第190話 血獣
気づいたら主人公がまったく登場しない話になってた。
ということで、敵方がメインの話しは断章とし、話数を振りなおしました。
断章はメインの話しと同時並行、という感じです。
本日も断章とメインの話しをアップしています。
扉を開けた瞬間、直哉は足を止めた。
広間だった。
天井は高く、割れた窓からわずかな光が差している。
床には砕けた家具の残骸が散乱し、壁沿いに錆びた燭台が並んでいる。
そしてその中央に、それはいた。
巨大な狼。
体長は4メートルを超えている。
毛並みは黒——いや、毛ではない。
全身が黒ずんだ血の塊でできていて、表面が絶えずゆるやかに蠢いている。
「……でかい」
陽平が引いた声を出した。
眷属が頭を持ち上げ、赤い目でこちらを向いた。
次の瞬間、跳んだ。
「散れ!!」
* * *
武虎が真っ先に踏み込んだ。
「断裂猛襲ッ!!」
赤虎を纏った武虎が、眷属の横腹へ拳を叩き込む。
手応えはあった。
だが、ズブ——と、拳が沈んだ。
血の中に埋まったような、嫌な感触。
傷は次の瞬間に、血が流れ込んで塞がれた。
「なんだこりゃ!!」
武虎がすかさず引く。
真弓が後方から瞬陣弾を連射する。10発、15発。
弾が眷属の体を貫くたびに穴が開くが、血の流れが追いついて全部埋まっていく。
「ちっ、ワンコロの分際で!」
真弓が短く吐いた。
『液体に近い性質を持っています。通常の打撃・刺突は効果が薄いかと』
「じゃあどうすりゃいいんだよ!」
「こういう敵は力押しってな、弾けろや!!」
ドンドンッ!!
砕陣弾が連続して叩き込まれる。
命中した瞬間、眷属の表面が押し潰され――弾けた。
ただ貫通するだけではない。
叩き込まれた箇所が内側から破裂し、血の塊が周囲へと飛び散る。
「そらそらそらぁ!!」
さらに撃ち込む。
ドンッ! ドンッ!!
着弾のたびに表面が抉れ、弾性を持っていたはずの体が形を保てず弾ける。
血が流れて埋める――はずなのに、明らかに、再生が追いついていない。
「よし、イチカ、いくぞ!
インパクト!!」
直哉の掛け声に合わせて、イチカが変幻武器を起動する。
直哉のバットにモーニングスターのエネルギーフィールドが形成され、砕陣を纏った赤い輝きが、眷属を横薙ぎに吹き飛ばす。
ドォンッ!!
眷属の胴が、今度ははっきりと“欠けた”。
肉片ではなく、魔素ごと持っていく。
血の飛沫が壁に叩きつけられ、削れた部分は床に落ち、どろりと溶けていく。
再生はあるが――遅い。
確実に、削れている。
「これだ!! 砕陣で叩き続けろ!!」
「わかった、任せろ!」
陽平の難陀が砕陣の魔素を乗せて尾を叩く。
後肢が弾け飛び、眷属がよろめいた。
真弓が砕陣弾を眼球に叩き込む。
眷属が初めて苦しそうな唸りを上げた。
「効いてる!!」
ただし——
『全員の魔素消費ペースが通常の1.38倍に上がっています』
「わかってる。急ごう、長引かせるな」
「わかった!!」
* * *
ぐにゃり。
唐突に狼の首が歪み、そのまま引き伸ばされていく。
五メートル。七メートル。
あり得ない長さに伸びた首が、しなり、一直線に突き出された。
「うおっ!!」
直哉が横へ跳ぶ。
ゴバッ!!
