第181話 エンバルム ― 転移門
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私にガソリンをください!!
砂煙がまだ薄く漂う中、俺は荒い呼吸を整えながら、目の前に立つ2人の姿を見つめた。
「最上さん……それに篠崎さんも、なんで……?」
最上は剣についた砂を軽く払うと、肩をすくめて笑った。
「ダンジョン課の人に頼まれてね。あなたたちを見てやってくれって」
篠崎はポケットに手を突っ込んだまま、いつもの飄々とした笑みを浮かべる。
「おう、神谷。
お前、随分ダンジョン課に買われてるな。
久々の緊急依頼だったぜ」
「ありがとうございます、助かりました」
「手ぇ貸すぜ。いいよな?」
「はい、ありがとうございます。それより、気を付けてください、あいつは――」
「グルォォォォォッ!!」
言葉を遮るように、荒野を震わせる咆哮が響いた。
次の瞬間、エンバルムの姿が雷光に溶け、稲妻の槍のような速度で一直線に突っ込んでくる。
「避けて!!」
最上の叫びと同時に、6人は四方へ跳び散った。
突き抜けた雷撃が地面を抉り、荒野には一本の焦げた線が刻まる。
墓石は粉々に砕け散り、焦げた臭いが風に乗って広がる。
エンバルムは雷光を収束させながら、黄金の瞳で6人を鋭く睨みつけた。
「グハハハハ……壊れるまで足掻け、そのすべてを喰らってやる」
その声は、雷鳴の余韻を引きずるように低く響く。
6人はそれぞれの位置で体勢を立て直し、武器を構え、息を整えながらエンバルムを見据えた。
最上が剣を構え直し、口角をわずかに上げる。
「……上等よ。次はこっちの番だから」
* * *
篠崎が一歩踏み出し、燃え上がる右手を軽く振りながら鼻で笑う。
「派手にいくぜえ!――炎禍を刻め!!」
篠崎の右手が赤熱し、次の瞬間、火炎放射のような灼熱の奔流がエンバルムへ向けて噴き出した。
轟音とともに炎が荒野を焼き、空気が歪む。
だが――
バチィィィィッ!!
エンバルムの輪郭が雷光に溶け、雷鳴の衣が発動した。
炎はすり抜け、残ったのは雷の軌跡だけだ。
「ちっ……!」
篠崎が舌打ちする。
「篠崎さん、そいつは雷になって攻撃を無効化するんです! 気を付けて!」
篠崎がニヤリと笑いながら炎を指先で弾き、肩を回して構えを作る。
「面白ぇ……雷だろうが何だろうが焼き切ってやるよ」
篠崎が一歩前に出た瞬間、エンバルムの雷化した腕が振り抜かれた。
ドガァッ!!
篠崎は炎を纏った前腕で、その拳を正面から受け止める。
衝撃が地面を震わせ、2人の足元に亀裂が走る。
最上は逆に、身体強化:極を発動し、神速の踏み込みでエンバルムに横薙ぎの一撃を叩き込む。
キィィィン!!
金属音が荒野に響き、火花が散る。
2人は攻撃を恐れず、むしろ“迎え撃つ”ように前へ出る。
「すげえ、2人とも雷を受け止めて、攻撃してる……!」
(『直哉、感動している場合ではありません。連携してください』)
「わかってる!」
4人も攻撃を再開する。
* * *
篠崎が炎を噴き出しながら拳を受け止め、焼けつくような熱気をぶつけ返すと同時に、最上がその脇へ滑り込むように入り込み斬り込む。
ガギィィンッ!!
エンバルムの拳と炎がぶつかり合い、その隙を突くように最上の刃が喰い込む――が。
エンバルムは顔を歪めながら強引に体を引き、後退と同時に腰を回して蹴りを叩き込む。
ドガァッ!!
「っ……!」
最上が歯を食いしばりながら剣で受け流し、その衝撃を横へ逃がして間合いを取り直す。
「はぁッ!!」
返す刃を振り抜き、わずかに崩れた体勢へ斬撃を重ねる。
ザシュッ――!!
