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現代ダンジョン奮闘記  作者: だっち
魔素の結集

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第186話 交錯

是非、ブックマークか評価を。

私にガソリンをください!!

「今すぐ帰ろう!」

全員に視線を向けると同時に踵を返し、人目を避けるように建物の陰へと急ぐ。


「急がないと、今度こそ間に合わないかもしれない!!」

短く告げて足を速め、周囲を確認しながら人気のない路地へ入り込む。


後ろから武虎たちも無言で続いた。

物音と気配にだけ意識を向け、十分に人の気配がないことを確認すると、直哉は足を止める。


「よし、ここなら人目ないよな」

息を整えながら言い、すぐに意識を内側へ向けて転移の準備に入った。


が、ズキン、と頭に鋭い痛みが走る。


「……っ」

思わず額を押さえ、足元がわずかによろめく。

呼吸が乱れ、思うように制御が効かない。


(『直哉、現在の状態では、転移は発動できません』)

「え、なんで!?」

短く返しながらも、もう一度試そうとする。

だが、やはり同じところで止まる。


(『魔素が不足しています。無理に起動すれば、負荷が脳に集中します』)

抑えるような、諭すような口調だった。


「……そういや俺たち」

小さく呟き、天を仰ぐ。


陽平もその場で顔をしかめ、ようやく何かに気づいたように息を吐いた。

「エンバルム……」


言いかけて、苦笑に近い表情になる。

「終わったばっかだったわ……」


言葉にした瞬間、張り詰めていた糸が切れる。

武虎がその場にしゃがみ込み、膝に手をついて力を抜く。


「そりゃ……足りるわけないよね……」

陽平も壁に背を預け、そのままズルリと座り込む。

全身から力が抜けていくのがわかる。


直哉も額を押さえたまま、ゆっくりとその場に腰を落とした。

さっきまでの焦りが嘘のように、体が重い。


(『自然回復であれば、一晩で最低限は戻ります』)

イチカが優しく告げる。


「……一晩か」

直哉が呟く。

抗う力ももう残っていない。


誰もすぐには動かなかった。

沈黙の中で、それぞれがようやく現実を受け入れていく。

「……今日は休もう」


武虎が言い、誰を見るでもなく視線を落とす。

「無理しても、どうにもならねえ」


「……だね」

陽平も小さく同意し、目を閉じる。


直哉もゆっくりと頷いた。

「明日にしよう」


決めると同時に、ほんのわずかだが肩の力が抜ける。


(『それが最適です』)

イチカの声が、静かに応じた。


今度は誰も反論しなかった。


* * *


翌朝、直哉は転移門(ゲート)を開き、みんなで日本に戻った。


しかし、田所はラグナに残ることにした。

腕はすでに治療を終え、高額な魔法によって元通りになっている。

だが、男に顔を見られている。

念のため——その一言で、田所は「わかりました」と答えた。


「根本さんとも連携を取りながら、こちらで待機します」

「無理はしないでください」


「はい。そちらも」

田所の言葉は短かったが、声にはいつもの落ち着きが戻っていた。


直哉は一度頷き、転移門(ゲート)の前に立った。


「行くぞ」

武虎の声に、全員が頷いた。


光が広がり——


* * *


霞が関の受け入れ施設に出た瞬間、蛍光灯の白い光が視界に飛び込んできた。


空気が変わった。

音が変わった。

ざらついた魔素の気配が消え、代わりに空調と人工物の匂いが鼻をついた。


「……ふぅ、帰ってきた」

陽平がぽつりと言った。

誰も笑わなかったが、全員が同じことを感じていた。


受け入れ施設のスタッフが慌ただしく出てくる。

篠崎が「俺たちだ、心配するな」と端的に告げ、その場は落ち着いた。


「ダンジョン課に行きましょう」


* * *


ダンジョン課の会議室に通されると、岸本がすでに待っていた。

椅子から立ち上がる様子もなく、6人の顔を1人ひとり確認するように視線を走らせてから、最後に直哉のところで止めた。


「田所さんは!?」

開口一番だった。

いつもの抑えた口調だが、その奥に隠しきれない何かがある。


「いろいろあって。

でもラグナで元気に待機しています」


岸本が小さく息を吐いた。

「……そうですか、よかった」


それだけ言って、ようやく「座ってください」と促した。


「昨日、帰ってきたメンバーから報告は受けました。

男が1人で町を襲い、JPギルドが転移門で脱出したところまでは。ただ——田所さんが帰ってこなかったことだけわかっていて、その後の経緯は把握できていない状態でした」


「田所さんは全員を逃がしてから、1人残ったんです」

直哉が言うと、岸本の表情がわずかに変わった。


直哉は順を追って話した。

田所がしんがりを務め、転移先の座標を変えたこと。

倉庫で男に見つかり、神谷直哉の居場所を聞かれたこと。

転移装置を持ち去られたこと。

腕を——去り際に。


岸本は途中で一度だけ手元の資料に視線を落としたが、それ以外はずっと直哉を見ていた。


「……転移装置を持ち去った、か」

「はい、田所さんが座標を変えてくれたみたいなんですが、市街地のどこかになっているようで」


「男の行方は?」

「今のところ、わかりません」


岸本が静かに言った。

「市中では、まだ特別な事件は発生していません。

もしかしたらまだ転移装置を使っていないのかもしれませんね」


武虎が腕を組んだ。

「でも、時間の問題、だよね」

「ええ、おそらく。

転移装置と聞いて持って帰ったのなら、きっとそうなのでしょう」

室内に沈黙が落ちた。


岸本がひと呼吸置いてから、手元の資料を手前に引き寄せた。

「それともう1点。転移してきたメンバーの中に、外国籍の方が3名います」

「あちらで合流した人たちですか」


「そうです。

まずは施設で保護しています。

本人たちはできるだけすぐに帰りたいと言っていますが、事情が事情なので、まだ残ってもらっています」


篠崎が軽く眉を上げる。

「帰すんだよな?」

「方針はそちらで固まっています。

ただ、帰す前に守秘義務を結ぶ必要があって」


「まーなあ、眉唾の転移者はいるが、今回のは本物だもんな」


「はい。

通常のNDAだと不安なので、今回は魔道具の契約書を使う予定です」


最上が静かに言った。

「向こうでもよく使われてますね。破ると何か起きる仕様の」

「ええ。外交上の問題が出ないよう法務と調整しながら進めていますが、方向性は決まっています。

3名自体はそこまで揉めていません。

問題は、今後同じことが起きた場合の取り決めを先に作れるかどうかで——そちらの議論の方が長い」


「それはそっちに任せていいんだよな?」

篠崎が言うと、岸本が小さく頷いた。


「はい。今日は状況共有だけで結構です。皆さんは一度帰って休んでください」


「あの男の件、動きがあれば」

「すぐに連絡します」


* * *


自宅に戻ったのは昼過ぎだった。


玄関を開けると、じいちゃんがソファで居眠りしていた。

テレビがついたままで、音量は低い。


特別なことは何もない、いつもの光景だった。


直哉はそのまま自分の部屋へ上がり、ベッドに倒れ込んだ。

天井を見る。


男は、まだこちらに来ていない。

田所の腕は治った。

エンバルムは倒した。


整理すれば、最悪な結果ではなかった。


それでも——


(……名前も素性もわからない男が、俺を探してる)


その事実だけが、じわじわと脚の裏に貼りついている。

直哉は目を閉じた。

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