第185話 襲撃されたJPギルド
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私にガソリンをください!!
門を抜けた直後、直哉はそのまま足を緩めることなく駆け出していた。
向かう先は、JPギルドだ。
通りへ出た瞬間から、破壊の跡が視界に入り込む。
石造りの壁は至る所でひび割れ、建物は無理やり抉り取られたように崩れ落ちている。
屋根ごと潰れている家屋もあり、原型を留めていないものさえ混ざっていた。
道に立つ住人たちは足を止めたまま、ただ瓦礫の山を見つめているだけで、その視線には焦点が合っていない。
(……これを、ひとりでやったっていうのか)
胸の内で呟きながらも、目に入る現実がその否定を許さないことを理解し、不快なほどのざらついた感覚が喉元に引っかかる。
逸る感情を無理やり押し込めながら、直哉はそのままJPギルドへと踏み込み、崩れかけた入口に向かって声を張る。
「――みんな、無事か!!」
声が奥へ吸い込まれ、返ってくる気配がない。
扉は蝶番ごと外れ、無理やり叩き壊されたように傾いたまま開口部に引っかかっている。
直哉が中へ踏み込もうと一歩足を出し、転がっていた木片を踏み抜いた瞬間に乾いた破断音がやけに大きく響く。
その不自然な静けさで思わず動きを止める。
振り返ると、武虎も、真弓も、陽平も同じように足を止めており、それぞれが目の前の光景を受け止めきれず言葉を失っている。
「……なんだよ、これ……」
陽平がかろうじて呟いた。
それ以上は、誰も何も言わなかった。
内部は、まるで嵐が通り抜けた後のようだった。
テーブルは軒並み裂けるように割れ、椅子の脚は曲がり、棚は根元から倒れて中身をぶちまけている。
壁には凹みが点在していて、そのいくつかは人の体が当たってできたとしか思えない形をしていた。
天井の梁に亀裂が入っており、そこから砂がさらさらと落ちてきている。
「……死人は出なかったって言ってたな」
武虎が低い声で言った。
直哉は頷く。確かに、門番はそう言っていた。
だが、この惨状を見る限り、それは奇跡に近い。
(……1人でやったのか)
考えるだけで体温が下がる気がした。
人の気配がない。
返事もない。足音もない。
静寂が、廃墟のように広がっている。
(……そういえば)
誰かが言っていた。みんな倉庫のほうに逃げた、と。
「倉庫だ」
直哉が短く告げると、全員が頷いた。
* * *
倉庫の入口は、原形をほとんど留めていなかった。
正面から無理やり押し潰されたように歪み、重機で突っ込まれたとしか思えない破壊痕が、そのまま残っている。
鉄製の扉は内側へ叩き込まれるように大きくひしゃげ、枠ごと引き攣れたように曲がっており、人の手で壊されたとは到底思えない変形だった。
「……入るぞ」
武虎がそのまま躊躇なく踏み込む。
中へ入った直後、視界に飛び込んできたのは、積まれていた荷物が無造作に散乱した光景だった。
木箱は叩き割られたように砕け、布袋は引き裂かれて中身が床へぶち撒けられている。
かろうじて通路として保たれていた隙間も瓦礫と荷物で塞がれ、歩くたびに足場を選ばなければならないほど崩されていた。
「田所さん! 根本さん!」
真弓が声を張り上げながら足場の悪い床を踏み越えて奥へ進み、その気配を追うように直哉たちも視線を走らせながら捜索を広げる。
しかし返答はなく、崩れた物音だけがわずかに響いて消えていく。
崩れた荷を避け、通路だった跡をなぞるように進み続けて数分――
「……ここだ」
直哉が足を止める。
そこには本来、転移門が設置されていたはずの空間があり、だが目の前に残っているのは台座だけで、肝心の装置そのものは跡形もなく消えていた。
違和感と焦燥が混ざった感覚が胸を掠めたその瞬間、直哉の視線がその脇へ滑り込む。
「――田所さん!」
倒れていた。
床に身体を投げ出すように横たわり、微動だにしない。
周囲の石畳は広く濡れており、その暗い色合いが血であることをはっきりと示していた。
直哉が即座に膝をつき、肩へ手を伸ばして揺さぶった瞬間、かすかに息が漏れるような呻き声が返ってくる。
「……良かっ――」
と言いかけ、続けるはずだった言葉の途中で視線が肩口へ滑ったことで動きを止める。
「……っ」
真弓が小さく声を飲んだ。
