断章その4 縮まる包囲網
断章は魔素の結集の章と同時並行に進んでいるイメージで書いています。
魔素の結晶は主人公の話しで、断章はその裏で動いている話、という感じです。
*メインの話しも本日アップしています。
若い構成員の矢島は、昨夜からほとんど眠れていなかった。
目を閉じると、思い出す。
白い天井、壁に散った赤、ケンジの輪郭が、消えた瞬間。
(あれは……)
思い出すたびに、胃が裏返りそうになる。
だから眠れない。眠ったら、また見る気がした。
だから動いていた。
動いていれば、考えなくて済む。
スマートフォンのメモには、断片が積み上がっていた。
「高校生」「ダンジョン探索者」「夕方に某出口付近に出入り」。
近隣のコンビニ2店が、「バットを持った高校生っぽい子が最近よく来る」と証言していた。
時間帯は夕方から夜の間だ。
(これは……使える)
矢島はそのまま足を速め、出口付近へ向かった。
* * *
同じ時刻、別の路地。
同じ組の後輩2人が、コーヒーを手に立ち話をしていた。
「……まあ、本当にやばいやつかどうかわかんないけどな」
「だよな。話聞いた感じ、オーバーじゃないっすか」
「政さんがやられたのは事実だろ。でもあの人、最近調子乗ってたし」
笑い声が混じった。
背後から、足音が迫った。
振り返る間もなく、首根っこを掴まれた。
「お前ら、何してる」
矢島だった。
顔色が悪い。目に光がない。
「い、いや、ちょっと休憩を——」
「休憩?」
矢島の手が、後輩の胸倉を掴んだ。
「俺は昨夜見た……あの男が……人を――」
言葉が止まった。
喉が詰まる。
うまく声が出ない。
思い出した瞬間、頭の中が一瞬でぐちゃぐちゃになる。
「……ッ、クソ……!」
衝動的に後輩の顔面に、思い切り拳を叩き込む。
ゴツッ、と鈍い音。
「ぐっ……!」
後輩がよろける。
止まらない。
もう一発、掴んで殴りかけて、寸前で止める。
「ボケッとしてんじゃねえよ!!」
怒鳴った。
声がひっくり返る。
自分でも制御しきれていない。
襟首を掴む。
引き寄せる。乱暴に。
「見ただろ!? なあ!!」
唾が飛ぶくらいの距離で叫ぶ。
「ケンジがどうなったか、見ただろうが!!」
呼吸が荒い。
言葉が崩れ始める。
「撃っても効かねえんだぞ!?
弾当たってんだよ!? なのに!なのに止まんねえんだよ!!」
手が震えている。
掴んだまま離せない。
「近づいたら終わりだ、指さされただけで終わりだ。
一瞬だぞ、一瞬で――」
言葉が詰まる。
思い出してしまう。
「……消えたんだよ……」
声が落ちる。
「ケンジが……ぐちゃって……」
ぱっと顔を上げる。
「動け!!!
今すぐだ!! もう時間ねえんだよ!!
明日の夜だぞ!!
明日の夜までに何も持っていけなかったら――」
言葉が崩れる。
だが、止まらない。
「殺されるに決まってるだろうが!!!」
息を荒げる。
「俺らだぞ!? 俺ら全員だぞ!?
選ばれるとかじゃねえ!! 全員まとめてだ!!」
胸を叩く。
「冗談じゃねえんだよ……」
声が震える。
もう隠せていない。
一瞬、目が泳ぐ。
でもすぐに戻す。
無理やり、怒鳴り声に変える。
「だから探せ!!
何でもいいから持ってこい!!
