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現代ダンジョン奮闘記  作者: だっち
断章 異世界からの侵略

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222/270

断章その6 繋がる影

断章は魔素の結集の章と同時並行に進んでいるイメージで書いています。

魔素の結晶は主人公の話しで、断章はその裏で動いている話、という感じです。

本日も断章とメインの話しをアップしています。

「映像、出てます」


ドローン担当の木下が、手元のコントローラーから目を離さずに言った。

車内の助手席、椎名はモニターを覗き込む。


画面に映るのは——雑居ビルの4階。

半開きのブラインドを上から抜けるように、ドローンが角度を調整する。


「もう少し正面に寄せてくれ」

「了解です」


わずかに機体が動き、映像が変わった。

男のシルエットが、はっきりと捉えられる。


「顔が撮れます」

後部座席の葛西が言った。

「カメラ、行きますか?」

「ああ、頼む」


シャッター音が連続で鳴った。

椎名はモニターを凝視したまま、動かなかった。


男は長机に脚を投げ出したまま、微動だにしない。

窓の外を流し見るだけで、特に何かをするわけでもない。


それだけだ。それだけなのに——


(何だ、これは)


椎名は画面を見ながら、妙な感覚を覚えた。

言葉にしにくい。息が、わずかに重い。


映像越しなのに——男の周辺だけ、空気の密度が違うような錯覚がある。

魔素の密度、と言えばいいのか。普段のダンジョン探索で感じる圧迫感に近い。

だが探索者ならある程度は慣れているはずで、これは——


(画面越しに感じるものじゃないだろう、普通は)


モニターから目が離せなかった。


* * *


ヴェルクスは椅子に体を預けたまま、ふと顔を上げた。


何かある。

視線か、いや視線じゃない。

しかし見られている。


窓の外に目を向ける。

路地。通行人。空。

何か変わったものは見えない。


だが、確かにいる。


(気持ち悪ぃな)


識界(しきかい)を広げようとして、しかし止めた。

反応するほどの気配ではない。人でもない。


何なのかは、わからない。


ただ、こちらに直接来るつもりがないなら——今は放っておけばいい。

必要になれば、その時に考える。


ヴェルクスは視線を窓から外し、また天井を向いた。


* * *


「……今、窓の方を見ましたね」

葛西の声が、わずかに緊張していた。


椎名はモニターを見ていた。

男の視線が一瞬だけ——ドローンの方向を向いていた。


「……気づいたか」

椎名がぽつりと言った。


「ドローンに、ですか?」

木下が手元を動かしながら聞いた。

「このサイズで、あの高さで……気づきますかね、普通」

「わからん、しかし何かするでもなし。

相当な自信でもあるのか……」


椎名は腕を組んだ。

気づいた上で、動じていない。

近づいてくるつもりもない。ただ、確認して——切り捨てた。


(やっかいだな……)


感覚論だが、椎名は長くこの仕事をやっている。

相手の質というものは、動きを見なくてもわかることがある。


「写真はどうだ?」

「はい。顔もはっきり収まってます」


「わかった。

岸本さんに送っておいてくれ。

引き揚げだ」

木下が「了解」と返す。


椎名はモニターが暗くなる瞬間まで、画面を見ていた。


(これは荷が重いかもしれんな)


動きを見たわけでもない。

だが——あの圧迫感と、昨夜の結果だけで十分だった。


* * *


電話で岸本に連絡を取る。

「ドローンで映像を取得し、写真も数枚送りました。

それと——実力の評価ですが、私たちの手では厳しいと判断します」


「それは……本当ですか?」

岸本が短く問い返した。


「ええ、あれは我々より強い。

おそらく5層、いや6層クラスでもおかしくありません。

接触すべきではない、と。

相応の実力を持つ探索者でなければ、話にならないと思います」


「わかりました、写真、受け取りました。

引き続き監視をお願いします」

電話を切ると、岸本は椅子の背もたれに体を預けた。


昨夜の報告——いや、報告などというものは届いていない。

特殊チームが突入して、帰ってきていない。

それだけが事実として残っている。


岸本がその書類を閉じたのと、内線が鳴ったのはほぼ同時だった。


「警察の橋爪さんから電話です」

「繋いでください」


橋爪警視正の声は、いつもより硬かった。

「昨夜の件についてです。

我々の特殊チームが突入しましたが——帰還者がゼロです」

「……承知しています」


「通常の制圧手段では限界があります。

率直に伺いますが、ダンジョン課として、腕利きの探索者を派遣していただくことは可能ですか?