田所の右腕が、肩口から先でなくなっていた。
誰も声を出さなかった。
理解はできていた。だが、目の前の光景を受け止めるのに、数秒かかった。
「ポーション! 倉庫にあるはずだ!」
武虎が歯を食いしばりながら叫ぶと同時に立ち上がり、崩れた棚の残骸を乱暴に蹴散らしながら中身を掻き分け、陽平も無言のまま反対側へ走って箱をひっくり返していく。
「あった、これだ!」
差し出されたキュア・ポーションを直哉が即座に受け取り、そのまま膝をついて傷口へ迷いなく振りかける
薬液が血で濡れた床へ滴りながら光を帯びて広がり、断面を包み込むように覆っていくのを視認した直後、滲み続けていた出血が徐々に弱まり、やがて完全に止まる。
だが——
失われた腕は、戻らない。
誰も動かなかった。
武虎が奥歯を噛みしめているのが、横顔でわかった。
陽平はその視線は床の一点に固定されて動かない。
その中で真弓だけが静かに歩み寄り、音を立てないように片膝をついて田所の傍へ寄り添うと、そのまま視線を落としながら傷口と顔色を確認し続けている。
「……俺たちがいれば」
陽平がぽつりと言いかけて、口を閉じた。
場の空気は重く沈み、誰も動かず、誰も顔を上げないまま、失ったものの大きさだけが残っていた。
『これからどうしますか』
イチカの声が、静かに響く。
あまりにもいつも通りで、その温度差に誰もすぐ反応できず、場の空気だけが軋む。
「……は?」
直哉がゆっくり顔を上げて眉をひそめ、信じられないものを見るように口を開く。
「イチカ、今なんて言った?」
『今後の行動について確認しました』
変わらない口調で返され、その違和感が一層強くなる。
「ふざけんなよ……!」
直哉が一歩踏み出して声を荒げ、抑えていたものを吐き出すように言葉をぶつける。
「なんでそんな普通に……次の話してんだよ!」
「田所さんの腕が——」
言いかけて言葉が詰まり、その先を口に出せず、拳を握りしめる。
武虎も顔を上げて視線を向け、その目には怒りと焦燥が混ざり、抑えきれずに滲んでいる。
「お前、わかってんのか」
低く問いかけながらも、内側に溜まった感情が押し出される。
「腕が飛んだんだぞ、取り返しがつかねえんだぞ」
陽平もただ立ち尽くして、状況は理解しているのに感情が追いつかず、何も言えなかった。
『理解しています』
イチカは変わらず答え、その静けさがさらに反発を生む。
「理解してないだろ!」
直哉が叫び、感情を抑えきれず一気に吐き出す。
「してたらそんなことで言えないだろ、ここは地球のダンジョンじゃない!
怪我をしても元に戻らないんだぞ!!」
武虎は視線を逸らして歯を食いしばり、震える拳を握りしめるしかなかった。
「……くそっ」
それ以上言葉は出ず、張り詰めた感情だけがその場に残る。
そのわずか後、イチカが間を測るように静かに口を開いた。
『腕は再生可能です』
短い一言が落ち、空気が止まる。
「……はえ?」
陽平が反応し、確認するように視線を向ける。
『再生魔法により、欠損部位は復元できます』
淡々と説明され、その内容が徐々に理解に追いつく。
「……再生、できるのか?」
武虎がゆっくり向き直り、信じきれないまま問い返す。
『はい、高レベルの教会に行く必要がありますが、腕は元通りになります』
迷いなく断言され、その言葉がようやく空気に落ち着いた。
直哉は固まったまま言葉を失い、先ほどの怒りの行き場をなくして呟く。
「……治るのかよ」
『はい』
「……元通りに?」
『なります』
数秒の沈黙ののち、張り詰めていたものが崩れる。
「……なんだよ、それ」
直哉がその場にしゃがみ込み力を抜き、怒りの代わりに脱力が残る。
「だったら最初から言ってくれよ……」
武虎も大きく息を吐いて肩の力を抜き、そのまま、その場にしゃがみ込む。
「……そうか」
「……はぁ」
陽平が天井を仰いだ。
真弓が小さく息を吐き、手で目を覆った。
膝が、笑った。
地球の常識で考えていた。失ったものは戻らないと、頭のどこかで決めつけていた。
* * *
田所を担いで教会へ向かった。
教会の中は、けが人でごった返していた。
ベッドはすでに埋まり、床に毛布を敷いて横たわっている者もいる。
端々から聞こえてくる声に耳を澄ませると、死者も少なくないらしかった。
「1人の男が、これをやったのか」
武虎が低く言った。