雷化した肩口が裂け、血が弾ける。
だが――浅い。
エンバルムの瞳がさらにギラつく。
「……効かぬか、だが――鬱陶しい……ッ!」
そのほんの僅かな停滞。
「――今だろォ!!」
武虎が地面を砕くように踏み込み、牙を剥くように拳を叩き込もうと距離を詰める。
だが。
「甘いッ!!」
バキィッ!!
振り抜かれた肘打ちが武虎の腕に直撃し、衝撃が骨まで響いて弾き飛ばされる。
「ぐっ……!」
体勢を崩しながら後方へ吹き飛び、地面を転がりながら砂煙を巻き上げる。
「トラ!!」
直哉が叫ぶ。
間髪入れず――
ドォンッ!!
真弓の魔弾がエンバルムの足元で爆ぜ、地面ごと抉るように衝撃を叩き込む。
「今だ、崩せる!!」
「ナイス、姉ちゃんッ!!」
陽平が歯を食いしばりながら魔素を流し込み、難陀を地を這わせて一気に伸ばす。
水蛇が地面を滑るように走り、足へ絡みつこうと牙を剥く。
だが――
バチィッ!!
エンバルムが雷へと転じ、そのまま爆ぜるように跳躍して絡め取りを回避する。
空中へ逃れる。
「逃がさないわよ……!!」
落下点へ、最上が先回りしていた。
「――そこ」
踏み込みと同時に剣を振り抜く。
ヒュン――ザシュッ!!
腕に浅く裂傷が走る。
「チィッ……!」
エンバルムが唸り声を上げながら空中で体をひねり、その勢いのまま篠崎へ拳を叩きつける。
ドゴォォン!!!!
篠崎が炎を爆ぜさせながら真正面で受け止め、踏み込んだ足元から地面が崩れ落ちる。
「ぐっ……面白え……!!」
炎と雷がぶつかり、オレンジと青白い光が混ざり合いながら爆ぜる。
ギチギチと押し合う音が響く。
2人の力が拮抗し、周囲の砂を巻き上げながら砂煙が渦を巻いていく。
その外側で――
直哉たちは息を乱しながら動き続ける。
一歩踏み込んでは引き、攻撃を差し込んでは弾かれ、次の瞬間には回避へ移る。
誰も押し切れない。
だが――誰も引かない。
「まだだ……まだ、崩れる……!」
「倒せる……絶対に!」
叫びが交錯する。
風が吹き抜け、舞い上がった砂が視界を曇らせる。
呼吸が荒い、鼓動が速い。
それでも――全員が前を見ている。
そして、エンバルムもまた、血を流しながら笑っていた。
「よい……よいぞ……!」
その声は、確かに“楽しんで”いた。
* * *
砂煙が渦を巻き、荒野の空気が震える。
エンバルムは低く唸りながら姿勢を落とし、黄金の瞳を細めた。
「グルルルル……」
その瞬間、地面が破裂した。
ドッ!!
エンバルムの姿が掻き消え、最上へ迫る。
最上は剣を構えたまま受け流すが、その速度にわずかに目を見開いた。
「……っ、速い!」
篠崎が炎を纏った腕で割り込む。
「くそ、雷鳴の衣……噂には聞いていたが、やっかいだな」
エンバルムは跳躍し、今度は武虎へ。
武虎は紙一重で避けるが、拳が通った地面が大きく抉れた。
真弓が上空から魔素弾を撃つが、雷に絡めとられてしまう。
最上が息を荒げながら言う。
「まさか……スピードで負けるなんて……!」
篠崎は舌打ちし、拳を握りしめた。
「ちっ、仕方ねぇ。
おい、神谷。俺がエンバルムを抑える。
その隙にお前らで攻撃しろ!」
「抑えるって……どうやって!?」
篠崎はニヤリと笑う。
「言ったろ。どんな技も魔素量でなんとかなるってよ。
まあ見とけ」
* * *
篠崎が口元を歪めながら笑い、全身の魔素を一気に練り上げる。
「カァァァァァ!!」
篠崎の全身から炎が噴き上がり、荒野の空気が一気に熱を帯びる。
「――火躯の纏い!!」
炎が渦を巻き、篠崎の輪郭が灼熱の化身のように燃え上がる。
地面が焦げ、空気が震え、熱波が荒野を焼く。
「行くぜ、王様ァ!!」
篠崎が炎を纏った拳で突撃する。
エンバルムは迎え撃つように踏み込み、拳を振り抜く。
ドガァァァン!!