牙が石畳を抉り、床が裂ける。
破片が跳ね、粉塵が舞う。
伸びきった首が、一瞬で元へ戻ったその時、次は胴体がぶくり、と膨らむ。
「……っ、来るぞ!」
押し出されるように、別の塊がせり出してくる。
ズニュ……
2本目の首。
続けて、もう1本。
3つの頭が、独立してこちらをギロリと見る。
違う方向へ向いていたはずの目が、同時に焦点を結ぶ。
陽平、武虎、真弓。
それぞれを、正確に捉えた。
「三方向か……!」
呟く間もなく、3つの顎が、同時に開いた。
「3頭!? 待って待って!!」
陽平が叫びながら後退する。
「陽平、左の首!!」
「見えてる見えてるって!!」
陽平が難陀を振って2本目の首を弾く。
武虎が3本目の首に砕陣を叩き込む。
真弓が1本目の眼球を砕陣弾で抉る。
首が一度引いた。
直後に3本同時に来る。
「くそっ!! 読めない!!」
3人が三方向に散る。
それぞれの首が独立して追ってくる。
直哉は全体を見渡した。
「くっそ、俺を無視するなんて、やってくれるじゃん!」
踏み込む。
ドンッ――!!
床が弾ける。
一気に加速し、伸び切った首の側面へ回り込む――が。
ギロッ!!
首が、こちらに気づき、捻れ、進行方向を無理やり変える。
だが遅い、逃がさない。
踏み込みの勢いを殺さず、宙へ。
さらに――蜻蛉飛びで空中を蹴る。
ドンッ!!
2段加速で、ねじれた軌道ごと、食らいつく。
一瞬で、距離を潰した。
「逃がすかよ、クリムゾンッ!!」
大剣のエネルギーフィールドが、首を真っ二つに断ち切った。
* * *
首が2本になった眷属が、踵を返す。
壁に向かって走り——そのまま壁に触れた瞬間、体が溶け広がるように染み込んでいく。
「何をっ——」
石壁の表面が血の赤黒い色に染まり、眷属の輪郭が消えていく。
壁と、眷属が、一体になっていく。
「壁に溶けてる!?」
削れていたはずの傷が、みるみる塞がり始めた。
体積が増え、血の色が濃くなる。
赤い目の輝きが増している。
『洋館の魔素を直接吸収して回復しています。このまま放置すれば全回復します』
「それは困る!!」
真弓がすかさず言った。
「ママのおっぱいでも吸ってやがるのか、このワンコロがよ!」
眷属が埋まっている壁に向かって、砕陣弾を縦横無尽に撃ち込む。
爆発によって壁が崩れ、少しずつ眷属の体が露わになっていく。
「今だ、難陀!!」
陽平が吼える。
水蛇がうねり、眷属の胴へと巻き付く。
ギチギチギチ……!!
眷属を締め上げるが、壁に半ば埋まった眷属が、逆に難陀を壁の中に取り込もうと引っ張る。
血のような体が壁へと食い込み、抵抗する。
「……ぐぐぐぐっ、持ってかれる……!!」
押す、引く、押す、引く。
まさに綱引きだ。
難陀が締め上げ引っ張るたびに、眷属も形を歪めて力を逃がす。
一進一退。
どちらも譲らない。
「っ――まだだぁぁぁ!!」
陽平がさらに魔素を流し込む。
難陀が膨れあがり、力が強まる。
それでも――抜けない。
均衡が崩れない。
「いつまで隠れてるつもりだよ!」
横から、直哉が踏み込み、バットに魔素を集中させる。
「うぉぉぉ、出てきやがれ、砕陣・ルクス!!」
ドォォンッ!!
叩き込まれた一撃が、眷属の胴を内側から弾く。
ぐにゃり、と形が崩れる。
「――今だっ!!」
眷属の抵抗が、わずかに弱まったその一瞬。
「うぉぉぉおおおおお!!」
陽平が吼える。
全力で、引く。
ギギギ――!!
壁と繋がっていた眷属が引き伸ばされる。
そして耐えきれず、
ずぽんッ!!
眷属の体が、壁から引き剥がされた。
まるで釣り上げられるように、空中へ放り出される。
「よっしゃ、取ったどぉぉぉぉ!!」
その無防備な体へ――
「終わりだっ!!」
武虎が踏み込む。
身体強化――剛。
膨れ上がる筋肉、拳に集束する力。
「断裂猛襲!!」
ドォォォォンッ!!!
巨大化した虎の一撃が、眷属の中心を砕き消滅した。




