表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
現代ダンジョン奮闘記  作者: だっち
亡霊と声

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

212/269

閑話28話 はしゃぐ爺さん

是非、ブックマークか評価を。

私にガソリンをください!!

朝食というものが、この国では決まった時間に運ばれてくる。


モルデガルドはそれを、最初は不思議に思っていた。

食事は腹が減った時に食べるものだ。

なぜ時間が決まっているのか、意味がわからなかった。


だが二週間経った今は、少し考えが変わっている。

時間を決めることで、他のことを考える余地が生まれる。

効率の問題だ。

この国の人間は、そういう合理性の積み重ねで動いている。


トレイの上には、パンと卵、そして黒い液体が置かれていた。

液体はコーヒーと呼ぶらしいが、苦い。

なぜこれを好んで飲む者がいるのか、モルデガルドには依然として謎だった。


パンを一口かじる。

柔らかい。

焼き方が、異世界のそれとはまるで違う。


(……悪くない)


声には出さない。

誰も聞いていないが、それでも出さない。


* * *


食事を終えてから、モルデガルドは本に向かった。


岸本という男が届けてくれた本は、今や部屋の半分を占めている。

歴史書、科学書、哲学書、生物学の教本。

文字の読み方を学ぶのに一日かかった。

文法の理解に二日かかった。

辞書なしで読み始めたのは五日目からだ。


人に言えば驚かれるだろうが、別に自慢する気はない。

言語というのは構造の問題であって、構造がわかれば読める。

それだけのことだ。


今日読んでいるのは、地質学の本だ。

この国の地面の構造について書いてある。

プレートとやらが複数ぶつかり合っており、そのせいでこの島国は地震が多いらしい。


(……プレート、か)


モルデガルドは本を閉じ、静かに目を閉じた。


龍脈を探る時、彼はいつも目を閉じる。

感知は視覚とは無関係だが、閉じた方が集中できる。


ゆっくりと意識を、下へ向けていく。


床。コンクリートの層。土。岩盤。


そこから先は、どこの土地でも似たようなものだ。

岩の間を縫うように、龍脈が存在する。


ただ、流れ方が違う。


アル・テラスの龍脈は太く、力強く、地表に近い場所を通ることが多い。

魔素が濃いから、人間がそれを感じ取れる。


この国の龍脈は、深い。

岩盤のさらに下を、細く流れている。

魔素の濃度も低い。

だからここの人間は龍脈を感知できないのだろう。


だがモルデガルドには見える。


手元の地質学の本に視線を戻す。

プレートが動く仕組みが、図解されている。


小さな手帳を取り出し、簡単な記録を残した。

「地下の流れが確認できた。

アル・テラスと繋がる可能性は要検証。」


それだけ書いて、手帳を閉じた。


* * *


昼過ぎ、岸本から届いた新しい本の荷物を受け取った。


箱を開けると、一冊の本と一緒に短い手紙が入っていた。

「何か不便なことがあればお知らせください」と書かれている。


モルデガルドは、その一文を三度読み返した。


何か不便なことがあれば。


(……不便、か)


思い当たることがないわけではない。

窓は少し小さい。

外の空気をもっと感じられれば、龍脈の流れも読みやすいだろう。


だが、それを“不便”とは思わなかった。


この国の生活は、驚くほど快適だ。

食事は決まった時間に届き、部屋は静かで、灯りは魔素も使わずに明るい。

本は頼めば次々と届き、知らぬ知識がいくらでも手に入る。


(……むしろ、足りんのは知識の方じゃな)


もっと読みたい。

もっと知りたい。

この国の仕組みも、歴史も、技術も、すべて。


手紙をたたみ、本棚の隙間にそっと差し込む。


不便など、何ひとつない。

あるのは――

新しい知識への渇きだけだった。


* * *


本を閉じた後、モルデガルドは外へ出た。

せっかく異世界に来ているのだ。

本だけで満足するには、あまりにも惜しい。


ホテルの自動ドアが、音もなく左右に開く。


(……ふふ、何度見ても飽きんの)


魔素も使わず、気配もなく、ただ“意志”だけで開くように見える。

通るたびに、胸が少しだけ高鳴る。


外に出ると、車という鉄の箱が、信じられぬ速度で道路を走っていく。

信号機が色を変えるたび、街全体がそれに従って動きを変える。


(おお……! まるで巨大な魔法陣じゃ)


思わず声が漏れそうになり、慌てて咳払いで誤魔化した。

老人の威厳というものが、一応ある。


電車が通り過ぎると、風が巻き起こり、地面がわずかに震える。

あれほどの質量が、魔素も使わずに動くとは。


(……理屈は本で読んだが、実物は迫力が違うの)


駅に入ると、エスカレーターが勝手に階段を運んでくれる。

モルデガルドは一段乗るたびに、つい足元を確認してしまう。


(動いておる……! わしが何もせんのに!)


エレベーターでは、箱ごと上下に移動する感覚に思わず笑みがこぼれた。

老人らしからぬ、少し浮ついた笑みだ。


(これは……癖になるわい)


ホテルに戻れば、部屋は常に快適な温度に保たれている。

エアコンという装置のおかげらしい。

家具も家電も、どれも魔道具ではないのに、魔道具以上に便利だ。


(文明とは、こうも愉快なものか……!)


思わず両手を腰に当て、部屋をぐるりと見渡した。

まるで宝物庫を見つけた子供のように。


窓を開けると、冷たい外気が流れ込んでくる。


東京の夜の空気は、アル・テラスとはまるで違う。

機械の匂い、食べ物の匂い、雨と土と、人の気配が混ざり合っている。


(……面白いの)


窓を開けるたびに、新しい発見がある。

異世界では決して感じられなかった“文明の匂い”だ。


モルデガルドは窓枠に肘をつき、夜景を眺めた。


光が多い。

まるで街そのものが魔道具のように輝いている。

瘴谷では夜になれば闇が支配したが、ここでは闇が押し返されている。


星は見えない。

だが、それも悪くない。

この光の海は、この国の力そのものだ。


(……住めば住むほど、知りたいことが増えるわい)


確信がある。

ここには本がある、知識がある、未知がある。

そして――文明がある。


それだけで十分だった。

どこにいようと、学べる場所なら――

モルデガルドは喜んでそこに住む。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