断章その10 拮抗
気づいたら主人公がまったく登場しない話になってた。
ということで、敵方がメインの話しは断章とし、話数を振りなおしました。
断章はメインの話しと同時並行、という感じです。
本日も断章とメインの話しをアップしています。
最初に動いたのは、ヴェルクスだった。
様子を見るつもりなど最初からない。
一歩で、間合いがゼロになった。
常人の目には消えたようにしか映らない速度だった。
柳太郎も動いた。
後退しない。むしろこちらへ向かってくる。
ドンッ——!!
空気が爆ぜるような音が先に鳴った。
肩口を狙った一撃が、半歩分の差で外れる。
拳は虚空を裂き、そのまま背後の石畳へ突き刺さった。
ビキビキビキッ——!!
石畳が放射状に砕け、亀裂が3メートル先まで走る。
(……読まれた)
反転し、逆側から横薙ぎ。
柳太郎の体が崩れた——いや、崩れたように見えた。
重心を低く落とし、半身になり、拳の軌道のすぐ外側へ体を逃がす。
肘が、ヴェルクスの腕に軽く触れた。
ただ触れただけのはずが、腕全体の力の方向がずれた。
振り抜いた軌道がそのまま外へ流され、拳圧だけが先に進み、近くの街灯が大きく撓む。
「……ほう」
ヴェルクスの口元がわずかに歪む。
(流したのか)
柳太郎は何も答えない。
低く構えたまま、静かにこちらを見据えている。
ヴェルクスが再び踏み込んだ。
拳。肘。蹴り。
連撃が広場を埋める。
椎名たちには何が起きているのか、ほとんど見えない。
2つの人影が交錯するたびに轟音だけが響き、周囲の景色だけが壊れていく。
ズッ!! ドンッ!! バンッ!!
柳太郎は一つも受け止めなかった。
体を沈め、回し、わずかに横へずらす。
直撃のはずの一撃が、すべて紙一重で逸れていく。
外れた拳は地面や柱を砕き、植え込みを吹き飛ばした。
接近するたびに、柳太郎の手がヴェルクスの腕や肩に触れる。
払われているのか、誘導されているのかわからない。
ただ、触れられるたびに体勢が崩れる。
(……何だ、この感覚)
力で押しても、押し返されているわけではない。
受け流されているのとも、少し違う。
こちらの力そのものを使われて、軸を持っていかれている。
「なるほどな……」
ヴェルクスが笑った。
ヴェルクスは一度、大きく踏み込んで腕を掴みにいった。
捕まえれば終わりだと判断した。
掴んだ。確かに腕を捉えた。
柳太郎の体が沈み、肘が支点になる——
重心を持っていかれる感覚。だが、ヴェルクスはその動きに逆らわず、むしろ自分から跳んだ。
体が宙を舞った。
高さにして3メートル近く。
宙で体を捌き、手のひらで衝撃を受けながら転がって立ち上がる。
着地の瞬間、足元の石畳が衝撃で割れた。
柳太郎の目がわずかに細められる。
(……着地したか)
投げ切ったはずだった。
普通なら、あの体勢から立て直すことはできない。
だがこの男は、外された重心ごと自分で操って、衝撃を殺してみせた。
「なかなかやるもんだ」
ヴェルクスが言う。
「よそ者が、大きな口をたたくものだ」
柳太郎が静かに返す。
2人は再び距離を取る。
* * *
今度は柳太郎が先に動いた。
姿が、消えた。
椎名の目には一瞬の残像だけが見えた。
気づけば柳太郎はヴェルクスの懐に入り込んでいる。
体を低く沈め、腕を取り、肩を支点に体を入れる——崩しの形だった。
決まる、はずだった。
しかし、ヴェルクスの体が想定より重かった。
崩されかけた体勢のまま、足の運びだけで耐えている。
力任せではない。技の軌道がわずかにずれた。
「ぐっ……」
柳太郎が短く息を詰めた。
崩しきれなかった分だけ、自分の体勢も崩れる。
2人とも体勢を立て直しながら離れた。
その「離れる」動作だけで、2人の足元の石畳が同時に陥没した。
(……崩れる寸前で止めたか)
柳太郎は内心、わずかに驚いていた。
一方、ヴェルクスは肩を回しながら相手を見据える。
(……ちっ、やりづれぇな)
フワフワと虚実を混ぜる、得体の知れない戦い方だ。
当たると思った瞬間には外れている。触れたと思えば、軌道ごと変えられる。
体の使い方そのものが、自分の知るどの戦闘術とも違う。
知らない理屈だった。ただ、こちらも完全にはやられていない。
互いに決め手を欠いたまま、均衡だけがその場に生まれていた。
「……そろそろ本気を出してもらえるか」
ヴェルクスが口元を吊り上げた。
「御託はいい」
柳太郎がゆっくりと腰を落とす。
「なぜ神谷君を狙うのか、すべて話してもらうぞ」
足の重心が、さらに沈んだ。
体の中心に、何かが集まっていく気配があった。
同時に、ヴェルクスも魔素を引き上げ始めた。
足の裏から、腹の底から、全身へ押し広げるように。
広場の空気が変わる。
ビルの陰で待機していた椎名たちが、本能的に一歩引いた。
「行くぜ」
ヴェルクスが嗤う。
ビルの谷間に漂う朝靄が、音もなくゆらりと揺れた。




