第191話 再訪、そして上へ
気づいたら主人公がまったく登場しない話になってた。
ということで、敵方がメインの話しは断章とし、話数を振りなおしました。
断章はメインの話しと同時並行、という感じです。
本日も断章とメインの話しをアップしています。
ハァッ、ハァッ……。
4人の荒い呼吸だけが、広間に重なる。
武虎は膝に手をつき、肩を大きく上下させていた。
真弓は壁に寄りかかり、肩で息をしている。
陽平はその場にへたり込みそうな格好で、荒い息を吐いていた。
直哉も例外ではない。腕が鉛のように重く、喉の奥が灼けるように渇いている。
床には抉られた跡と、血の赤黒い飛沫が散っている。
壁は相変わらず、ゆっくりと脈打っている。
その抉れた床も、じゅくり、じゅくりと音を立てて蠢いていた。
壊れた場所から赤黒く濁った液体が滲み出し、石材そのものが練り直されるように、少しずつ穴を塞いでいく。
眷属だけでなく、洋館そのものが、絶えず自分自身を修復しているらしい。
「ぶはぁ、結構キツかったー。みんな大丈夫か?」
陽平が肩で息をつきながら言った。
「ああ、傷自体は大したことない。しかし魔素を使いすぎちまった」
武虎が腕を回しながら答える。
「だよね、防御力がやばかった。長期戦になってたらまずかったかも」
直哉も同意した。
「でも、みんな強くなった。攻撃力いい感じね」
真弓が壁から体を起こしながら言う。
「奥に2階に上がる階段があるな」
奥を見ると、壁に沿って2階に上がる階段が弧を描いて配置されている。
「どうする?」
「うーん、一旦戻らないか? 敵も想定以上に頑丈だし、魔素も心もとない」
直哉は素直にそう思った。
「そうだね、俺も結構減ってる」
陽平がうなずく。
『直哉、あなたの魔素も残り200弱です。
私の魔素で転移分は補えますが、これ以上戦闘を続けると、転移が困難になります』
「そうだな、2階に上がったらまた何があるかわからないし、余裕があるうちに戻るか」
武虎が結論を出した。
陽平が頷き、踵を返しかけてふと足を止めた。
「……あれ」
「どした?」
「いや、ちょっと待って。
俺ら転移で帰れるけど……普通の探索者って、どうすんの?」
全員が、一瞬止まった。
「……あー」
武虎が天井を見上げた。
「言われてみれば」
「玄関扉、閉まったままだよな?」
陽平が続ける。
「あの重い扉。外からってか、内側から開けられる?」
直哉は記憶を辿った。
入ってきた扉は、中に入った瞬間に勝手に閉まった。
把手はあった気がするが、その後確かめていない。
『玄関扉の構造から判断すると、内側からの開錠は困難と思われます。
館の魔素が制御している可能性があります』
「……じゃあ、普通に来た探索者は、出られない?」
「この洋館から? まあそりゃそうだろ」
武虎が鼻を鳴らした。
「ボスを倒すか、力ずくで扉を壊すか、そのどっちかじゃないか」
「怖すぎるんだが」
「4層だしな」
「というか……俺ら転移できてよかったよね」
陽平がしみじみ言った。
「ぬははは、俺に感謝するがよい」
直哉が腕を組み、ドヤ顔で胸を張った。
「すぐ調子乗るよなー」
陽平が笑いながら脇腹を小突いた。
転移がなければ、ここに閉じ込められたまま少ない魔素でボスに向かうか、玄関の扉を壊すかしかない。
どちらもかなりきつい。
「まあ、俺たちはそのへん気にしなくていいか」
武虎がさらりと言った。
「帰れるわけだしな、ずるいよな俺たち」
陽平が笑いながら続ける。
「明日また来よう。
転移でここに直接入れるし、ボス部屋の前まで一気に行けるはずだ」
「それでいこう」
直哉は転移門を展開した。
* * *
翌日。
4人は眷属と戦った広間の跡地に降り立った。
足元の石畳は、継ぎ目もわからないほど滑らかに直っていた。
壁際の燭台や砕けたはずの家具も、何事もなかったかのように元の位置に収まっている。
昨日の激闘が嘘だったかのように、広間は静かに整っていた。
ただ、眷属の姿はない。
「……リポップしてない」
陽平がほっとしたように言った。
「よかった」
直哉も素直にそう思った。
眷属を毎日倒す羽目になったらそれだけで消耗する。
ただ、空気は変わっていない。
そこら中から漂ってくる腐臭も、窓の隙間から差し込む赤い光も同じだ。
外を見ると、霧の中に赤く滲んだ光源が浮かんでいた。
昨日と変わらない赤い月だ。
(……ずっとこのままなのか)
「外、まだ赤いな」
武虎が窓の方を見ながら言った。
「ボスが生きてるうちは、ずっとこうなんじゃないかな」
陽平が言う。
(『ボスの魔素が館全体に循環しており、外部環境もその影響下にあると考えられます。
ボスを倒すまでこの状態は続く可能性が高いです』)
「じゃあさっさと片付けるか」
武虎が拳を鳴らした。
4人は広間を横切り、昨日見つけた階段へ向かった。
壁に沿って弧を描く石段が、ぼんやりと赤い光を帯びている。
踏み出すたびに、表面がわずかに脈打つように蠢いた。
「よし」
直哉は階段に足をかけた。
「行くぞ」




