第179話 エンバルム ― 学習する怪物
是非、ブックマークか評価を。
私にガソリンをください!!
第4層、墓地荒野の入り口で、直哉は足を止めて振り返りながら仲間の顔を順に見て、バットのグリップを握り直した。
「なあイチカ、エンバルムの出現場所って、ある程度絞れたりしないか? この広さじゃさすがに運任せが過ぎる」
『現段階では、目撃情報が少なく、傾向を出せるほどのデータが揃っていません』
「まあ、そうだよな」
『ですが、闇雲に行動するより、効率的な探索指針の提示は可能です』
「おっ、マジで? それでいい、それ教えてくれ」
『承知いたしました。観測された魔素濃度の偏差、過去の遭遇位置、地形的要因を加味し――候補は5箇所です』
直哉たちのダン活アプリに、淡い光が走る。
地図上に、赤いマーカーが表示された。
「サンキュ。……よし、みんな」
直哉は振り返る。
「一番近い北東から順に潰していこう」
「ああ、了解だ」
「行くぜ」
「早く終わらせるわよ」
4人は同時に地を蹴り、灰色の荒野を一直線に駆け抜けた。
グールが出れば撲殺し、スペクターが出れば処理した。
だがどちらも手慣れたもので、数合のやり取りで事が済む。
「なんだかんだ、百鬼夜行のおかげで、倒し方みたいなのがわかったな」
「ああ、とはいえ、もう会いたくないけどな」
全員のレベルアップもあり、軽口を見せながら1カ所目、2カ所目、3カ所目と回る。
「いないな」
「まあそうそういないだろ」
しかし、4カ所目に近づいた時。
「なあみんな、これ」
「ああ、いるな、強力な魔素を感じるぜ」
しばらく進むと地響きのような音が聞えてくる。
「みんな、気配を押さえるんだ!」
4人は遠目に見えるところまで進んだ。
* * *
墓石に囲まれた巨大な建物だ。
しかし、建物の屋根はすでに朽ちており、石床と等間隔に並べられた柱だけが残っている。
その様相は、まるで闘技場のように見えなくもない。
その中心で、エンバルムは最期のグールを雷光槌で炭化させ、ポリゴンを吸収する。
「まだだ、まだ足りぬ……!!
魔素量も技のキレも足りておらぬ!」
吸収のたびに体が脈動し、魔素が少しずつ膨れ上がっていく。
「これでは……あの人間すら砕けぬ……!」
* * *
「エンバルムだ、いやがったな……」
「みんな、短期決戦だ。
エンバルムは周囲のモンスターを吸収して回復する。
長引かせるほど不利になるぞ」
「ああ、そうだな、最初から全開で行こう!」
陽平が木刀を振い、全員に沙羯羅による強化を施す。
「こっちも準備よしだよ」
直哉は全員の顔を見て、頷きを受け取った。
「――行くぞ」
踏み込んだ瞬間、エンバルムが振り向き、黄金の双眸が4人を射抜いた。
「……人間か」
口が裂けるように歪み、嗤う。
「自ら我が糧になりに来るとは、殊勝なり!」
そして迎え撃つように、壊れた鉄棍を横に振るうと、残骸から雷光が伸び、槌の形へ変わっていく。
「おい、武器が!?」
「構うな、集中しろ!」
陽平の難陀が正面から牙を剥き、水流を螺旋に纏わせながら一直線に食らいつく。
その影に潜り込むように真弓が体勢を低く落として砕陣弾を連射する。
ダンダンダンッ!!
だが。
エンバルムは踏み込みすらせず、その場に立ったまま腕を振り上げ、雷光槌を迎撃として無造作に振るった。
バチィィィンッ!!
難陀は正面から叩き潰され、水流ごと粉砕されて一瞬で蒸発し、白い蒸気となって視界を覆う。
そのまま振り抜かれた雷光が軌道を変え、追い込んでいた砕陣弾を真正面から叩き落とし――
ガガガガッ!!