居場所でも!クソみてえな情報でもいい!!」
掴んでいた後輩を突き飛ばす。
「止まったら終わりだ!!」
「考えてる時間なんかねえんだよ!!」
静まり返る。
誰も息をしない。
矢島だけが、荒く呼吸している。
「……やれ」
最後は低かった。
かすれている。
それでも、さっきより重かった。
後輩2人は、無言で何度も頷く。
さっきまでの軽さは、どこにもない。
残っているのは「間に合わなかったら、本当に死ぬ」その理解だけだった。
(絶対に見つける、見つけなかったら——)
その先は、考えられなかった。
* * *
「違う違う違う!!それ、さっき聞いたやつだろ!!」
矢島が怒鳴りつけながら机を蹴る。
部屋の空気はすでに限界で、電話、メッセージ、直接報告が一斉に飛び込み、誰も処理しきれていなかった。
「だから順番に言えって言ってんだろ!!」
声が荒れる。それでも止まらない。
「おい!出口張ってたやつ!!」
受話器に食いつく。
『さっき出てきました!多分それっぽいです!!』
「多分で報告してくんな!!……いいから特徴だ、特徴だけ言え!!」
『高校生ぐらいで!バット持ってて!仲間がいて……』
そこで言葉が止まる。
矢島が食い気味に被せる。
「顔は!?名前聞いたか!?」
『いや、それは……!』
「クソが!!」
受話器から顔を離し、スマホを奪い取るように覗き込む。
送られてきた画像はブレていて、輪郭しか分からないが、それでも無理やり情報を拾う。
「……制服じゃねえ。荷物がデカい……探索帰りか……仲間は成人……」
そのまま紙へ書き殴る。
「高校生、探索帰り、バット、複数人……」
ペンが止まらない。
止めたら終わる気がしていた。
「SNS!!」
別の方向から声が飛ぶ。
「それっぽいの拾いました!!」
「名前は!!」
間髪入れずに問う。
「いや、名前は出てないんですけど……!」
一瞬、空気が止まる。
「……は?」
低い声。
「だー、もういい。なんだ、言え!」
「高校生で第4層行ったやつがいるって話が回ってて、ダンジョン界隈でちょっと騒がれてて……あとダンジョン課が動いてるって話も出てます」
「なんだそれ……政府か?探索者管理か?……クソ、なんでそんなのが絡んでんだよ……!」
頭をかきむしりながら紙を叩く。
「高校生」「第4層」「バット」「仲間」「ダンジョン課」
並べてじっと見る。
「……足りねえ
決定打が足りねえ……」
手が止まりかける。
だが、すぐに無理やり動かす。
「いいか……
名前は分かってる。でもそれが“どこの誰か”かは分からねえ。
だからこのゴミみてえな情報、全部繋げて“それらしい一人”を当てるしかねえんだ」
呼吸が荒い。
だが、言葉は少しだけ整理されている。
「間違っててもいい……いや、よくねえけど。
何も持って帰らねえよりはマシだ」
視線を全員に向ける。
「いいか、とにかく何でもだ。高校生の探索者、全部洗え。第4層に行けるやつ、全部拾え」
声が強くなる。
「SNS、ギルド、噂、ダンジョン出口……全部だ」
全員を見回す。
「どれか一つでも繋がれば、そいつが神谷直哉だ」
* * *
同じ夜、警察署の会議室。
机の上に資料が広がっている。
現場写真、証言記録、組の過去の捜査ファイル。
担当の堀田刑事が、資料を1枚ずつ繰った。
「昨日の通報から現場に入って、確認できた遺体の断片が……現時点で18名分以上」
「18名」
上司の声が低くなった。
「特定できる状態ではありませんが、組の在籍メンバーと照合中です。
そのうち少なくとも1名は、我々がマークしていた探索者です。第3階層出身の——」
「ケンジか」
堀田が頷いた。
ケンジは、都内でも腕利きとして知られていた。
不法な荒事に関与した疑いが何度かあったが、証拠がつかめず、そのたびにすり抜けていた人物だ。
「そのケンジが、1人の男にやられた、と」
「生存した組員の証言によれば、銃も刃物も効かなかったと。
これは複数の証言が一致しています」
上司が腕を組んだ。
「その男は今も組の事務所にいるのか?」
「現時点では、いると思われます。
組員が何かを命じられて動き回っているという情報もあります」
「何を命じられている?」
「それがまだ——。ただ、組員の動きが繁華街周辺とダンジョン出入り口近辺に集中しているという話が入っています」
上司はしばらく沈黙した。
「探索者絡み、だろうな」
「はい、その可能性があります」
堀田は資料をまとめながら言った。
「加害者の能力について、いくつかの証言から推測すると——おそらく探索者です。
それも、通常の枠に収まらないレベルの」
「そうか……特殊チームを編成する」
上司は立ち上がり、電話を取り連絡を始める。
堀田は窓の外を見た。
夜の繁華街が広がっている。
その中のどこかに、「その男」がいる。
そして——何かを探している。




