第192話 血の玉座
気づいたら主人公がまったく登場しない話になってた。
ということで、敵方がメインの話しは断章とし、話数を振りなおしました。
断章はメインの話しと同時並行、という感じです。
本日も断章とメインの話しをアップしています。
3階まで登るのに、さほど時間はかからなかった。
2階へ上がったあとも、館は変わらずモンスターを生み出し続けていた。
壁際の影が揺らぎ、廊下の隅や天井近くの暗がりからグールやスペクターが姿を現す。
だが、最初の頃のような嫌な緊張感はもうない。
影から滲み出たグールの頭を武虎が拳で砕く。
間を置かず現れたスペクターは真弓の砕陣弾に撃ち抜かれ、そのまま霧のように消えた。
「やっぱ硬ぇな」
武虎が拳を振って血を払う。
「1発多く当てないとだめ」
真弓が淡々と言った。
「赤い月の影響だろうな。
でも、もうだいぶわかってきた」
直哉が答える。
「だな」
武虎が頷いた。
「最初みたいに無駄遣いしなくなったしね」
陽平も続く。
「スペクターは真弓、グールは武虎。俺と直哉はフォロー。
割と形になってきたじゃん」
廊下の角から新たなスペクターが浮かび上がる。
だが動き出すより早く、砕陣弾が胸を撃ち抜いた。
そのまま崩れる。
「思ったよりなんとかなってるな」
武虎が笑った。
「もっと地獄かと思ってた」
「その台詞あとで回収されるやつだからやめて」
陽平が即座に突っ込む。
* * *
4人はそのまま足を止めず先へ進む。
途中で何度もモンスターが現れたが、苦労なく倒す。
どれだけ魔素を込めればいいのかも、どこを狙えばいいのかも、もうわかっていた。
部屋を調べ、廊下を進み、また敵を倒す。
探索は拍子抜けするほど順調だった。
「3階だ」
先頭を歩いていた武虎が足を止めた。
廊下の突き当たりに、ひときわ大きな扉が立っている。
両開きの重厚な扉だった。
木製だが表面には金属の装飾が施されており、蔓草のような模様が一面に刻まれている。
把手は黒く鈍い光を放ち、まるでその先が別の領域であることを示しているようだった。
「……ここだな」
陽平が声を潜める。
誰も答えない。
答えるまでもなかった。
扉の向こうから漏れ出している魔素は、これまでとは明らかに質が違う。
空気そのものが重くなったような圧迫感があった。
「ボス部屋って感じだな」
武虎が肩を鳴らす。
「みんな余力は?」
陽平が聞く。
「充分」
真弓が即答した。
「俺も大分抑えられたぜ」
「よし、なら行くか」
直哉は把手に手をかけた。
「行こう!!」
扉が重い音を立てて開く。
* * *
むわっ、とした空気が流れ出した。
血の匂いだ。
鉄錆を思わせる、生暖かい臭気が鼻を刺す。
「うわっ……」
陽平が顔をしかめる。
直哉も思わず眉を寄せた。
広間だ。
天井が異様に高い。
壁沿いには砕けた彫刻が並び、高い位置には割れた窓が連なっている。
窓から差し込む赤い月光が広間全体を染め上げていた。
そして――広間の3分の2以上が血のプールに覆われている。
表面は静かに揺れているだけなのに、その奥は深く、底がまったく見えない。
入口から伸びる石畳の通路だけが、かろうじて残されていた。
「……何これ」
陽平が呟く。
「趣味悪いな」
武虎も顔をしかめる。
4人で中へ入る。
最後の1人が敷居を越えた瞬間だった。
バタンッ。
重い音が広間に響く。
閉じた扉に把手はない。
閂もない。
ただ巨大な扉が壁の一部のように立っているだけだった。
「ちっ、やっぱりか」
武虎がため息を吐いた。
「また閉じ込められた」
「予想通り過ぎる」
自然と全員の視線が前へ戻る。
血のプールに波紋が広がる。
ゆっくりと揺れながら、その中心へ向かって渦を巻きはじめる。
その渦の中心から――頭が現れた。
まず黒い長髪が浮かび上がる。