爆裂の手前で、すべて打ち砕かれた。
「なっ、俺の難陀がっ!?」
陽平が思わず声を上げる。
しかしその一瞬。
「隙ありだぜ!」
武虎が地面すれすれまで姿勢を落とし、滑り込むように足を送りながら断裂猛襲を拳に乗せて叩き込む。
同時に直哉が蜻蛉飛びで軌道をずらしながら跳ね上がり、頭上から速度を乗せた一撃を振り下ろす。
ドォンッ!!
ガギィィンッ!!
エンバルムは武虎の拳を片膝で受け止め、衝撃を踏み潰すように地面へ流しながら、直哉のバットを額で真正面から受け止める。
「……は?」
直哉の目が見開かれる。
鈍い衝撃が返り、腕が痺れる。
エンバルムの額から血が滴る。
だが――
「グハハハハ――」
エンバルムは滴る血を舐め取りながら、ゆっくりと口角を吊り上げる。
「生きがいい……小童どもよ」
視線が一人一人を舐める。
「疾く、我の糧となれ」
その瞬間、ズン――と見えない圧が落ちる。
エンバルムが雄叫びを上げ、全身から魔素を解放した。
「グォォォォォオオオオオッ!!」
膨大な魔素が奔流のように溢れ出し、空気が歪み、周囲の瓦礫がガタガタと浮き上がりながら震動を始める。
バリ……バリバリ……!!
地面が軋み、小石が跳ね上がる。
熱と圧が同時に押し寄せる。
直哉が歯を食いしばりながら呟く。
「おい……こいつの魔素量……さっきと桁違いだぞ」
武虎が肩越しに舌打ちする。
「ああ、ネオセリッド並み……いや、それ以上かもしれねぇ」
一瞬、場の空気が揺れる。
『落ち着いてください。
第4層到達以降の成長により、皆さんのステータスは平均15%以上上昇しています。
現戦力で十分に対抗可能です』
直哉が息を吐き、肩の力を一瞬だけ抜く。
「……だよな」
バットを握り直し、口元を歪める。
「こんなとこで日和ってる場合じゃねぇよな!」
一歩踏み込む。
「いくぞ、みんな!!」
その声と同時に、4人の魔素も一斉に跳ね上がった。
* * *
エンバルムが地面を抉るように踏み込みながら一気に間合いを詰め、そのまま雷光槌を叩き潰すように振り下ろした。
ズドォォォォン!!
衝撃が爆ぜながら地面が沈み、砕けた墓石が跳ね上がって周囲に弾け飛ぶ。
「散開!!」
武虎が叫びながら前へ踏み込み、体重を乗せて腕に魔素を集中させ、正面から受け止める体勢に入る。
ガギィィィン!!
衝突と同時に膝が沈み込み、地面がめり込みながら足元でひび割れが広がる。
「くっ……重てぇ!! なんだこの圧!!」
武虎が歯を食いしばりつつ踏ん張るその一瞬の硬直を狙い、直哉が背後から一気に滑り込みながら身体を捻って回転を乗せ、そのままバットを横薙ぎに叩き込んだ。
ドゴォン!!
鈍い衝撃が腹部にめり込み、体勢がわずかに崩れる。
そのタイミングに合わせて、陽平が木刀を振り抜きながら難陀でエンバルムを拘束する。
難陀がギリギリと締め上げ、エンバルムの肌から血が噴き出す。
さらに真弓が翼界で空に飛びあがり、魔素を圧縮した瞬陣弾を叩き込む。
ズダダダダダダッ!!
水による拘束と内部衝撃が重なり、エンバルムの身体が明確に押し返されて一歩分後退する。
「もっとだ!!」
直哉が叫びながら踏み込もうとする。
だがその瞬間――
エンバルムの身体が輪郭を崩しながら雷光へと変質し、難陀を伝って、一瞬で移動して陽平の目の前に再構成される。
「……なっ!?」
反応が遅れる。
ベキベキベキィィッ!!
