第183話 エンバルム ― 交差する黒
是非、ブックマークか評価を。
私にガソリンをください!!
静寂が落ちる。
その直後、遅れて伝わってきた衝突の余波が空気を震わせ、舞い上がった砂と土が雨のように降り続ける。
エンバルムと真弓の間には、星砕きと魔砲が真正面から衝突し、互いの力を喰い潰しながら消滅した結果として、直径30メートルを超えるクレーターが地面に刻み込まれていた。
真弓はその縁で片膝をつき、両手の拳銃を地面に突き立てて身体を支えている。
呼吸は荒く、魔素は完全に枯渇していた。
対してエンバルムは、クレーターの向こうで静かに立っていた。
全身から血を流しながらも揺らぎはなく、むしろ存在感は増している。
「……見事なり」
低く響く声には確かな評価が込められているが、その奥にはまだ余力が残っているという余裕が滲む。
一歩踏み出すたび、ズン、と地面が沈み、空気が押し潰される。
* * *
「姉ちゃん!」
陽平が堪えきれず駆け出そうとする。
「来んな、バカ」
真弓は顔を上げ、息を乱しながらも軽く睨むと、顎で前方を示す。
「まだ戦いは終わってないわよ!」
陽平は言葉を詰まらせ、視線をエンバルムへ向ける。
真弓は小さく息を吐き、わずかに口元を歪めた。
「アタシに構うな愚弟。アンタはアンタでやるべきことをやりな!」
その短い言葉が、確かに背中を押した。
* * *
直哉たちは、地形ごと削り取られたその跡に、戦闘中であることを一瞬忘れてしまった。
(……これ、本当に人がやったのかよ)
直哉は言葉を失い、最上もまた連続使用した瞬神の反動で集中が揺らいでいた。
その中で――武虎だけが視線を外していない。
重心を落とし、拳を構え、呼吸すら戦闘のリズムに合わせて整えている。
(……来る)
確信と同時に、身体はすでに反応していた。
バチィィィッ!!
雷が爆ぜ、エンバルムの姿が掻き消える。
だが武虎は迷わず踏み込んだ。
「そこだろォ!!」
雷化の拳と武虎の拳が真正面から激突する。
ドォンッ!!
衝撃波がクレーターの縁を吹き飛ばし、地面が震える。
「っ……!」
武虎の足が地面にめり込む。
それでも一歩も引かない。
その衝突音で、直哉と陽平の意識が現実へ引き戻される。
「トラ!?」
最上もまた意識を戻し、体勢を整える。
「……っ、危なかった……今、完全に見失ってた」
武虎は歯を食いしばりながら押し返す。
「よそ見してんな……まだ終わってねえだろ!」
その一言で、空気が切り替わる。
直哉がバットを構え直し、踏み込む。
「……ああ、ごめん!」
陽平も魔素を流し込み、木刀を握り直す。
「ここからだ……取り返すぞ!」
最上も呼吸を整え、剣を引き、目に鋭さを取り戻す。
* * *
だが、武虎は徐々に押し込まれていた。
「ぐっ……重っ……!」
「いい反応だ、人間」
エンバルムの拳が2撃目を叩き込む。
武虎の体勢が崩れる。
直哉が割り込むが、わずかに間に合わない。
ヒィィン、と空気を裂いて最上が介入し、刃で軌道を逸らす。
しかしその遅れが命取りになる領域。
直哉へ拳が叩き込まれる。
「がっ――!」
直哉が吹き飛び、地面を転がる。
「神谷くん!!」
陽平が難陀を展開し斬りかかるが、エンバルムは片腕で弾き飛ばす。
「抗うか、悪くない」
踏み込みの速度がさらに上がる。
その一瞬――
全員の胸に、重い影が落ちた。
真弓は膝をついたまま立ち上がれず、陽平も度重なるバフや回復等の補助で魔素の残量が少ない。
最上は瞬神の反動で脚が震えており、篠崎は火躯の纏いの影響で炎が弱まっている。
直哉もまた、立ち上がりながら歯を食いしばる。
(……強すぎる……。
このままじゃ……押し切られる……)
誰も口には出さない。
だが、全員が同じ感覚を抱いていた。
“あと一歩で折れる”
そんな危うい均衡。
エンバルムにも深い傷が刻まれており、死の気配が漂いつつあるが、それ以上に覇気が膨れ上がり、その圧だけで膝が沈みそうになる。
(……くそ……まだ……!)