続いて額、眉、閉じられた瞼。
青白い顔。
肩。
胸。
腰。
血の中から人が現れているというのに、水音ひとつしない。
ただ静かに、重力を無視するように浮上してくる。
足先まで姿を現したところで、その人物は空中に留まった。
宙に浮いたまま直立している。
やがて目が開いた。
深い赤色の瞳だった。
感情が見えないその瞳で、確認するように4人を見渡していく。
長い沈黙が落ちる。
「……よく来た」
低く静かな声が広間に響いた。
「この館に迷い込んだ者を、我は歓迎する――」
口元がわずかに吊り上がる。
「――糧として、な」
「うわ、言った」
陽平が小さく呟く。
「完全にボスだな」
武虎が答えた。
* * *
血のプールが動いた。
ぼこり、と表面が膨らむ。
次の瞬間、ゴボゴボと渦を巻きながら血が男の足元へ引き寄せられていく。
赤黒い液体はズルリ、ズルリと脚へ這い上がる。
赤黒い血が脚を覆う。
その表面が鈍く光ったかと思うと、液体だったはずの血が硬質な装甲へと変わり始めた。
血はそのまま脚から胸元へ這い上がる。
腰当てが形作られ、最後に胸元を覆う重厚な甲冑となった。
右手には長槍が生まれる。
血と同じ色をしているのに、そこにあるのは液体ではない。
鋼のような重量感を持つ武具だった。
男がゆっくりと視線を巡らせる。
「我はマグナス伯爵。
この館の主にして、この血の城の守護者――4層の番人だ」
直哉が伯爵を指差した。
「お前を倒せば先に進めるんだろ?」
マグナス伯爵の眉がわずかに動いた。
「面白いことを言う。
倒せると、思っているのか?」
その赤い瞳は本気で問いかけていた。
武虎は笑った。
「ああ」
即答だった。
一歩前へ出る。
「勝てるかどうかなんて、やってみなきゃわかんねぇだろ」
拳を鳴らす。
「でもな――」
視線を伯爵へ向ける。
「俺たちは、お前を倒しに来た」
武虎の隣で直哉もバットを構えた。
陽平が木刀を肩に担ぎ、真弓が静かに銃口を上げる。
「全員でな」
直哉も続けた。
マグナス伯爵はしばらく4人を見つめる。
やがて静かに頷いた。
「――よかろう」
血のプールへ手をかざす。
儀式めいた動作だった。
プールの表面に波紋が走る。
血のプールが波打った。
ぼこり、と。
表面に生まれた膨らみが1つ、2つと増えていく。
次の瞬間。
ドバァッ――!!
血飛沫を噴き上げながら、人影が躍り出た。
1体だけではない。
こちらで弾け、
あちらで噴き上がり、
まるで血の海そのものが怪物を産み落としているかのように次々と姿を現す。
赤い月光を浴びながら、青白い肌がぬらりと光る。
瞳は深紅。
指先から伸びる爪は刃物のように鋭い。
不自然なほど長い手足を揺らしながら、血を滴らせた魔物たちが石畳へ降り立った。
タッ――
タッ――
タッ――
タッ。
4つの影が一直線に並ぶ。
レッサーヴァンパイア。
マグナス伯爵の眷属たちが、赤い瞳で4人を見つめていた。
『レッサーヴァンパイアを確認しました。
眷属の下位個体と思われます。機動力と再生力に注意してください』
「俺たちと同じ数だな」
武虎が拳を握る。
「わかりやすくて助かる」
真弓が銃を構えた。
「親玉はこちらで観戦って感じか」
陽平が呆れたように言う。
マグナス伯爵は答えない。
代わりに血の一部が盛り上がり、大きな玉座を形作った。
マグナス伯爵はそこへ腰を下ろし、肘掛けに腕を乗せて足を組む。
「――楽しませてみせろ」
退屈そうな声だった。
だが、その目だけは違う。
本気で期待している。
面白いものを見せろと心から望んでいた。
「気に入らねぇな」
武虎が言う。
「めっちゃ気に入らない」
陽平も同意する。
「あとでぶん殴ろう」
直哉が笑った。
真弓は短く頷く。
「ん」
次の瞬間、4体のレッサーヴァンパイアが同時に動いた。