直哉は黙って頷いた。
田所を空いているスペースに寝かせ、神官に事情を話す。
処置が施された。
* * *
しばらくして、田所が目を開けた。
天井を見ていた。
ゆっくりと視線を動かし、自分の身体を確かめるように俯く。
肩から先が、ない。
「……あれは、夢じゃなかったんですね」
ぼそりと言った。
ショックを隠しきれない声だった。
「田所さん」
直哉が口を開いた。
「腕は、治せます。ここには再生魔法がある。
費用はかかりますが、ギルドの財政なら問題ないはずです」
田所は少し間を置いた。
「……そうですか」
声が、わずかに落ち着いた。
田所はゆっくりと上体を起こした。直哉がそっと背を支える。
「どこから話せばいいものか……」
少しの間、天井を見上げた。
「町が騒がしくなったのは、突然のことでした。
外から怒鳴り声が聞こえ始めて、次第に近くなっていきました。
窓から見ると衛兵が何人も走っていて——やがて報告が入りました。
男が1人で町に入ってきて、暴れていると」
「最初から手が付けられなかったんですか?」
「ええ。衛兵も、駆けつけた冒険者も、まったく歯が立たないようでした。
そして——どうやら目的がJPギルドらしい、という話も入ってきた」
田所が続ける。
「それを聞いて、すぐに全員で倉庫に移動して、転移門で地球に戻ると判断しました。」
「全員、逃げられたんですか?」
「はい。順番に転移させて——最後の1人が転移した時点で、転移先のことが気になったんです」
田所が言葉を選びながら続ける。
「このままでは、男が転移門を使えば、そのまま霞が関の受け入れ施設に出てしまう。
それだけは防ぎたかった。全員を逃がしてから、一人で座標を変更しました」
「……そんな無茶な」
「ははは、あの時は必死で、今ふり返ると我ながらよくもまあと思います。
ただ——時間がなく、大きくはずらせなかった。
おそらく転移先は市街地のどこかになっています」
武虎が低く唸る。
「人が多い場所に、あの男が出てくるかもしれないってことか」
「申し訳ありません」
「田所さんのせいじゃない」
直哉が言った。
田所は一度目を伏せてから続けた。
「座標を変え終わったところで——男が倉庫に入ってきました。ゆっくりと周囲を見回しながら。
先ほどまで大勢いた人間がいなくなっていることに、すでに気付いていたようでした」
「最初に聞かれたのは、神谷さんのことでした。
『神谷直哉はどこだ』と。それだけです。
名乗りもせず、理由も言わなかった」
「俺を……?」
直哉の声が、低くなった。
「私は知らないと答えましたが、男は信じませんでした。
そのうち視線が転移装置に向いて——人間が消えたのはこれのせいか、と。
何の装置だ、と」
田所の視線が、転移門のあった場所へ向く。
「私は助かりたい一心で、転移門のことを説明しました。
そうしたら、装置ごと持ち去りました。転移門そのものを」
「そして、去り際に」
田所の声がわずかに揺れた。
「振り返りもせず、こちらに手をかざして、何か言いました。
次の瞬間、腕が熱くなって——それで、気を失いました」
静寂が落ちた。
直哉は黙って俯いた。
俺を探していた。
だから町を襲った。
だからここが狙われた。
腹が立つより先に、背筋が寒くなる感覚があった。
「……その男のこと、他に何か」
「わかりません。初めて見た顔です。
ですが、まず間違いなくこちらの世界の人間です」
陽平が口を開いた。
「俺たちも……心当たりが、ないよな……?」
武虎がぼそりと言う。
「神谷を名指しで探してた、か。心当たりは?」
「……ない」
直哉は正直に答えた。
心当たりがないからこそ、余計に不気味だった。
「転移装置を持って帰った、か」
田所が頷く。
「使い方がわからなければ、すぐには動けないかもしれません。
ただ——時間の問題だと思います」
沈黙の中、武虎が立ち上がった。
「なんで神谷を狙ってるのか、なんで転移門を持ち帰ったのか、わからねえことだらけだが……」
直哉は頷いた。
「まあ、まず間違いなく使うだろうな」
窓の外からは、ラグナの喧騒が聞こえてくる。
泣き声も、怒鳴り声も、大工仕事の音も。
壊れた町が、それでも動き続けていた。
「またすぐに地球に戻ります」
直哉は田所に言った。
田所は静かに頷いた。
「……頼みます、神谷さん」