直哉がバットを握るが、力が十全に入らない。
陽平も攻撃に駆けだすが、ほんのわずかに踏み込みが浅い。
最上でさえ、一瞬だけ視線が揺らぐ。
そのとき――
地面を踏み鳴らす音が響いた。
武虎が立ち上がり、吠える。
「まだ終わってねえだろ!!」
その声は、折れかけた心を叩き割るように響いた。
直哉が息を呑む。
陽平が木刀を握り直す。
最上が小さく息を吐き、苦笑する。
「……まったく。年下に喝入れられるなんて、情けないわね」
篠崎も肩を回しながら鼻で笑う。
「おいおい、俺もだよ。後輩に尻叩かれてんのかと思うと……こりゃあ、相当ダサいな」
互いに視線を交わし、ほんの一瞬だけ苦笑が漏れる。
その“情けなさ”が、逆に腹の底へ火を落とした。
最上は剣を握り直し、篠崎へ視線を向ける。
「……篠崎さん。少しの間、あなたに任せるわ。
集中するから――その間だけでいい。抑えて」
篠崎はニヤリと笑い、拳を握りしめた。
「任せとけ。先輩として、ちょっとはカッコつけねぇとな」
最上もまた、わずかに口角を上げる。
「ええ。情けないままじゃ終われないもの」
2人の魔素が再び燃え上がり、戦場の空気が一段と熱を帯びた。
* * *
まず割り込んだのは――篠崎だった。
「おらぁッ!!」
残り少ない魔素を両腕に集中させ、炎が爆ぜる。
拳に纏った灼熱が、雷の拳と正面から激突した。
ドガァァン!!
炎と雷がぶつかり合い、砂が吹き飛ぶ。
篠崎は押されながらも、歯を食いしばって拳を振り抜く。
「もっとだ……もっと燃えろやぁッ!!」
エンバルムの雷撃を殴り返し、軌道を逸らす。
その一瞬の隙――
ヒュッ。
最上が、地を滑るように加速し、エンバルムの前に躍り出る。
身体強化:極のみで、瞬神ではない。
しかしそれを目で追ったエンバルムが嗤う。
「どうした? 先程の技は使わぬのか?
力尽きたか、人間!」
最上は答えない。
ただ、剣を構える。
その瞬間――
世界の“色”が変わった。
最上の周囲だけ、空気が止まったかのようだ。
身体強化:極によって圧縮された魔素が、更に収束していく。
最上を覆っている魔素が紅く染まった。
眩い光ではない。
極限まで圧縮された、濃密な紅の輝きだ。
最上は小さく呟いた。
「……砕《《神》》」
その言葉が空気を震わせた瞬間――
世界が“割れた”。
ズバァァァァッ!!
剣が振り抜かれた軌跡に、地面が“遅れて”裂ける。
巨大な裂け目が一直線に走り、砂塵が爆ぜる。
エンバルムの身体が、胸から腰まで綺麗に両断されていた。
「……ッ!?」
エンバルムは寸前で雷化し、致命傷を逃れた。
だが、雷化のまま地面へ叩きつけられ、血を吐きながら転がる。
雷光が乱れ、制御が崩れている。
明らかに、今の一撃は“効いた”。
だが――
「……まだだッ!!」
エンバルムの雷が一瞬だけ濃くなり、そのまま最上へ向けて一直線に収束する。
雷鳴が空気を裂き、地面が焦げるより早く、拳が迫る。
(避けられない――!)
最上の視界が一瞬だけ白く染まる。
ガギィィィィン!!
水の壁が割り込んだ。
陽平の跋難陀だ。
「はぁ……はぁ……!」
陽平の魔素も枯渇寸前で、跋難陀の表面にヒビが走る。
それでも――
陽平は踏ん張った。
「まだ……だ……ッ!!」
跋難陀が雷撃を弾き返し、カシャンッ!!と砕け散った。
その破片の後ろから、地面を砕くような踏み込みが響く。
「おらぁぁぁぁぁッ!!」
武虎だった。
右腕に集めた魔素が、黒い稲妻となって噴き出している。
赤虎の魔素が右腕へ集中し、肩から指先まで黒く染まり、バチバチと空気を焦がす。
(全部……ここに込める……!)
黒い稲妻が右腕に密集し、皮膚が裂けそうなほど魔素が膨張する。
「喰爪の相ッ!!」
黒い魔素が爆ぜ、5本の指先から“黒い虎爪”が伸びる。
武虎が突撃し雷光を切り裂く。
喰爪の相の消失効果が、エンバルムの雷を削り取っていく。
「ぐぬ……ッ!?」
エンバルムが雷化で逃げようとする。
「逃がすかよ、時穿つ瞳・ゼロ!!」
エンバルムの雷化が止まる。
しかも――今回はそれだけじゃない。
エンバルムが目を見開こうとした瞬間、その瞼がピクリとも動かない。
「……な……ぜ……瞼が……開かぬ……?」
(『識界のターゲットを“瞼”に設定しました。
閉じた瞬間に時を止めたので、開けません』)
イチカの声が淡々と響く。
エンバルムの表情が歪む。
雷化も、回避も、反撃もできない。
武虎の喰爪の相が、エンバルムの胸へ深く食い込む。
同時に直哉が叫ぶ。
「闇哭七連撃ッッッ!!」
衝突と同時に、バットから零れ落ちた闇が、喰爪の相へと吸い寄せられる。
本来ただのエフェクトのはずの闇が、武虎の喰爪の相という“本物”に触れたことで、実体を持ったかのように振る舞い始める。
その錯覚が、直哉の一撃を更に押し上げる。
黒い爪に絡みついた闇が、まるで増幅装置のように衝撃を一点へ収束させる。
ドガァァァァァァァン!!!
喰爪の相の本来の破壊力に、直哉の“過剰に乗った一撃”が重なり、内側から弾けるような衝撃が炸裂し、エンバルムの身体を吹き飛ばした。




