第189話 不死の館
気づいたら主人公がまったく登場しない話になってた。
ということで、敵方がメインの話しは断章とし、話数を振りなおしました。
断章はメインの話しと同時並行、という感じです。
本日も断章とメインの話しをアップしています。
翌日、4人は洋館の200メートル手前に転移した。
前日に座標を記録しておいた場所だ。
スペクターの群れを抜ける必要はない。
地面を踏んだ瞬間、静かな空気が全身に触れた。
「よし、行こう!」
洋館はすぐそこだ。
霧の向こうに黒い輪郭が静かに立っている。
昨日と変わらない。鉄の門が半開きのまま傾き、蔦が外壁を覆い尽くしている。
それでも、何かが違う気がした。
(……空気が重い)
直哉は一歩踏み出した。
* * *
鉄の門をくぐると、玄関扉が見えた。
木製で、金属の把手が鈍く光っている。
引くと、重い音とともに開く。
内部の空気が流れ出てきた。
ほこりの匂いと、甘い腐臭が混じった匂い。
「入るぞ」
エントランスホールは広かった。
天井が高く、正面に大きな階段がある。
左右に廊下が伸び、奥が暗くなって見えない。
足元の絨毯は埃をかぶり、ところどころ腐って穴が開いていた。
「でかいね」
『内部の魔素反応を確認中です。複数の反応あり』
その時だった。
――ギィィィ……
背後で、軋むような音が鳴った。
振り返るより早く、
バァンッ!!!
激しい衝撃音とともに、玄関の扉が叩きつけられるように閉じた。
外の光が、遮断され一瞬で、閉じ込められた。
「……おい、今――」
最後まで言い切る前に、窓の隙間から、赤い光が差し込んできた。
「……なに、これ」
陽平が外を見た。
昨日は白く霞んでいた空が、今は深い赤に染まっている。
月のような光源が赤く変色し、その光が霧全体に滲んで、洋館の周囲を赤く照らしている。
窓板の隙間から漏れ込む赤い光が、ホールの床に細い線を引いている。
「なんか、嫌な感じがするぜ」
武虎が呟いた。
ざわ、とした気配が館の中に広がった。
音ではない。空気の変化だ。
何かが目を覚ましたような、そういう感覚。
『周辺の魔素密度が急上昇しています。赤い光の発生と同時に、内部の反応が活性化しました』
「活性化って、どういうこと?」
『休眠していた個体が動き始めています。かなりの数です』
* * *
最初の異変は、壁だった。
見た目は何も変わらない。
古びた壁紙も、ひび割れも、そのまま。
だが――影が、歪んだ。
照明の加減ではない。
壁際に落ちていた影の輪郭が、ぐにゃりと崩れる。
ず……っ
壁と影の境目が、粘るように盛り上がる。
膜のような何かが、内側から押されている。
ズニュ――
押し出された。
影の中から、頭が出る。肩が出る。腕がねじれるように続く。
ドサッ。
グールだった。
目が爛欄と赤く光っている。
皮膚の隙間から滲む赤い魔素が、うっすらと揺らめいていた。
「……今の、壁から……?」
状況を把握する間に、廊下の角に落ちた影が、ぬるりと歪む。
足元の絨毯の裂け目、その奥に溜まった暗がりが、膨らむ。
天井の照明の陰が、ゆっくりと“浮き上がる”。
ズニュ……ズ……ッ
もう一体。
そして、さらに一体。
グールが、ゆらりと立ち上がる。
赤い視線が、一斉にこちらへ向いた。
「いつものグールと違う……!」
「頭を狙え、それは変わらない!!」
武虎が踏み込んだ。
迷いのない一撃が、グールの頭部へ叩き込まれる。
――だが。
ガッ!!
