第175話 再来のリベリオン
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私にガソリンをください!!
第4層・墓地荒野の奥。
エンバルムの出現地域から割り出した、奴の周回ルートだ。
「今日で3日目だが、さて……」
調査によると、エンバルムは人間に対して、かなり高い執着を見せるらしい。
ならばと、五十嵐拳吾はエンバルムの周回コースをふらふらしながら見つけるのを待っていた。
(ちっ、今日も空振りか)
そう思い踵を返しかけた時、遠くから巨大な魔素の塊が猛スピードで近づいてきた。
ズドォォォォォンッ!!
大地が割れ、墓石が跳ね上がり、黒い影が荒野を一直線に駆け抜けていく。
エンバルム。
その眼は、燃え盛る憎悪で赤く染まり、その胸には、ただ一つの名が刻まれている。
「……人間。
ヌシを砕くために、我は戻った……!」
声は低く、地を這うように震えていた。
第4層での修行で得た力が、全身から噴き出している。
吸収した魔素は濃密で、皮膚の下で脈動し、筋肉を押し広げていた。
エンバルムは、荒野を踏み割りながら突き進む。
墓石など、ただの紙片のように砕け散る。
その視界の先――
黒いジャケットを羽織り、片手をポケットに突っ込んだ五十嵐拳吾が、ニヤリと笑った。
「……はっ、ようやくかよ」
拳吾は、空を見上げるように軽く顎を上げた。
その表情は、戦場にいるとは思えないほど飄々としている。
エンバルムの足音が、地鳴りのように迫る。
ドドドドドドッ!!
「五十嵐拳吾ォォォォォッ!!」
咆哮とともに、エンバルムの身体が稲妻に変じた。
青白い閃光が荒野を裂き、雷の軌跡が一直線に拳吾へと突き刺さる。
だが、拳吾は、ただ一歩、横に歩いただけだった。
稲妻が荒野を切り裂き、拳吾の背後へ抜けていく。
エンバルムは雷光のまま数十メートル先へ滑り、砂煙を巻き上げながら実体化した。
「……ッ!?」
拳吾は、肩越しに一瞥した。
「やっと見つけ――」
その言葉が終わる前に。
ズドンッ!!
エンバルムが踵を返し、鼻息荒く、獣のように地を蹴っていた。
「黙れ、人間ッ!!
今すぐ――砕く!!」
拳吾は、ため息をつくように笑った。
「おいおい、落ち着けよ。
そんな調子じゃ――すぐ終わっちまうぜ?」
* * *
エンバルムの鉄棍が、雷光を纏って振り下ろされる。
拳吾は、軽く首を傾けただけで避けた。
「遅ぇ」
拳吾の拳が、エンバルムの腹を下から抉る。
ドゴォォンッ!!
エンバルムの身体が――
空へ向かって一直線に跳ね上がる。
拳吾は、空を見上げながら呟いた。
(……前より手ごたえが無い。
魔素の密度が増して、衝撃の逃がし方が上手くなってやがる)
エンバルムは空中で雷光に変じ、落下の勢いを殺して着地した。
「効かぬ!!」
エンバルムが雷光のまま突進する。
拳吾は、逆に踏み込んだ。
「そらっ!」
拳吾の掌底が、エンバルムの胸にめり込む。
ドガァァァンッ!!
エンバルムの身体が地面へ叩きつけられ、荒野が巨大に陥没した。
墓石が跳ね上がり、地面が波打つように沈む。
拳吾は、陥没した穴の縁に立ちながら呟いた。
(……ちっ、耐えるか。
前ならこれで肋骨ごと粉砕してたが……
魔素で防御力が大幅に強化されてやがるな)
エンバルムは、陥没の底からゆっくりと立ち上がる。
「効かぬ……!!」
だが、膝がわずかに震えていた。
拳吾は、見逃さなかった。
(効いているが――そこまでじゃねえか)
* * *
エンバルムが雷光と化し、背後へ回り込む。
拳吾は、振り返りもせずに言った。
「そんなもんじゃ当たらねぇよ」
エンバルムの鉄棍を、拳吾の肘が迎え撃つ。
バギィンッ!!