こちらでは対処の限界があります」


岸本はすぐには答えなかった。


警察の精鋭が全滅して、その上でこちらに要請を出してくる。

それがどれほどの事態かは、わかっている。


「検討します。

ただし、相手の能力が不明なままでは、派遣する人間の安全も保証できません。

その点はご理解ください」

「もちろんです。

情報共有を前提に進めましょう」


電話を置き、岸本は手帳を開いた。

真っ先に浮かぶのは一人だ。

五十嵐。

ダンジョン課が抱える探索者の中でも、別格の実力者。

荒事への対応経験も豊富で、こういう案件にこそ向いている。


だが今、五十嵐は第6層の探索をしている。

エンバルム撃破の報告を受け、「これで気にしなくていいんだよな!?」と嬉々として6層に乗り込んでいったのだ。

帰還予定も、現時点では不明だ。


岸本はペンを置き、別のページを開いた。

「……藤堂さんに連絡を取ってください」


秘書がメモを取る音が聞こえた。


藤堂柳太郎。

五十嵐のような派手さはないが、安定した実力がある。

判断が冷静で、感情で動かない。

今の状況には、むしろ向いているかもしれない。


* * *


その夜、岸本は直哉たちをダンジョン課の会議室に呼んだ。


武虎、真弓、陽平が椅子に着くと、岸本はいつもの抑えた口調で話し始めた。

「いくつか報告があります。聞いてください」


まず事実を整理した。

組を使って直哉への接触を試みた者がいること。

その黒幕と思われる人物が、都内のビルに今も潜伏していること。

そして——警察の特殊チームが昨夜突入し、帰還者がいないこと。


武虎が静かに腕を組んだ。

真弓は表情を変えずに聞いている。

陽平だけが眉をひそめ、言葉を探すように宙を見ていた。


「……特殊チームって、探索者犯罪の専門部隊ですよね?」

陽平が言った。


「そうです。

リーダーは4層クラス、メンバーも全員3層クラスの上位陣で構成されています」


「それが全員——」

「帰還した者がいない、という情報があります。

詳細は確認中ですが」


「マジか……」


岸本が続けた。

「それともう一点。確認したいことがあります」


手元のタブレットを、テーブルの中央に向けて置いた。

「この男に、見覚えはありますか?」


ドローンで撮影した写真だ。

距離はあるが、顔はしっかりと映っている。

気怠そうな目。長身。

どこかを流し見るような、興味のなさそうな表情。


全員が無言で画面を見た。

沈黙が数秒続いた。


「……あ」

声を出したのは直哉だった。


「……この人」


「心当たりがありますか?」


直哉は写真から目を離せないまま言った。

「研究所で、会った人だ」


「研究所?」

「例の——別の世界の研究所です。オクタヴィアのいた」


武虎も画面に顔を寄せた。

「……そうだな。黒い箱を段ボールにいっぱい持って、俺たちのことチラっと見て、転移で帰ったやつだ」


「そう、そいつ。俺たちのことを"ガキ"とか言って」

陽平も覗き込みながら続ける。

「あの黒い箱、イチカと同型のSUの核だったよな。

全部で16個……全部持っていったんだよな」


「ええ、確かにいたわね」

真弓が静かに言った。


「ああ。でも——」

直哉は眉をひそめた。

「あいつ、俺たちにまったく興味なさそうだったよな。

チラっと見て、終わりって感じで。

それが今更なんで……」


誰も答えられなかった。


「……研究所、壊したからじゃないですかね」

陽平がぽつりと言った。

「俺たちのせいで壊したわけじゃないですけど、あの建物ぐちゃぐちゃになったじゃないですか。

それで、なんか逆恨みみたいな感じで?」


武虎が「まあ……理由としてはわからなくもないか」と曖昧に頷く。


「今は、その男には近づかないでください。

椎名の判断でも、正面から当たれる相手ではないと。

能力の詳細もいまだ不明で、何ができるのか何一つ把握できていない状態で接触するのは危険すぎます」


「つまり、俺たちは何もするなってこと?」

直哉が確かめた。


「情報が揃うまでは、そうしてもらえませんか?」

「……わかりました」

真弓が静かに頷いた。他のメンバーも、異論なく続いた。


「何かわかれば、またすぐに連絡します」


* * *


会議室を出た後、直哉は廊下で立ち止まった。


研究所で見た顔が、この街にいる。

なぜ自分を探しているのか、理由はわからない。


研究所が壊れたのは直哉たちのせいじゃない——頭ではわかっている。

それでも、その答えがどこか収まりが悪く、直哉はしばらく動けなかった。

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