鈍い衝撃音。
グールの首が跳ねるが砕けない。
わずかに態勢を崩すだけで、踏み止まる。
「なっ――!?」
武虎の目が見開かれた。
グールの赤い目が、ギラリと光る。
「硬ぇ……!? こいつ……!」
「武虎!!」
間を置かず、再度踏み込む。
今度は深く、強く、全身の力を乗せる。
「オラッ!!」
断裂猛襲で頭を抉るとそのまま、崩れ落ちた。
「ちっ、硬くなってやがるのか!?」
倒れたグールの体が、ゆっくりと床に沈んでいく。
ポリゴン化し、消えるのではない。
ずぶずぶずぶ、と床飲み込まれていく。
「……なんだ、これ」
「今は考えるな、それよりもお客さんだぜ!」
床から、天井から、壁の隅から。
次々と影が滲んで出てくる。
グールが2体、スペクターが3体、同時に姿を現した。
「各個撃破だ!!」
真弓が銃を構え、スペクターに向けて魔素弾を連射する。
スペクターの赤い眼に着弾する。
揺れるが、消えない。
「くそが、中途半端にフワフワしやがってよ!」
「こっちも!!」
武虎がグールと組み合っていた。
多少の頭部の損壊だと、赤い魔素が傷口から滲み出て、グールの動きが衰えない。
「なんで止まらないんだ!!」
直哉はバットに魔素を集中させ、目の前のグールの側頭部へ叩き込む。
1発、グールがよろめく。
2発、膝をつく。
3発目で頭を爆散させ、ようやく倒れた。
(……いつもの倍以上かかる)
陽平の難陀がスペクターを薙いだ。
スペクターが大きく揺れ、2発目でようやく霧散する。
「水操:壱式 難陀!!」
「くそ、倍近く硬くなってるぞ!」
「動きも速い、普通のグールじゃないよこれ!」
武虎が口の端を吊り上げた。
「……悪くねえな。
ちょっと手応えあるくらいのほうが、面白いだろ」
軽く拳を鳴らす。
「まあでも――」
一歩踏み出す。
「なんとかなるよな!!」
* * *
廊下を進んでいると、また、影が滲む。
扉の隙間、窓板の縁、床のひび割れ。
月の赤い光が強まるたびに、影が“濃く”なる。
ズニュ……
押し出されるように、形が生まれる。
「また来るぞ!」
武虎が踏み込む。
グールの胴を掴み、そのまま廊下の壁へ――
ドンッ!!
叩きつける。
石壁が砕け、破片が弾け飛ぶ。
すかさず追い打ちで、跳び蹴りを頭部にぶちかまし砕く。
グールが膝をついた直後。
――ぬるり。
割れたはずの壁が、動いた。
誰かが息を呑む。
砕けた石壁が脈打つ。
内側から押されるように、ゆっくりと閉じていく。
散った破片が、カタ……カタ、と震え、まるで時間を巻き戻しているみたいに引き寄せられ、元の位置へ戻っていく。
数秒も経たず、壁は――何事もなかったように、元に戻っていた。
「……今の、見たか」
「見た……」
「なんだよ、これ……」
陽平が壁を見つめる。
ためらいながら、手を伸ばす。
指先が触れた。
わずかに、温かい、気がする。
「……なんか、ちょっと生ぬるいような……」
ぞわり、と腕の毛が逆立つ。
「生きてる、みたいな――」
「やめときな」
真弓の声に、陽平が慌てて手を離す。
『館全体に魔素の循環を確認。構造物が魔素によって維持・修復されています』
「……ボスの魔素か?」
『可能性は高いです。館そのものが支配下に置かれていると考えられます』
視線が、自然と壁へ向く。
ただの壁の表面だが、よく見ると、わずかに“脈”がある。
「つまり……」
陽平が小さく呟く。
「この館ごと、相手ってことか」
「……考えたくないな、それ」
「でも、多分そうだ」
誰も否定しない。
その時、ぬるり、と壁が、また動いた。
ごくゆっくり。
だが確かに、まるで――呼吸するように。
誰かが息を呑む。
「……早く進もう」