衝突の瞬間、音が弾ける。
その衝撃はエンバルムの鉄棍を弾き、そのままエンバルムの足元へ叩き落とされた。
地中へ逃げ場を失った圧が一気に噴き上がり、エンバルムの立つ位置を中心に巨大なクレーターが穿たれた。
「……っ」
エンバルムの膝がわずかに沈む。
だが――倒れない。
足を踏み締め、地面ごと押し返すようにその場に留まっている。
エンバルムはクレーターの中心で体勢を立て直し、沈み込んだ足を引き上げながら再び顔を上げた。
その黄金の双眸が、揺れることなく拳吾を捉えている。
「効かぬ……!!
効かぬぞ、人間!!」
拳吾は、鼻で笑った。
「どうだか。
ただ――お前が化け物みてぇにタフなだけだ」
拳吾は、エンバルムの動きを見ながら、静かに呼吸を整えた。
(……こいつ、前と違う。
ただ魔素が増えただけじゃねぇ、“受け方”が変わってる。
衝撃を逃がす、骨格を強化する、魔素で筋繊維を補強する……
全部、戦いの中で学んでやがる)
エンバルムは、鉄棍を握りしめ、その表面に赤い魔素を集約させていた。
鉄棍が、まるで生き物のように脈動している錯覚さえする、膨大な魔素量だ。
(……鉄棍に魔素を集中させてやがるな。
攻撃の瞬間だけ、棍の強度と破壊力を跳ね上げてる。
ちっ、やっかいだな)
エンバルムが突進する。
拳吾は、迎え撃つ。
ドガァッ!!
バキィィッ!!
ズドォォンッ!!
拳と鉄棍がぶつかり、荒野が揺れ、墓石が砕け、空気が震える。
エンバルムは、雷光を纏いながら笑った。
「もっとだ……!!
ヌシの拳を……もっと寄越せ!!」
「調子に乗るなよ!」
拳吾は鼻で笑い、右腕をゆっくりと上げた。
「万象を穿て――撃鉄」
空気が震え、金属光沢の“弾倉”がゆっくりと生成されていく。
拳吾の腕に沿って金属の輪郭が浮かび上がる。
それはまるで、別の次元から武器が押し出されてくるようだった。
ガシュンッ……ガキンッ……!!
弾倉が回転し、5つの弾室が光を帯びる。
エンバルムの目が見開かれた。
「……それだ……
それを待っていた……!!」
拳吾は、弾倉を回転させる。
「行くぞ、王様。
ここからが本番だ」
* * *
拳吾が大地を割る勢いで踏み込む。
「横拳ッ!!」
拳が金属の閃光を帯び、重力そのものを叩きつけるような圧が荒野を揺らす。
エンバルムは、鉄棍を振りかぶった。
「グガァァッ!!」
鉄棍に魔素が集約され、雷光と赤い魔素が渦を巻く。
ドォォォォォンッ!!!
拳吾の横拳と、エンバルムの砕陣が激突する。
荒野が爆ぜ、地面が陥没し、空気が震え、衝撃波が天へと突き抜ける。
――相殺された。
砂煙の中、拳吾は舌打ちした。
「やっぱりな。
魔素量がバカみてぇに増えてやがる」
エンバルムは、肩で息をしながら笑った。
「もっとだ……
ヌシの“あの技”を出せ……!」
拳吾は、片眉を上げた。
「双連か?」
エンバルムの瞳が燃える。
「そうだ……!
あの技で……我を砕いてみよ!!」
拳吾は、鼻で笑った。
「双連じゃ、また死ぬだけだぞ?」
エンバルムは、怒りと歓喜で震えた。
「グハハハハハ、ならば――我も全てを出す!!」
エンバルムの周囲に、魔素が渦を巻く。
墓石が浮き上がり、地面が震え、空気が熱を帯びて歪む。
「――星砕きッ!!」
青白い魔素と瓦礫が集まり、巨大な灼熱の塊が形成されていく。
拳吾は、弾倉を回転させた。
ガシュガシュガシュンッ!!
