第178話 ひと時の休息
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私にガソリンをください!!
百鬼夜行の翌日の午前中、直哉は自宅でだらっと天井を見ながら過ごしていたが、身体の奥に残る疲労とは裏腹に、妙に落ち着かない感覚が引っかかっていた。
「……だるいのに、軽いってなんだこれ」
そう呟きながら立ち上がり、気分転換に近くのコンビニまで出てみたものの、歩いている途中で違和感ははっきりと形になる。
足を踏み出すたびに、地面を踏んでいる感覚が少しだけ遅れてきて、身体だけが先に進んでいるようなズレがあった。
「……やっぱ変だな、疲れてるはずなのに妙に動く」
歩道の端で一度足を止め、軽く跳ねて確かめてみるが、沈むよりも先に身体が浮くような感触が返ってくる。
『急激なレベル上昇に伴う身体能力の向上と推測されます。
身体性能が強化されたことに対して、神経系の適応していません』
直哉は小さく鼻を鳴らした。
「ようは、体を持て余してるってことだよな?」
『はい、その通りです』
コンビニの袋を軽く振りながら歩き出すが、やはり動きに対する感覚が微妙に一致しない。
『一定時間、身体を動かし適応を促すことを推奨します』
「だろうな……じっとしてる方が悪化しそうだ」
帰宅してしばらく休んでみても、違和感は消えるどころかむしろ強まるように感じて、直哉はソファから起き上がった。
「ちと道場行って、軽く流すか」
そう言って準備を整え、そのまま道場へ向かう。
* * *
いつも通り道場は活気に満ちている、が。
「……あれ?」
奥を見ると、武虎が1人で動いていた。
拳を打ち込み、戻し、また踏み込み、何かを確かめるように反復練習をしている。
「おーっす」
直哉が声をかけると、武虎は動きを止めて振り向いた。
「おう、神谷。
今日は休むんじゃなかったか?」
「トラもだろ」
「いやさ、そのつもりだったんだけど、どうも体がな」
「あー、やっぱりか。俺もだよ!」
「朝から変だろ、この感じ」
直哉が軽く跳ねてみせると、武虎も同じように軽く蹴りを放つ。
「わかる、なんか軽いっつーか、身体に追いついてない感じがする」
「ああ、それそれ、まさにそれだわ」
少し間を置いて、2人とも同じように苦笑する。
「イチカ曰く、レベルアップで急激に強化されたのに頭がついていってないみたい」
「じゃあ動いて慣らすしかねぇな」
武虎は拳を握り直し、もう一度構えを作った。
「軽くやるか?」
「だね、身体強化だけで流そうぜ」
「了解」
自然に間合いが詰まる。
* * *
最初の打ち込みは、明らかにズレていた。
踏み込みと同時に拳を出したはずが、半拍早く入ってしまい、戻しのタイミングが噛み合わない。
「……っ、フワッとするな、これ」
「トランポリンで飛んだ後の逆バージョンみたいだな」
「確かに!」
武虎が一度距離を取りながら笑う。
もう一度。
今度は意識してワンテンポ遅らせる。
ガッ。
今度は綺麗に当たるが、その直後の体勢移動がわずかに遅れる。
「あんまり頭で考えるより、兎に角、動いて慣らすのがよさそうだな」
「ああ。なんか完全にズレてるぜ、今までの感覚じゃ追いつかねぇ」
何度も繰り返す。
踏み込み、打ち込み、戻し、位置取り。
同じ動作を重ねるごとに、少しずつズレが小さくなっていく。
「……お、ちょっと慣れてきたかも」
直哉が呟く。
今の一撃は自然に流れた。
踏み込みから腰の回転、打撃、そして戻しまで、無理なく繋がっていた。
「おう、俺もいい感じにそろってきた」
武虎も同じように間合いを詰める。
そこからは早かった。
動きが合い始めると、身体が勝手に次を繋いでいく。
打ち合いのテンポが一段上がる。
「……ちょっとギア上げようぜ」
「おっしゃ!」
拳が交差し、体捌きで抜ける。
そのまま間合いが入れ替わる。
以前よりも一歩先を取れる。
(見えてる)
そう感じる。
余裕があるわけではないが、処理できている。
「ん、動きがよくなったな」
不意に声がかかる。
振り向くと、師範代が腕を組んで見ていた。
「この前みた時と大分違うぞ、キレが一段上がってる」
「まじっすか」
直哉が軽く笑うと、師範代は頷く。
「ああ。魔素量も目に見えて増えてる。
がんばってるんだな」
「あざっす!」
互いに笑う。
疲れはあるはずなのに、動きはむしろ軽くなっていた。
* * *
夕方、5人がオンラインで集まった。
「で、明日からどうする?」
直哉が先に切り出すと、武虎が腕を組んで考え込む。
「4層にも慣れたし、本格的にエンバルムの探索と行こうぜ」
「でも、エンバルムの位置が分からないのが面倒だよね。
五十嵐さんが倒してから、ぱったり目撃情報止まってるみたいだし」
陽平が画面の向こうで肩をすくめる。
「拠点もないみたい、だしね」
真弓が淡々と言う。
「まあ、巡回するしかないか」
直哉が顎に手を当てる。
「ダンジョン課からもらった、エンバルムの出現ルートを回ろう」
武虎が頷く。
「だな。
ゴブリン王討伐の時は、拠点がはっきりしてたから、ある意味楽だったよな」
「合わなかったら合わなかったで、4層クリアしちゃおうよ」
「えー、行けるのか?
4層も確かボスいるんだよな」
『はい、強力な個体がいるようです。
ただしギルドでは秘匿されており、許可された者にしか情報が渡されません』
「いろいろ考えてもアレだしな。
まずはエンバルムだべ」
「数当たれば、そのうち引っかかる」
陽平も同意する。
「決まりだな」
直哉が画面を見渡した。
* * *
その頃。
第4層のさらに奥、人の気配が完全に途絶えた領域で、エンバルムは静かに立っていた。
足元に転がるのは、砕けた鉄棍の残骸だった。
「……ふむ」
低く唸る。
五十嵐との戦いで、武器は完全に破壊されていた。
だが、問題はない。
――代わりは作れる。
エンバルムは残骸を拾い、能力を使う。
雷鳴の衣。
腕を伝い、手元の折れた鉄棍へ雷が流れ込む。
次の瞬間。
バチィッ――!!
断面から、雷が形を持って伸びた。
長く、太く、元の棍棒のように。
「……ほう」
それは、巨大な塊だった。
雷のエネルギーが揺らぎながらも形を保っている。
軽く振る。
グォンと空気が裂け、なぞった軌道に雷の残滓がパリパリと残る。
そのまま、近くの岩へ叩きつける。
ズガンッ。
当たった部分が、一瞬で溶けていた。
表面だけがガラスのように滑らかに変わり、光を反射する。
エンバルムの口元が吊り上がる。
「なるほど……」
もう一度叩き込む。
今度は突き刺す。
ズンッ。
そして武器に大量の魔素を込めと爆ぜた。
内側から破裂し、岩が粉々に吹き飛ぶ。
ドゴォォンッ!!
破片が地面に飛び散る。
エンバルムは、その様子を見下ろしながら、低く笑った。
「グハ……」
肩が震える。
笑いが止まらない。
「グハハハハハ……!」
再び構える。
雷の軌跡が唸る。
「面白い」
地面へと突き立て横へ払う。
衝撃が走り、地面が裂ける。
「能力も……使いよう、ということだな」
笑いながら、もう一撃。
荒野に、爆ぜる音が響き続けていた。




