断章その9 無人の街
気づいたら主人公がまったく登場しない話になってた。
ということで、敵方がメインの話しは断章とし、話数を振りなおしました。
断章はメインの話しと同時並行、という感じです。
本日も断章とメインの話しをアップしています。
電話が繋がったのは朝の7時だった。
「藤堂さん、対象に動きがありました」
岸本の声は静かだったが、その一言で藤堂柳太郎は椅子から腰を上げる。
「昨日宣言した通りですか?」
「はい。対象は昨夜から事務所に留まっていましたが、先ほど動き出したとの報告が入りました。
警察が一晩中監視を続けており、移動を確認次第すぐに共有する体制になっています」
「駅の特定は?」
「できています。
昨日の暴力事件の現場と、事務所の位置、それと――昨夜の動画で宣言した内容。
3点を照合した結果、移動経路は1本に絞られます。
○○駅です。周辺半径五百メートルの住民への避難指示は、30分前に完了しました」
「わかりました。向かいます」
「お願いします。一点だけ――
対象の能力について、詳細はまだ不明のままです。
昨夜の動画から推測できる範囲のことはお伝えしましたが、それ以上のことはわかっておりません」
「ええ、わかっています」
藤堂は短く言った。
電話を切り、立ち上がる。
準備は昨日のうちに終えていた。
* * *
同じ時刻、事務所。
ヴェルクスはゆっくりと外套を羽織りながら、矢島に言った。
「行くぞ」
「は、はい……」
矢島は震える手でスマートフォンを握りしめた。
昨日と同じだ、今日も撮れと言われるのだろう。
5人の組員が後ろをついていく。
全員、顔色が悪い。
だが、逆らえる者はいない。
外に出ると、ヴェルクスは空を仰いだ。
「ヘリが飛んでるな」
遠くに複数の機影が見える。政府系のものだろう。
報道らしいヘリは1機もない。
「あ、はい……」
矢島が恐る恐る答える。
ヴェルクスは口の端をわずかに上げた。
「昨日より面白くなりそうだ」
そのまま歩き始める。
矢島は慌てて後を追った。
昼の街を、矢島はヴェルクスの半歩前で案内するように歩く。
(……信じられねえ)
昨日の今日だ。
あれだけの騒ぎを起こしておいて、また動く。
しかも今度は駅前だ。
人通りも多い。監視カメラも多い。
警察も来るだろう。
いや、来ないはずがない。
(まあ……来たところで意味ねえんだろうが)
矢島は前を向いたまま、横目でヴェルクスを見る。
深色の外套。
街中では明らかに浮いている格好だ。
だが、誰も近寄ろうとしない。
すれ違う人間は無意識に道を空け、視線を向けてもすぐに逸らしていく。
まるで本能が危険を察知しているかのようだった。
(……化け物だ)
その評価は変わらない。
むしろ昨日より強くなっている。
特殊部隊が来た、そして全滅した。
警官であろうと、探索者であろうと、一瞬で打倒す強さ。
あの光景を見たあとでは、人間だと思う方が難しかった。
(……でも)
昨日から、矢島の中で何かが変わり始めていた。
恐怖は消えていない、むしろ増している。
それなのに、その隣に別の感情が居座っている。
(こいつの隣にいれば)
誰も手を出せない、誰も逆らえない。
組も。
警察も。
探索者も。
今まで自分たちを見下していた連中ですら同じだ。
(……もっといい思いができるかもしれねえ)
矢島は小さく眉をひそめた。
そんな考えは危険だとわかっている。
この男は殺しを何とも思っていない異常者だ。
だが、消えない。
恐怖と欲。
本来なら相反するはずの感情が、胸の中で並んで居座っていた。
「どうした」
矢島の肩が跳ねる。
「い、いえ!」
慌てて答える。
ヴェルクスはそれ以上何も聞かなかった。
ただ前を向いたまま歩き続ける。
矢島はその背中を見ながら、もう一度思った。
(……やっぱり化け物だ)
そして同時に、自分の胸の内から湧き上がる欲にも気づいていた。
だからこそ、それ以上は考えないようにした。
* * *
駅前は閑散としており、静かすぎた。
平日の朝、本来なら通勤客で溢れているはずの道路に、人影がない。
シャッターが下りた店が並び、誰もいない横断歩道に、信号だけが律儀に青と赤を繰り返している。
人が消えた街は、どこか舞台のように見えた。
機動隊の車両は直接見えないが、その気配は感じ取れる。
遠くの路地には人の動きがある。
包囲している気配も感じる。
空には政府系のヘリが2機。
報道機は規制されているのか、一切いない。
ヴェルクスはゆっくりと歩きながら、周囲のビルを流し見た。
高層階の窓には人影がある。
スマートフォンを向けているのがわかった。
避難指示が出ても残った野次馬か、あるいは仕事で残らざるを得なかった者たちだろう。
(なるほどな)
全部、映像に残る。
政府がどれだけ規制しても、あのビルの中から撮られた映像までは止められない。
ヴェルクスは無言でそれを確認し、満足そうに目を細めた。
「また撮っとけよ」
振り返らずに言う。
「は、はい……!」
矢島がスマートフォンを構える。
他の組員たちも怯えながらカメラを向けた。
靴音だけが、無人の街に響く。
* * *
岸本はダンジョン課の会議室で、モニターを前に立っていた。
警察側の監視カメラ映像が数本、リアルタイムで流れている。
対象の移動。
駅周辺の状況。
空のヘリ映像。
「藤堂さんは?」
「すでに現地に入っています」
岸本は頷いた。
画面の1つに、無人の駅前広場が映っている。
その中央に、1人の男が立っていた。
(藤堂さん……お願いします)
岸本は画面から目を離せなかった。
* * *
藤堂柳太郎がその場に立ったのは、ヴェルクスが広場へ入ってくる、ちょうどその瞬間だった。
広場の中央。
人払いされた無人の空間に、1人だけ立っている。
藤堂は50手前の男だ。
派手さはない。
体格も標準的だが、立っているだけで、その場所だけ空気が違う。
ヴェルクスはその男を見た。
(ほう)
足を止める。
矢島たちも自然と足を止めた。
誰も動けない。
進む理由がなかった。
ヴェルクスと藤堂の間に沈黙が落ちる。
風が吹いた。
ビルの谷間を抜け、広場を横切っていく。
信号が青から赤に変わる。
それでも誰も動かない。
誰も話さない。
ヘリの音だけが、遠く空に低く響いていた。