土、金、水。
3つの力が拳に宿り、それぞれが渦を巻き、互いを喰らい合いながら融合していく。
拳吾の周囲の空気が震え、荒野の地面が波打つ。
拳吾は、顎を上げて言った。
「来な」
エンバルムは咆哮し、鉄棍に魔素を限界まで集約させた。
棍は膨張し、雷光を纏い、その表面が波打つほどの魔素圧が溢れ出す。
「グオオオオオオオオオッ!!」
咆哮とともに、星砕きを振り下ろす。
* * *
迫りくる燃える巨大な岩塊を目の前に、拳吾は構える。
ゴウゥゥゥゥゥッ!!
水など存在しない荒野に、拳を中心に“水の竜巻”が生まれる。
魔素が水の形を取り、爆炎と超振動を包み込みながら、さらに破壊力を増幅させていく。
3つの力が完全に融合した瞬間――
世界が、うねった。
地面が沈み、空気が歪み、墓石が根元から吹き飛ぶ。
「――三段ッ!!」
炎の岩塊に向かって、3つの災害が叩き込まれる。
世界が白く染まった。
星砕きは、三段の圧倒的な破壊力に押し潰され――
粉砕された。
そして、その余波がエンバルムを襲う。
「……ッ!!」
エンバルムは抵抗する。
魔素を練り、雷光を纏い、鉄棍で衝撃を受け止めようとする。
しかし、爆炎が棍を焼き、超振動が棍の内部構造を粉砕し、水渦が棍の魔素を吸い上げて崩壊させていく。
「ぐ……ッ!!
まだ……だ……!!」
エンバルムは必死に踏みとどまる。
足元の地面が砕け、膝が沈み、腕が震え、骨が軋む。
「我は……砕けぬ!!
砕けぬのだ、人間ッ!!」
魔素をさらに練り上げ、棍に押し込み、雷光を爆発させる。
だが――
三段の共鳴は、その抵抗を“上から押し潰す”ように増幅していく。
「……ッ……が……ッ!!」
棍が悲鳴を上げるように震え――
バキィィィィィィィンッ!!
ついに折れた。
棍が砕けた瞬間、三段のエネルギーがエンバルムへ直撃する。
「――ッ!!」
爆炎が肉体を焼き、超振動が骨格を砕き、水渦が魔素を引き剥がす。
荒野を転がり、墓石を砕き、地面を削り、血と魔素の残滓を撒き散らしながら――
「……五十嵐……拳吾……
ヌシ……だけは……赦さぬ……」
その声は、もはや風に溶けるほど弱かった。
そして、リエントリーの光がエンバルムを包み始める。
* * *
エンバルムを吹き飛ばした後も――
三段の余波は止まらなかった。
爆炎が荒野を焼き、超振動が地表を粉砕し、水渦が粉塵と熱を巻き込みながら暴れ回る。
地面は深く沈み、周囲の地形は波打つように歪み、墓石は跡形もなく消え、ただ“災害の通り道”だけが残った。
まるで三段が通った場所だけ、世界が書き換えられた ようだった。
拳吾は、その爆心地の中心に立ちながら、肩を回して呟いた。
「……倒せたが、また復活するだろうな。
ったく、面倒な奴だ」
そして、少しだけ笑った。
「大分腕を上げてやがった。
次は……本気出さねぇと、やべぇかもな」
低く、独り言のように言った。
次に会う時、あいつはさらに別の何かを使ってくるかもしれない。
スマートフォンを取り出した。
「討伐完了だ。
ただし——おそらくまたリエントリーする。
別の手を考えてくれ。
それと——あいつの学習速度、想定より速い。
急いだ方がいい」
それだけ送って、スマートフォンをしまった。
荒野を出る足取りは、いつもと変わらなかった。