拳と拳が激突し、衝撃波が荒野を裂く。
エンバルムは雷化して逃げようとするが――
篠崎の拳が雷そのものを殴りつけた。
「……なっ!?」
雷光が弾かれ、エンバルムが強制的に実体化する。
「はっはっは、こういうのは初めてか、王様よ!!」
篠崎はさらに殴りかかる。
ドゴォッ!
バキィッ!
ズガァンッ!!
エンバルムは雷で逃げようとするが、篠崎の膨大な魔素が込められた拳が雷ごと殴り、逃げ切れない。
「グルァァァァ!!」
ついにエンバルムは雷化を諦め、拳を構えて殴り返してきた。
拳と拳が激突し、2人はロックアップのように組み合う。
篠崎が歯を食いしばりながら叫ぶ。
「今だ、やれぇぇ!!」
* * *
(『転移門、展開します!』)
イチカの声とともに、空間が歪み、光の門が開く。
エンバルムは組合いながらも、必死に抵抗する。
「グルルルルルルァァァァ!!」
雷が門を破壊しようと暴れ、空間が軋む。
「くっ……維持が……!」
直哉は全神経を転移門の維持に注ぎ込む。
「顕装壱式――難陀!!」
巨大な水蛇が唸りを上げ、エンバルムへ噛みつこうとする。
だがエンバルムは組合いながらも、身をひねって回避する。
篠崎が叫ぶ。
「かまうな!! 俺ごとやれぇぇ!!」
「なっ……!?」
「いいからやれ!!」
陽平は歯を食いしばり――
「うおおおおお!!」
難陀で篠崎ごとエンバルムを締め上げた。
ギチギチギチッ!!
蛇腹剣のような水刃が2人の身体を切り裂き、血が飛び散る。
「ぐっ……!」
「ガァァァ!!」
それでも篠崎は笑った。
「効いてる効いてる……!
押し込めぇぇ!!」
* * *
篠崎が炎で抑え、陽平が難陀で拘束する。
武虎が、真弓が、最上が攻撃し、エンバルムの抵抗を弱める。
そして直哉が転移門を維持する。
エンバルムは雷で門を破壊しようと暴れるが――
「させるかよ!!」
直哉は全魔素を注ぎ込み、転移門を強制的に安定させる。
光が荒野を照らし、空間が震え、炎、水、剣、拳、魔弾が一斉にエンバルムへ叩き込まれる。
6人の力が1つに重なり、エンバルムをじわじわと後方へと押し込んでいく。
足元の地面が削れ、瓦礫が砕け、転移門の縁で光が歪む。
「押せぇぇぇぇ!!」
「あと一歩だッ!!」
ズズズ……ッ!!
エンバルムの身体が、少しずつ――少しずつ――転移門の内部へと飲み込まれていく。
「押し込めぇぇぇ!!」
直哉が叫ぶ。
その声に呼応するように、6人の魔素がさらに跳ね上がる。
「グルァァァァァァァァァッ!!」
咆哮が荒野を震わせる。
光が膨張し、視界が白く染まる。
そして、エンバルムの身体が完全に転移門へ飲み込まれ、閃光の奔流とともにその姿が消えた。
* * *
「……やった、か……!」
「油断すんな、終わってねぇ!!」
篠崎が即座に前へ踏み出す。
最上が頷き、剣を構え直す。
直哉が息を吐き、視線を転移門へ固定する。
「追うぞ――ここで逃がしたら、全部無駄だ」
「当然でしょ」
「行くぞ!!」
誰一人として迷わない。
6人は同時に地面を蹴り、残る光の渦へと飛び込む。