迷いのない一撃が胴に突き刺さり、骨が軋む音とともに陽平の身体がくの字に折れ曲がる。
「がっ……!!」
血を吐きながら後方へ弾かれ、そのまま墓石を砕きながら転がる。
「陽平!!」
直哉が叫びつつ駆け寄ろうとし、地面を蹴って無理やり距離を詰める。
陽平は歯を食いしばりながら地面に手をつき、そのまま踏ん張りながら強引に体勢を立て直す。
「……っ……大丈夫、まだ動ける……!」
呼吸を荒げながらも前を見る。
「しゃらくせえ!!」
武虎が地面を蹴り抜きながら一足で距離を詰める。
拳を振り上げながら踏み込み、その瞬間に蜻蛉飛びで軌道をひねって急角度で潜り込む。
視線を外す動きとフェイントを重ね、そのまま死角から拳を叩き込もうとする。
「がら空きだぜ、あほんだらぁ!!」
同時に直哉が反対側へ回り込みながら踏み込み、挟み込むようにタイミングを合わせて打撃を叩き込む。
ズドン!!
だが、エンバルムはわずかに身体を沈めながら軌道を見切り、自身を雷光へ変化させて攻撃の隙間をすり抜ける。
直後に再構成しながら、空間ごと叩き潰すような巨大な雷光槌を横薙ぎに振るう。
ドガァッ!!
武虎が腕で受けつつ弾かれ、直哉が跳ねるように距離を取る。
「くそっ……!」
「速ぇし読みやがる!!」
さらに踏み込むエンバルム。
しかしその軌道へ、させまいと真弓が砕陣弾を撃ち込み、衝撃でわずかに進行を狂わせる。
「バリバリ、バリバリうっせんだよ、このかみなりオヤジが!」
* * *
ドガァッ!! バキィッ!! ズドォン!!
武虎の打撃が正面からぶつかり、直哉の一撃が側面へ入り、真弓の魔弾が上から降り注ぎ、陽平の拘束で動きを奪う。
4人が連携を繋ぎながら、一瞬の隙に攻撃を重ねていく。
だが、エンバルムは――止まらない。
「……グハハハハ、無駄なあがきよ!」
攻撃を重ねれば重ねるほど、エンバルムの動きが研ぎ澄まされていく。
「チッ……!」
武虎が舌打ちしながら体勢を変える。
(こいつ、動きがどんどん変わっていきやがる。
戦いの中で学習してやがるのか……!!)
そんな一瞬の思考に重なるように、雷光槌が目の前に迫る。
「……しまっ!!」
『直哉』
イチカの声が割り込み、直哉の意識が即座に切り替わる。
「時穿つ瞳・ゼロ!」
攻撃軌道上の空間が歪み、分子運動が固定される。
雷光槌がその領域へ突っ込む。
バチ……ッ
雷光槌が消失する。
「なに――!?」
エンバルムの目がわずかに揺れる。
「今だ!!」
直哉が叫びながら踏み込む。
武虎が正面から叩き込み、真弓が上から撃ち込み、陽平が切り裂く。
三方向同時攻撃。
ドガァァァァン!!
確実な直撃。
エンバルムの身体が大きくよろめき、地面へ押し込まれそうになる。
だが、強引に踏みとどまって体勢を立て直す。
「我の雷が消えるだと……面妖な」
直哉が肩で息をしながら後退し、仲間の状態を一瞬で見る。
(削れてる……でも――)
武虎の動きは鈍り、陽平の呼吸は荒く、真弓も魔素の消費が激しい。
対して、エンバルムは血を流しながらも、口元をわずかに歪めた。
「ヌシのその魔素、覚えがあるぞ。
そうか、我の脚と腕を寸断した者か」
エンバルムの黄金の双眸が直哉を捉え、魔素がさらに膨張する。
「グハハハハ、その力、面白い。
我の力にしてやろう」
その瞬間。
流れが、エンバルムに傾き始めた。




