾丸のような速度で飛んできた。
ビュオッ!!
直哉が横へ飛ぶ。
直後、背後の石柱が吹き飛んだ。
「威力高すぎだろ!?」
「文句言ってる暇あったら避けろ!」
真弓が飛来した血塊を砕陣弾で打ち抜く。
バシャンッ!!
赤い塊が弾け飛ぶ。
「はっ、どうよ!」
「真弓、まだだ!」
武虎が即座に言った。
砕けた血液が宙で集まり始めている。
数秒もしないうちに元の球体へ戻った。
「さすが再生マンの親玉だ、速度もピカイチじゃねえか」
「姉ちゃん、関心している場合!?」
血塊は止まらない。
正面から迫った1発を直哉が飛び越える。
その直後、別の血塊が下から突っ込んできて天井を粉砕した。
砕けた破片が雨のように降り注ぐ。
「陽平、後ろだ!」
直哉が叫ぶ。
「えっ!?」
振り返った時には、もう血塊が目の前まで迫っていた。
陽平は反射的に木刀を差し込む。
ドガァッ!!
激突の衝撃が腕を貫いた。
踏ん張る暇もない。
体ごと吹き飛ばされ、血のプールの上を何度も跳ねながら転がる。
「ぐぇっ!?」
ようやく止まった陽平が顔を上げる。
その頭上を、追撃の血塊が唸りを上げて通過した。
* * *
「壊せねえなら、消すまでだ!
断裂猛襲ッ!!」
武虎が踏み込む。
迫ってきた血塊を真正面から断裂猛襲で食い破る。
グォンという音と共に、血塊が消滅する。
「ほう、やるものだな。
さて、それがいつまで続くかな」
マグナス伯爵が愉快そうに目を細めた。
「だったら――」
直哉が血塊をかわす。
横を通り過ぎた塊が床を抉り、大量の血飛沫が舞い上がる。
「みんな、下がっててもラチがあかない!
活路は前だ!!」
叫ぶと同時に駆け出した。
血のプールを蹴る。
ドパンッ――!!
飛沫を撒き散らしながら一直線に伯爵へ向かう。
「くはははは、その心意気、滾る、滾るぞ!」
伯爵が楽しそうに笑った。
その横を武虎も追従する。
「だよなぁ!」
さらに反対側から陽平も走り出した。
「結局そうなるんだよ!!」
泣き言を言いながらも足は止まらない。
後方では真弓が拳銃を構えていた。
「アタシに射撃で勝てると思ってるのかよ!」
ダンッダンッダンッダンッ!!
魔弾が放たれる。
緑色の光弾が一直線に飛ぶ。
だが、それで終わりではない。
真弓の意思に従って、光弾の軌道も変化する。
右へ、左へ。
急降下、急上昇。
血塊が直哉へ迫る。
その目前に割り込み、魔弾が貫いた。
ドバッ――!!
赤黒い血が空中で爆ぜる。
別の血塊が武虎を狙う。
今度は横から飛来した魔弾が軌道を変えながら追いつき、中心を撃ち抜いた。
さらにもう一発。
陽平へ向かう血塊の前へ滑り込む。
まるで獲物を追う猛禽のようだった。
次々と血塊が撃ち落とされる。
血の軌道を、真弓の魔弾が上回る。
「相変わらず反則みたいな操作だな!」
武虎が笑った。
血塊は伯爵が操っている。
だが、空間を支配しているのは真弓だった。
* * *
その隙を見逃さなかった。
直哉たちが一気に距離を詰める。
「姉ちゃん、ナイスだ!」
陽平が叫ぶ。
「当然」
真弓は短く返し、間髪入れず引き金を引いた。
ダンッ!!
砕陣弾が伯爵の肩を穿つ。
さらに2発。
ダンッ! ダンッ!
今度は膝。
さすがの伯爵も体勢を崩し、わずかによろめいた。
その一瞬を、直哉たちは見逃さない。
「今だ!」
直哉が血のプールを蹴る。
ドパンッ――!!
赤い飛沫が舞う。
武虎も並ぶように加速した。
陽平も半歩遅れて後を追う。
三方向から一気に距離を潰す。
伯爵との間合いはみるみる縮まり、血塊が飛び交う危険地帯を強引に突破していく。
「楽しい、楽しいなあ!!」
赤い瞳が愉悦に細められる。
鋭い牙をむき出しにしたまま、伯爵が笑う。
直哉たちが肉薄してくることさえ歓迎しているようだった。




